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52 精霊の宿る島 ※微
しおりを挟む王都から少し足を延ばして船に乗り、妖精が住んでいるという小さな島へ向かいました。
そこには小高い山があって、七つの扉をみつけることができたらなんでも願いが叶うと言われているそうです。
家族でピクニックをする前に、私とブレンダン様で扉を探そうと思いました。
子どもたちががっかりする顔を見たくないですし、私たちが扉探しに夢中になって子どもたちに何かあっては困りますから。
というのも山に登る道はいくつもあり、妖精の扉が見つかりやすい道はどこなのか、話には聞いたものの見つけづらいのだそうです。
今日は日差しが温かく、道もなだらかなので楽しい気分で探索できました。
ずっと手をつないだままでしたから、時々冷たい風が吹いても温かく感じます。
「……こんなところにあるのですね」
木の根元や、岩影にそっと造られています。
小さな子どもたちのほうが見つけやすそうに思いました。
古くから妖精の言い伝えはあるのですが、本物の妖精に出会えた人の話は聞いたことがありません。
本物の扉は特別な人しか見ることはできないのでしょう。
そこで芸術家たちが島の中に七つの扉を作ったそうで、これがみんなに受け入れられて人気となったようです。
「……この扉は開けることができるようだ」
「まぁ……! ふふっ」
楽しいです。
扉の横に誰かがつんだ花が飾られていました。
子どもかもしれませんし、願いが叶った大人かもしれません。
不思議なことに願いが叶ったという話もちらほらあるくらいです。
もしかしたら本物の妖精が扉を気に入って隠れているかもしれない、なんて辺りを見回してしまいました。
「あなたは可愛いな」
「花飾りがあって扉が可愛いのですもの」
ブレンダン様が優しく笑います。
「七つの扉をみつけたら、何を願おうか」
「どうしましょう? まずは見つけませんと」
六つ目の扉までは歩きながら簡単に見つけることができました。
「ここが頂上なのだろう。休憩しよう」
私たち以外にもバスケットを広げて食事をしている姿があちこちで見られます。
大きな木の下に移動して私たちも休むことにしました。
船に乗る前に購入したのはハムとチーズをパンにはさんだシンプルなものでしたが、とても美味しいです。
その隣で売られていた林檎のパイはずっしりと重く食べごたえがありました。
ブレンダン様が骨のついたソーセージを食べるのを見ながら、私はカモミールティーをゆっくり飲みます。
持ってきた洋梨をブレンダン様に剥いてもらうつもりでしたのに、入りそうにありません。
お腹がいっぱいですし、たくさん歩きましたから眠くなってしまいました。
「まだ日が高いから、少し眠るといい」
ブランケットをひろげて小さな子どもと横になっている人たちや、草むらに大の字になっている人もいます。
「ブレンダン様も?」
「ああ、そうしよう。おいで」
私たちは木に寄りかかることにしてほんの少しだけ目を閉じることにしました。
おしゃべりや笑い声も聞こえますし、ブレンダン様は短時間で目覚める方です。
のどかな雰囲気ですし、危ないこともないでしょう。
夫の肩に頭を乗せて力を抜きました。
温かくて安心します。
「おやすみ、アリソン」
ブレンダン様の口づけで目が覚めました。
「まだ眠い?」
「……大丈夫です」
ぼんやりしている間にブレンダン様の膝の上に乗せられました。
はっとして周りを見渡すと人気がありません。
「ブレンダン様? 私、寝過ぎました」
「そんなことはないよ。みんな船で本土に帰る人たちだったのだろう」
私たちは島の持ち主のコテージを借りて宿泊する予定でやって来ましたが、宿屋もないため日帰りで島にやってくる人が多いのだそうです。
「ブレンダン様?」
私の髪を整えるように撫でていたかと思いましたら、指先でうなじにそっと触れました。少しくすぐったくて、ぴくりと身体が跳ねます。
それを見てブレンダン様は楽しそうに笑い、大きな手で後頭部に指を這わせました。
「あなたが可愛い寝言を言うから触れたくなってしまった」
そう言いながら私の唇をついばみます。
困りました。
こんなにひらけた場所で落ち着きません。
「私は……なんて?」
ブレンダン様は答える気がないのか、口づけを深めて私のスカートの裾に手を忍ばせました。
温かくて大きな手ですからいつもなら安心するのですが、腿をゆっくりと撫でる指先に身体が震えてしまいます。
「可愛い人、もう誰も来ないよ」
そうでしょうか。
コテージは三つあると聞いてますし、万一ということも……。
「きっと妖精たちが隠してくれる」
いたずらっぽく笑って私の下唇を甘噛みしました。
誘うように私の舌を絡めてきます。
「ブレンダン、さま……」
戻りましょう、という代わりになぜか私は夫の首に腕を回してしまいました。
旅先で開放的な気分になっていたのかもしれません。
「あなたから誘われたら断れないな」
「まぁ、ブレ、んっ……!」
