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しおりを挟む女性としてみれない、少し距離を置こうと元カレが言って離れていったのが1年前。
別の女と結婚したのが先月。
知ったのが今日のお昼休みにたまたま見た共通の友人のSNS。
それまではもしかしたら復縁もあるかもって期待する気持ちがほんの少しあったのも事実。
別れたというより冷却期間のように感じていたから。
最初の頃は連絡もあった。よく考えて落ち着いたらご飯食べようって。連絡するよ、とも。
大人しく待ってた自分は仕事が忙しいんだろうとしか考えていなかった。
元カレとは家族みたいな関係になっていたと思う。
休みの日は気を抜いていたし、家で一緒に過ごすのも心地よくて。隣に元カレの体温を感じながら眠ることができればそれ以上触れ合わなくても満足できた。
外へ出かけることも減っていたし、一緒にいても片方は映画を観て、片方は本を読んで。お互い違うことをして一日が終わる。
結婚したらこんな日々が続くんだろうなって想像もできたけど、元カレは違ったらしい。
新しく恋愛してスピード婚。
誰か一言教えてくれてもよかったのに。
元カレも共通の友人にもモヤモヤする。
でももう元カレとの未来はないってよくわかった。
ちゃんと前を向くことができたら、相手も結婚を意識している相手がいい。
ちょっと重いかもしれないけど、もう28歳になるから。
経験豊富な林は、この重たい性質に気づいたのかも。
遊び相手にはなれない。
同僚以上の関係はお互い向いていないから今のままがいい。
「酒の勢いじゃなくて抱いてみたい」
「……は?」
驚いて顔を上げると、探るようにこっちの表情を見ていた。
「彼氏がいるなら考えなかった。今ならつけ込めそうって思うけど、そういうのってつまんない」
「いやだから……私はつまらないって」
本当のことだけど、言っててむなしくなる。
「ふーん……?」
「あ、私こっちから帰るから。じゃあ、林も気をつけて帰って」
いたたまれなくなって、目についた道を指差した。ここからも帰れないことはない。
「そんな暗い道通るんだ? んー、送っていくって」
「大丈夫だよ、この辺大学近いしわりと人が歩いてるから」
「……逆に危ない」
少しも下心は感じられない。
でもわからない。
女に困っていないから強引に手を出す必要はないと思うし、ただ同僚として気遣ってくれているのかも。
こっちが過剰に反応するのもおかしいかもしれない。今まで何もなかったんだから。
いつも通りの林。だけど――。
「本当に、あと3分くらいのところだから」
「じゃあ、つき合う。3分なら大した距離じゃない」
「本当に大丈夫だから。ここで……じゃあね」
林が首をかしげた。それから眉をひそめる。
「そんなに家を知られたくない? もしかして別れた後も元カレがよく家に来てるとか? ずるずるつき合うのはよくないよ」
「違う、違う。元カレはもう結婚、してるし……そんな相手いない」
結婚という単語がするっと出てこなかった。
いつもならもう少し顔も態度もつくろえるのに、今夜は自分の感情をうまく隠せない。
薄暗くてよかったけど、なんとなく林に弱みを見せたくなかった。
「送る。近いんだろ?」
「そうだね」
大きく息を吐いて頷いた。
そう遠くない時期に引っ越すつもりだし、最近の林は大人しい。
さっきの言葉だって深い意味はないはず。
彼なりに慰めようとしてくれたんだと思う。
質の悪い冗談だけど。
「コンビニ、多いな。便利だけどさ、公園もあるし通り道にするには危ない」
「このコンビニに寄りたい時しか通らないよ。いつもは別の道」
「……何か買っていく?」
「今日はいらない、なんとなく曲がっちゃっただけ」
「ふぅん? ここの限定アイス、毎回買っちゃうんだよな」
「へぇ、意外。いつもコーヒー飲んでるイメージ」
「仕事中眠くなるのは困るし。アイスは1日の終わりのご褒美」
「彼女が喜びそう」
「一緒に食べたことない。甘いもの苦手って周りに言ってる。アイス食べただけでデザートの店とかケーキの食べ放題とか誘ってくるの無理」
「よくわからないけどそうなんだ」
そんな話をしながら歩いて、あとは道を曲がればアパートが見えるところまできた。
この5年で1番長く林と話したかもしれない。
「ここで平気。道曲がったらすぐだから」
今なら、目立たず静かに家に入れるはず。
だって――。
「ここまで来たら部屋の前まで送るって。元カレが待ってたら困るだろ」
林に手をつかまれて、勢いよく道を曲がった。
カーテンを開けたまま灯りのついた部屋がいくつもあって、一気に辺りが明るく見える。
「おねーさん、こんばんは~。今日もお疲れ……ってあれ?」
「え? おねーさん⁉︎ 男連れ?」
体育会系大学の寮のベランダから野次が飛んでくる。
寮の窓が、なみのアパートの玄関を向いているから時々こうして声をかけてくることがあった。
こんなことになるって知っていたら住むことはなかったアパート。
元カレと別れてすぐに勢いで選んだ場所で、更新は絶対しない。
最初はびっくりしたし怖かったけど、声をかけてくるだけ。今のところ揉め事はないみたい。
「2階のおねーさんが今日は彼氏連れ?」
「マジ? 俺のおねーさんが!」
「いつからおまえのだよ」
「だって、いつも見てるから親近感わいてさ」
「よく見えねぇけど隣に大人の男がいる」
「初めてじゃね?」
「まじかぁ、年下は範囲外かぁ」
多分小声のつもりなんだろうけど、全部聞こえている。金曜の夜だから集まってお酒でも飲んでいたのかもしれない。
林は黙ったまま離れようとしないし、いつの間にか恋人つなぎになっているし、仕方なく部屋の前に立つ。
「林、ありがとう。もう大丈……⁉︎」
一瞬後ろを振り返った林が、キスをしてきた。
激しい野次と口笛が聞こえてくる。
悪ノリした学生が熱い夜うらやましいだとか何発の予定かとか混ぜてほしいだとか。
彼らが妄想するようなことは起こらない。
離れようとしたなみの耳をふさいで林はさらにキスを深めた。
「んん‼︎」
なんで?
学生相手にいたずらとしては悪趣味だ。
林の胸を何度か押してようやく唇が離れる。
相変わらず学生たちは騒がしい。
そんなことは気にせずに無邪気に笑っている林を見て、思わず部屋の中に引っ張り込んだ。
学生たちを煽って何が楽しいんだろう。
今すぐ引っ越せないのに。
「信じられない。ふざけ過ぎ」
扉を閉める時に野太い怒鳴り声が聞こえてきたから、彼らは寮長からお叱りを受けているのだろう。
「よくこんなところに住んでいられるな」
「次は更新しない。いつもは挨拶くらいであんなふうに絡んでこないし、寮長がああやって怒って竹刀持ってあの子たちを走らせてるのも、見たことある。町内清掃とか」
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いつも見られていたとか怖い。
「ふぅん? すぐ新しいところ探したほうがいいけど」
「そうする」
アパートの中に入ってしまえば快適だったから、考えないようにしてしまった。
これって悪いクセかも。
「ところでさ。部屋に入れてもらえると思わなかった。俺、据え膳は食べる主義」
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