愛されることはないと思っていました

能登原あめ

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38 冬の光のフェスティバル

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 もう買うものもないと言うので宿屋でゆっくりすることにしたのですが、私がそわそわしている様子にブレンダン様が首を傾げます。

「何か気になることがあるのか? 小遣いを使いきったくらいで怒らない」

「いえそうでは……その、とても良いものが買えたと思います。届くのが楽しみで待ち遠しいのかもしれません。ブレンダン様のおかげですね。ありがとうございます」

 夫の胸に飛び込むとしっかり抱きしめてくださいました。

「アリソン」

 色を含んだ声に、私はハッとしました。
 しばらく体を重ねるのは控えたほうがいいかもしれないと思ったのです。
 勘違いかもしれませんし、とても緊張しますがブレンダン様に伝えなければ。

「ブレンダン様、お話があるんです。まだ不確かなことで、違うかもしれません。でも、そうかもしれませんし、期待しすぎるのはいけないと思うのですが、もしかしたらと思うと」

「アリソン? 何の話? ゆっくりでいいから落ち着いて話してごらん?」

 ブレンダン様は私を膝の上に乗せて抱え直し、なだめるようにこめかみに口づけを落としました。

「あの……あの、もしかしたら赤ちゃんを授かったかも、しれませ、ん!」

 ブレンダン様が私の顔をのぞき込んで嬉しそうに笑った後、いたわるように優しく私の頬に触れました。

「もしかしてそれで、体調が悪かったのか?」
「そう、かもしれません。昨日のお医者様が、可能性があるから帰ったらかかりつけの先生に診てもらうようにって」
 
「明日、帰ろう」

 ブレンダン様の言葉に驚いて困ってしまいます。

「私は無理しませんから、ブレンダン様にもっとフェスティバルを楽しんでもらいたいです」

「十分楽しんだよ。思いがけず旧友とも会えたし、おいしい酒を試して飲んで、色々と買った。あとは領地に戻って楽しめばいい」

 本当でしょうか。
 ブレンダン様の目をのぞき込みますが、私に嘘をついているようにも思えなくて。
 でも、申し訳なく思います。

「帰りは別の道を通るから、途中にある冬の祭りを観よう。話には聞いていたが中々機会がなくて行ったことがないんだ。アリソンと一緒に観てみたい。それならのんびり休みながら、楽しんで帰ることができるよ」
 
 ブレンダン様が、ウィンターフェスティバルオブライトと呼ばれる、夜空を明るく照らすお祭りがあると教えてくださいました。
 帰る途中に行ったことのないお祭りを観ることができるなら、それもいいかもしれません。

「わかりました。なんだかとても気になる名前ですものね」

 ブレンダン様は私の不安を感じとったのでしょうか。
 精神的な負担にならないようにか口に出してなにかと尋ねてくることもなかったのですが、これまで以上に甘やかそうとするのです。

「……違ったら恥ずかしいわ」
「体調がよくない妻を気遣って何が悪い。あなたを愛しているから何でもしたくなるんだ」

 一緒に湯船に浸かり、彼の背中に身を預けてくつろいだ後は本当に何もさせてもらえませんでした。








 翌朝もブレンダン様に林檎をむいてもらい、おいしくいただきました。
 予定が変わってしまいましたが、途中で何度も休みながら馬車を走らせるので、酔うこともありません。

 冬の冷たい空気のおかげで、体もスッキリするのです。それと朝食べる林檎が体に合っているのでしょう。

「アリソン、今日はこの街に泊まるよ」

 領地に向かうほどに、少しずつ気温が低く感じます。
 天気が悪いわけではなく、土地柄でしょうか。

「この街には大きな滝があるから、風が吹くとより寒く感じるね。今回は滝の近くには行かないで高台の宿から楽しもう」

「わかりました。夜が楽しみですね」

 急だったのですが、運良く空きがあって上質なリネンが使われた広い部屋です。
 部屋のバスタブも四人で入れるくらい大きいので、ゆっくり体を伸ばせると思いました。

 少しだけ別宅の温泉が恋しくなって来たので、ゆったり浸かれるのは嬉しいです。
 きっと今夜もブレンダン様と一緒に入るでしょう。
 浴室でなんでもないおしゃべりをするのも好きなので、この習慣はこれからも変わらないかもしれません。

 少し早い時間に夕食をとり、宿屋の窓から外の様子を伺いました。
 滝の近くに集まっている人も多いらしく、想像より静かです。
 滝の近くにはいくつか屋台も出ているそうですが、今は水しぶきがかかる場所へ行く気になれませんでした。

「そろそろかな」

 ブレンダン様も窓の外を眺めます。
 すると、ドン、と振動して響くような大きな音が聞こえました。
 花火です。
 空気が澄んでいるからか、夜空にとても綺麗な花が咲きました。

 滝を照らすように続けてたくさん打ち上がります。
 部屋からではなく、そばで見たらどんなに綺麗なのかと想像してしまいました。

 ここから観てもお城を照らす花火とは違う綺麗さです。きっと滝全体に映り、水しぶきが輝いてみえるのかもしれません。夜空が明るくなるくらいに……。

「ブレンダン様! とても綺麗ですね」
「綺麗だな。次はたくさん着込んで近くで観てみたいかい?」

 ブレンダン様は私の心を読んだのでしょうか。

「近くで観たい気持ちはありますが、暖かい部屋でブレンダン様とこうしてのんびり眺めるのも幸せだと思います。でも……一生に一度くらい、近くで観るのもいいですね」

 私を後ろから抱きしめながら、ブレンダン様が静かに笑いました。
 
「そうだな、そうしよう」

 こっそりお腹に手を当てて思いました。
 本当に子どもを授かっていたら、しばらく遠出は難しいかもしれません。
 もしかしたら、子どもを連れてやって来ることになるかもしれない……そう思ったら胸が温かくなりました。


 それから行きの二倍の時間をかけて領地に戻りましたが、その間ひどく体調を崩すことはありませんでした。
 それでもブレンダン様は領地に着くなり、お医者様を呼んだのです。

 半月ほど待ってみましょう、と言われて私はそわそわした気持ちで過ごしました。
 ブレンダン様は平静を装っていましたけれど、なんだかやっぱり少し過保護になっています。
 
 街へ買い物へ行こうとしますと、必ず仕事を調整してついてくるのですもの。
 
「ブレンダン様、林檎を買って帰りましょうか」
「わかった。この頃は林檎を気に入っているね」

「はい、フェスティバルで食べた林檎がとてもおいしかったので、街で売っているものにも興味がわきました」

 予定が変わったので、林檎は本当に一籠分だけ持ち帰ることになり、少し恋しく思ったのです。
 幸い領地で似たものを買うことができましたけど、旬は終わったようなので別の品種を色々試しているところでした。

 コーツ伯爵家にも色んな林檎が届くようになったのですが、なぜか私は新しい品種がないか探してしまうのです。
 自分でも林檎に狂っているようだと思いましたが、ブレンダン様はおおらかに受け止めてつき合ってくださいました。

 そうこうしているうちにあっという間に半月が過ぎて――。

「おめでとうございます。ご懐妊ですね」

 私たちはただ黙って抱き合いました。
 夢を見ているようです。
 ブレンダン様の力強い鼓動を感じながら私は長く顔を上げることができませんでした。

 それからしばらくして、屋敷に使用人たちの歓声が響いたのです。
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