私から誘ったことになったのが納得できませんでしたが、深くて長い口づけに頭の中がくらくらします。
そんなささいなことなどどうでもいいと思うくらいに身体も高められてしまいました。
スカートの中が見えなくてよかったと思います。
「愛しい人、もっと近づきたい」
ブレンダン様の昂まりが押し当てられ、私はすんなりと受け入れてしまいました。
待ち望んでいたと言ってもいいかもしれません。
それでも私は乱れそうになる息をゆっくり吐いて言いました。
「そと、ですのに……」
着衣はなるべく乱さないように抱き合っていますけれど、誰かに見られたら何をしているか気づかれると思います。
身体は甘く疼いていますし、声だって抑える自信がありません。
だってブレンダン様が少しいじわるな表情を浮かべてますもの。
「嫌だった?」
「そうでは、ありませんけど」
今さら止めるほうがいやかもしれません。
言葉にしていないのにブレンダン様には私が思ったことが伝わったみたいです。
「それならよかった。もしも誰か来たら寝たふりをすればいい」
「無茶なことを……んっ」
試すように下から突き上げられて、ブレンダン様の唇に押しつけるような口づけをしました。
そうしないと声が漏れてしまいそうです。
喉の奥で笑ったのがわかりましたが、私はそれどころではありません。
優しく、時々焦らされながらも満たされる時間で、愛を交わすのについ夢中になってしまいました。
「ブレンダン、さま。大好きです」
「私もだよ。アリソン、愛している」
身なりを整え、髪を簡単に結い直しました。少しスカートにしわがついてしまいましたが、身だしなみの許される範囲内と言えるかどうか。
「妖精の扉探しが大変だったことにしよう」
「まだあと一つ見つけてませんのに」
「帰り道にきっとあるよ。ピクニックを全力で楽しんだんだ、よれよれになってもしかたない」
そんな言い訳を信じてもらえるのでしょうか。
そう思いつつ、片づけて歩き出しました。
まだ身体は熱く、脚が少しふわふわするのでブレンダン様の腕に手を絡ませました。
「抱っこしようか」
「大丈夫ですわ。私だって体力がつきましたもの」
コテージまでは十分に歩けます。
胸を張ってブレンダン様を見上げました。
「それはよかった、コテージに着いたら一緒に湯浴みをしよう」
ブレンダン様が楽しそうに笑います。
夫はいつだって元気で、もし今抱っこをお願いしても体力は減らないのかもしれません。
「ブレンダン様、私すぐに眠くなってしまうかも」
「さっき眠ったのに?」
「それは別ですし、さっきはブレンダン様が……」
言いかけた言葉を飲み込みました。
ちょうど道の分岐で、向かいから一組の男女がやってくるのが見えたのです。
「機嫌を直して、ルチェッタ」
「だってベニート様が……」
ブレンダン様と同じくらいか少し若く見える紳士と、社交界にデビューしてそれほど経っていないような若い女性です。
軽い言い合いをしているようですが、二人はとても幸せそうで仲睦まじく見えて、恋人同士のようでした。
指を絡ませて手つなぎをしているのですもの。
いえ、指輪が光って見えましたからご夫婦のようです。
「ごきげんよう」
男性が私たちに声をかけます。
女性は恥ずかしそうな表情でしたので、人見知りなのかもしれません。
「ごきげんよう。扉があと一つみつからないんだが、その道にありましたか?」
ブレンダン様が挨拶を返します。
男性は頷いて、まっすぐ行くとすぐですよ、と答えました。
それからさりげなく彼女の髪についていた枯れ葉を落とします。
彼女が赤くなったことも、枯れ葉のことも私たちは見なかったことにしました。
とても恥ずかしそうにしていましたから。
「ありがとう、帰りもお気をつけて」
「あなた方も」
もしかしたら新婚なのかもしれません。
あの二人も私たちと同じような時間を過ごしたみたいです。
きっと彼らも島のコテージに泊まるのでしょう。
なんとなく振り返ると、男性と目が合いました。彼は一瞬片目を閉じて、彼女に気づかれないようにまた葉っぱを落とします。
あんなに葉っぱがつくようなこと……想像しかけてすぐに打ち消しました。
私は前を向いて、それからブレンダン様を見上げたのです。
「やっぱり妖精が隠してくれたんですね」
少しでも時間がずれていたらお互いにとんでもない姿をさらしていたかもしれません。
いたずら好きの妖精じゃなくてよかったと思います。
ブレンダン様はそうだね、と言って優しくほほ笑みました。
それからすぐに七つ目の扉を見つけたのです。
「アリソンは何を願うんだい?」
「内緒です」
「それなら、あなたの願いが叶うように、私は願おう」
「ブレンダン様ったら……」
いつまでもこの幸せが続くように、私は隠れている妖精たちにお願いしたのでした。
******
読んでくださってありがとうございます。
歳の差夫婦はグレッジオ侯爵と花冠の少女の主役たち(新婚時代)です。
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