愛されることはないと思っていました

能登原あめ

文字の大きさ
上 下
40 / 52
【3】

40 約束の日①

しおりを挟む

  
 ブレンダン様と一緒に娘の顔を眺めていたら名前はすぐに決まりました。

「ジェナ」

 日々成長していく娘は、ブレンダン様に似ているように感じます。
 小さくてか弱くて頼りなくて目が離せません。
 ただそこにいるだけで私たちを幸せにしてくれる、とても愛おしい存在となりました。

 ブレンダン様は予想通り、娘のことをとてもとても可愛がっていましたし、私に対してもものすごく甘やかしてくださるのです。

 乳母もいるというのに、私は慣れない育児で疲れるのでしょうか。それとも体の回復が遅いのかベッドに横になるとあっという間に眠りに落ちてしまいます。

 ブレンダン様がいたわるように私の背中や髪を撫でてくださるので、安心してしまうのもあるかもしれません。
 甘え過ぎだとわかっています。

 クリスマスの準備をする頃には、先生から夜の営みを再開していいと言われました。
 ブレンダン様が誘うように口づけをしかけてくるものの、無理じいすることはありません。

 私の体は眠ることを優先してしまうのです。
 心苦しく思っていますと――。

「アリソン、クリスマスにあなたをいただいていい?」
「……まだ一月ほど先ですけど、いいのですか?」

「もちろん。あなたが嫌がることはしたくない」
「ブレンダン様、ありがとうございます。わかりました。それまでに体力をつけますね」

 夫が笑いを含んだ声で言います。

「体力? そうか……楽しみにしている」
「……! あの、体力というより体調を整えます」

 慌てる私の頬を撫でながら、瞳をのぞきこみました。ブレンダン様は私の反応を楽しんでいるみたいです。

「わかった。私へのクリスマスプレゼントはアリソンがいい。たまには妻を独り占めしたい」

 久しぶりに独占欲をみせられて、恥ずかしいのに嬉しく感じました。

「その日は私もブレンダン様を独り占めできるのですね。私へのプレゼントもブレンダン様と一緒に過ごせれば十分です」

 ブレンダン様は笑って頷いただけで何も言いませんでした。
 私もまったく用意しないつもりはありません。

 娘が産まれて最初のクリスマスですから、少しずつ娘と夫へプレゼントを用意したのです。
 乳母や使用人たちの協力がなければ整わなかったでしょう。

 そうして当日はみんなで楽しくプレゼントの交換しましたし、昼間は教会へも行きました。
 娘が眠った後は乳母にまかせてクリスマスの晩餐をとり、ブレンダン様と部屋に戻ったのです。
 
 まだ終わりではありません。
 とてもドキドキしてしまいます。
 
「ブレンダン様、湯浴みをしたら一緒にお酒を飲みませんか?」

 ブレンダン様は娘が産まれた日にウイスキーを飲んだそうですが、最近もあまり飲んでいる姿を見かけません。
 去年私がプレゼントしたミニボトルは未開封のまま並んでいます。

「アリソンも一緒に?」
「……はい、二人で」

 ブレンダン様がにっこり笑って言いました。

「それなら一緒に風呂へ入ろう」
「いえ、それは恥ずかしくて……」

 長く睦み合っていなかったので、気恥ずかしくなりました。
 子供も産みましたし、体型も以前と違うと思います。

「夫婦なのに?」
「夫婦でも、恥ずかしいです」

 一緒に入浴するよりもっと親密なことをするのだと思い出して顔が熱くなりました。

「仕方ないね、今は別々に入ろうか」
「……ありがとうございます」

 結婚して初めて体を重ねた時よりも緊張していて、胸が苦しいです。
 ブレンダン様に触れられるのも私から触れるのも好きですのに。

 湯船に浸かっても、少しも落ち着きませんでした。
 今夜のために少し誘うような薄地の寝衣を新しく求めたのですが、いつもどおりにしようか悩んでしまいます。

 張り切っているように思われるかもしれません。
 でもやっぱり今夜は特別ですし、クリスマスでもあります。
 新しいものを身につけてからガウンを羽織りました。

「おいで。どれを飲みたい?」

 別の部屋で入浴をすませたブレンダン様がソファに座って待っていました。
 テーブルにミニボトルが三つ、グラスは六脚あります。ちょっと驚いてしまいましたが、ブレンダン様は強いので大丈夫なのでしょう。
 
「ブレンダン様が一番気になるものから」
「どれも気になるよ。決められなかったんだ」 

 隣に腰かけた私が真ん中のボトルを指差しますと、ブレンダン様がお酒をほんの少し注いでくださいました。

「そんなに体を硬くして」

 そう言われてふぅ、っと息を吐きました。

「少しお酒を飲んだら大丈夫ですわ」
「少しだけだよ」

 からかうように言いますから、わかってますと言う私の声は拗ねて聞こえたかもしれません。
 ブレンダン様が楽しそうな笑顔を浮かべていますもの。
 
 グラスを合わせて、口に含みました。
 木の香りとスパイスの味がして、複雑でとても癖があるように感じます。
 お酒を飲み慣れた方好みでしょうか。

「水を飲んで」

 渡されるままお水をいただきました。
 私のグラスの残りはブレンダン様がおいしいと言いながら飲んでくださり、新しく二つ目のボトルを注いでくださいます。
 色も似ているようで少しこちらの方が濃いようでした。

