もの狂い

能登原あめ

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2 エディ※微

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 子爵夫人だった母はエディが夫の子どもでないと知っていた。
 真面目に生きてきたのに、ふとした拍子に高位の貴族に誘われて羽目を外してしまったのだと。
 
 父とはまったく似ておらず、三歳になる頃に母と一緒に追い出されて祖父母の元へ身を寄せた。
 元々は裕福な男爵家だったというけれど、母が離婚した頃から衰退していったらしい。

 お前エディのせいだと周りになじられ、いないものとして扱われてきたけれど、八歳の時に母が伯爵と再婚することになった。
 エディを残されても困ると祖父母に言われて母についていくことに。
 
 エディのことは乱暴されて生まれた子だと伯爵に伝えて同情を買ったらしい。
 母は歳のわりに若く、小柄で男の庇護欲をそそる女だったから伯爵は信じたのだろう。

 伯爵家でもこれまでと同じくいない者として無視される生活になると思っていたのに、ここでは仕事をしないと食事をもらえなかった。

『あなた、私の従者になる?』

 朝早くに重い身体を起こして何も考えずに仕事をするようになった頃、ヴィルジニアが声をかけてきた。

『……どうして、ですか?』
『あなたがいやじゃなかったら……どう、かな? 今より楽になるはずよ』

 わがままなお姫様みたいな見た目なのに、口調が優しい。
 だます気かもしれない、けどしばらく彼女のそばにいてもいいと思った。

『……はい、なりたいです。ヴィルジェニィアさま』

『うん、よろしくね。それと、ヴィーって呼んでいいわよ。呼びにくいでしょ』
『……ありがとうございます、ヴィーさま』

 だまされない。
 
『本当は私が姉なんだから、おねえさまでもいいんだけどな。弟がほしかったから』
『じゃあ……その、誰もいない時だけ、ヴィーおねえさまと呼んでも、いいですか……?』
『もちろん! 嬉しいわ』

 それからヴィルジニアは食事のマナーや勉強、ダンスなど貴族に必要なことをたくさん教えてくれた。
 最初の頃は彼女を信じられなかったけど、十年の間、変わらず優しい。
 笑顔を向けてくれるのも彼女だけ。

 そんなヴィルジニアのことを好きにならないわけがない。
 彼女がエディのすべてで、エディには彼女がいなければ生きていく価値がなかった。








 簡素な結婚式を挙げた夜、エディは辺境伯夫人となったヴィルジニアの部屋の扉を叩いた。

「……はい、どうぞ」

 ヴィルジニアの不安を感じている時のか細い声。
 無言のまますべり込み、後ろ手に扉を閉めた。
 今夜のために甘くて独特な香がたかれている。

「エディ? どうしたの? 今日はもう……何も頼むことはないわ」

 ヴィルジニアのほっとしたような、驚いた顔を見つめながら近づく。

 部屋の灯りは普段より落とされているものの、ベッドの端に露出の多い寝衣をまとって座っているのがよく見えた。
 酒を飲んだわけでもないのに一瞬で身体中の血がわき立つ。

「エディ、どうしたの? もう休んでいいのよ。もしかして、部屋がないの?」

 首をかしげるヴィルジニアの目の前に立ち、肩をそっと後ろへ押して倒す。

「えっ、なに……? ドランド様に誤解されると困るわ。出ていって」
「僕の部屋はありますが、出ていきません」

 逃れようとする彼女の身体をのしかかって押さえつける。

「エディ……?」
「辺境伯から許可されているんです。ヴィー義姉ねえ様のはらに僕の子種をまいていいと。あなたの産む子の父親になっていいと言われました」

「そんな、はずは……!」
「辺境伯はお噂どおり女性が嫌いで、ご自身の子どもはいらないそうです」

 呆然とするヴィルジニアの首元にあるリボンをするりと外してしなやかな身体に指を這わせる。
 
「や……っ、待って、嘘よ。ドランド、様に確認、しなくては!」

 起きあがろうとする彼女のこぶりな胸に唇を寄せた。
 つんと上向いた先端を口に含み舌を這わせる。

「あ……だめっ、エディ、やめて!」
 
 顔を上げ、先端を指先でもてあそびながら、ヴィルジニアに伝える。
 
「ひとつだけ、ヴィー義姉様に隠していたことがあるんです。僕の本当の父親は辺境伯の母方の叔父ですから、よく見ると髪も瞳の色も似ているんです」

 母方の叔父は既婚の女性に恋の手ほどきをしてもらったらしい。
 それがエディの母で、初めてで避妊に失敗したのだろうと思う。

「そんな……!」
「ですから、僕の種であっても辺境伯とそう違いはないでしょう。きっと似た子が産まれます」

 普段だったらもっと抵抗するだろうに、ヴィルジニアの思考力や判断力が落ちているのはこの甘い香のせいかもしれない。

「僕はずっとあなたを愛してきました。これから先もずっとあなただけを……ヴィーだけを愛します。ヴィー、って呼んでいいですよね? あなたの子の父親になるんですから」

 ぼんやりとエディを見上げるヴィルジニアの唇にそっと自分の唇を重ねた。
 柔らかくて、甘くて――もっと触れていたい。

「初めてですね、僕たちのキス」
「……誰ともしたことないのに」
「知っています、愛しています」

 もう一度重ねて、内側の柔らかいところを舌で触れて、唇を甘噛みした。
 驚いたヴィルジニアの身体がぴくりと跳ねる。

「やっぱり、だめ。ドランド様と結婚したのに、こんなこと」

「大丈夫ですよ。あぁ、本当に可愛いです、ヴィー。だめなことなんて何もないです。今はまだあなたが僕を男として愛してくれなくても、僕がその分愛しますから」

 これからは遠慮せずに愛していると伝えられる。
 それが嬉しくてヴィルジニアが戸惑っているのに何度も愛していると伝えてしまった。
 
 辺境伯との結婚を持ちかけたのはエディで、表向きに夫婦になれないけれど彼女はこれから一生自分のもの。
 そばにいればいつだって彼女に触れることができるし、いつか振り向いてもらえるはず。

 逃すわけがない。

「甘ったるいな」

 静かに扉が開いて辺境伯ドランドが入ってきた。

 
 
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