「こちらのほうが好きです。チョコレートみたいな香りで飲みやすいです」

 飲み比べてみるとこんなに違うとは知りませんでした。
 もしかしたらブレンダン様が全く違うタイプのウイスキーを選んだのかも。
 
「飲みすぎてはダメだよ。残りのボトルはまた次にしよう」
「はい、楽しいですね」

 体が熱くなってきました。
 ようやく緊張もほどけて、ブレンダン様に笑いかけますと夫も笑っています。
 そうでした、お酒を飲むと笑い上戸な一面もあることを思い出していると、ゆっくり唇が近づいてきました。

「ブレンダン様?」

 あとわずかというところで夫が止まります。

「なに、アリソン?」

 息のかかる距離で、私が動いたら触れてしまいそうで……。
 吸い寄せられますのに、なぜかお互いの距離が重なりません。

 おかしいと思っていますと、私はブレンダン様の腿に手を置いてもたれかかるように体を傾けていました。

「酔ってしまった?」
「酔っていません。少ししか飲んでませんもの」
「そう?」

 ブレンダン様がようやく唇を重ねました。
 でも一瞬だけだったので、物足りないと思ってしまった私の心を読んだのでしょう。

 私の両耳を塞ぐように頭を支えながら、何度も啄んだ後で、探るように口づけを深めました。
 耳を塞がれているからか、頭の中に口づけの音が大きく響いてウイスキーよりブレンダン様に酔ってしまいそうです。

「あ……っ、ブレンダン、様……」

 唇が離れて少し寂しく感じました。
 でもすぐにブレンダン様が水を口を含んで私に飲ませます。

「ん……っ」

 何度か飲ませてくださった後で夫の舌が口内にすべり込み、より深く重なり合いました。
 すがるものが欲しくて、夫の背中に腕を回します。

「しっかり飲んでおかないと」
「酔っていませんから……んんっ」

 水を飲ませてくださっているのか、口づけなのかもうよくわかりません。
 ただ今夜はこれだけで終わらないことはよくわかっていました。
 
しおりを挟む
感想 153

あなたにおすすめの小説

【完結】捨てられた双子のセカンドライフ

mazecco
ファンタジー
【第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞作】 王家の血を引きながらも、不吉の象徴とされる双子に生まれてしまったアーサーとモニカ。 父王から疎まれ、幼くして森に捨てられた二人だったが、身体能力が高いアーサーと魔法に適性のあるモニカは、力を合わせて厳しい環境を生き延びる。 やがて成長した二人は森を出て街で生活することを決意。 これはしあわせな第二の人生を送りたいと夢見た双子の物語。 冒険あり商売あり。 さまざまなことに挑戦しながら双子が日常生活?を楽しみます。 (話の流れは基本まったりしてますが、内容がハードな時もあります)

所詮、わたしは壁の花 〜なのに辺境伯様が溺愛してくるのは何故ですか?〜

しがわか
ファンタジー
刺繍を愛してやまないローゼリアは父から行き遅れと罵られていた。 高貴な相手に見初められるために、とむりやり夜会へ送り込まれる日々。 しかし父は知らないのだ。 ローゼリアが夜会で”壁の花”と罵られていることを。 そんなローゼリアが参加した辺境伯様の夜会はいつもと雰囲気が違っていた。 それもそのはず、それは辺境伯様の婚約者を決める集まりだったのだ。 けれど所詮”壁の花”の自分には関係がない、といつものように会場の隅で目立たないようにしているローゼリアは不意に手を握られる。 その相手はなんと辺境伯様で——。 なぜ、辺境伯様は自分を溺愛してくれるのか。 彼の過去を知り、やがてその理由を悟ることとなる。 それでも——いや、だからこそ辺境伯様の力になりたいと誓ったローゼリアには特別な力があった。 天啓<ギフト>として女神様から賜った『魔力を象るチカラ』は想像を創造できる万能な能力だった。 壁の花としての自重をやめたローゼリアは天啓を自在に操り、大好きな人達を守り導いていく。

身代わり婚~暴君と呼ばれる辺境伯に拒絶された仮初の花嫁

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【決してご迷惑はお掛けしません。どうか私をここに置いて頂けませんか?】 妾腹の娘として厄介者扱いを受けていたアリアドネは姉の身代わりとして暴君として名高い辺境伯に嫁がされる。結婚すれば幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱いていたのも束の間。望まぬ花嫁を押し付けられたとして夫となるべく辺境伯に初対面で冷たい言葉を投げつけらた。さらに城から追い出されそうになるものの、ある人物に救われて下働きとして置いてもらえる事になるのだった―。

若奥様は緑の手 ~ お世話した花壇が聖域化してました。嫁入り先でめいっぱい役立てます!

古森真朝
恋愛
意地悪な遠縁のおばの邸で暮らすユーフェミアは、ある日いきなり『明後日に輿入れが決まったから荷物をまとめろ』と言い渡される。いろいろ思うところはありつつ、これは邸から出て自立するチャンス!と大急ぎで支度して出立することに。嫁入り道具兼手土産として、唯一の財産でもある裏庭の花壇(四畳サイズ)を『持参』したのだが――実はこのプチ庭園、長年手塩にかけた彼女の魔力によって、神域霊域レベルのレア植物生息地となっていた。 そうとは知らないまま、輿入れ初日にボロボロになって帰ってきた結婚相手・クライヴを救ったのを皮切りに、彼の実家エヴァンス邸、勤め先である王城、さらにお世話になっている賢者様が司る大神殿と、次々に起こる事件を『あ、それならありますよ!』とプチ庭園でしれっと解決していくユーフェミア。果たして嫁ぎ先で平穏を手に入れられるのか。そして根っから世話好きで、何くれとなく構ってくれるクライヴVS自立したい甘えベタの若奥様の勝負の行方は? *カクヨム様で先行掲載しております

記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした 

結城芙由奈@コミカライズ発売中
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。

【本編完結】私の居場所はあなたのそばでした 〜悩める転生令嬢は、一途な婚約者にもう一度恋をする〜

はづも
恋愛
気まぐれに番外編が投下されたりします。 前世の記憶を取り戻して混乱するアイナと、ずっと好きだった子を絶対に離さないジークベルト。 転生者な公爵令嬢と超一途な王族の、結婚までの道のりと、その先。 公爵家の娘で王族の婚約者のアイナは、10歳のとき前世の記憶を取り戻す。 前世の記憶があって、今の生活に違和感もある。そんな自分は、本当に「アイナ」なんだろうか。アイナは一人で悩んでしまう。 一方、婚約者のジークベルトは、アイナがよそよそしくなろうと社交の場に出てこなくなろうと、アイナのそばに居続けた。年齢一桁の頃から好きな子との婚約をもぎとったのだ。離す気などない。 悩める転生令嬢が好きな子手放す気ゼロの男に陥落し、結婚後もわちゃわちゃ暮らすお話です。 10歳→12歳→15歳→16歳→18歳→23歳と成長し、二人の関係も進んでいきます。 元々は別名義で活動していました。創作出戻り組です。 完全初心者のときに書いたものに改稿を加えたため、設定が甘い部分や調べの足りない箇所があります。今後に活かします。

この度、猛獣公爵の嫁になりまして~厄介払いされた令嬢は旦那様に溺愛されながら、もふもふ達と楽しくモノづくりライフを送っています~

柚木崎 史乃
ファンタジー
名門伯爵家の次女であるコーデリアは、魔力に恵まれなかったせいで双子の姉であるビクトリアと比較されて育った。 家族から疎まれ虐げられる日々に、コーデリアの心は疲弊し限界を迎えていた。 そんな時、どういうわけか縁談を持ちかけてきた貴族がいた。彼の名はジェイド。社交界では、「猛獣公爵」と呼ばれ恐れられている存在だ。 というのも、ある日を境に文字通り猛獣の姿へと変わってしまったらしいのだ。 けれど、いざ顔を合わせてみると全く怖くないどころか寧ろ優しく紳士で、その姿も動物が好きなコーデリアからすれば思わず触りたくなるほど毛並みの良い愛らしい白熊であった。 そんな彼は月に数回、人の姿に戻る。しかも、本来の姿は類まれな美青年なものだから、コーデリアはその度にたじたじになってしまう。 ジェイド曰くここ数年、公爵領では鉱山から流れてくる瘴気が原因で獣の姿になってしまう奇病が流行っているらしい。 それを知ったコーデリアは、瘴気の影響で不便な生活を強いられている領民たちのために鉱石を使って次々と便利な魔導具を発明していく。 そして、ジェイドからその才能を評価され知らず知らずのうちに溺愛されていくのであった。 一方、コーデリアを厄介払いした家族は悪事が白日のもとに晒された挙句、王家からも見放され窮地に追い込まれていくが……。 これは、虐げられていた才女が嫁ぎ先でその才能を発揮し、周囲の人々に無自覚に愛され幸せになるまでを描いた物語。 他サイトでも掲載中。

とまどいの花嫁は、夫から逃げられない

椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ 初夜、夫は愛人の家へと行った。 戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。 「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」 と言い置いて。 やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に 彼女は強い違和感を感じる。 夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り 突然彼女を溺愛し始めたからだ ______________________ ✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定) ✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです ✴︎なろうさんにも投稿しています 私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

処理中です...