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35 ハロウィンとパンプキンパッチ

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 雨の多い季節の晴れ間、私たちはかぼちゃ畑に向かいました。
 汚れてもいい格好をするようにブレンダン様から言われて、農婦が着るようなドレスにエプロン、頭にはスカーフ、頑丈なブーツを履いています。

 ブレンダン様も一見農夫のような簡素な姿なのですが、元軍人なだけあって体つきもしっかりしていますし、姿勢がいいので逆に目立つような気がしました。
 どんな姿でもブレンダン様は格好いいと思います。

「なぜ笑っている?」
「ブレンダン様が農夫に見えないんですもの」

 自然と笑顔を浮かべていたようです。
 ブレンダン様が私の顔をのぞきこんでじっと見ました。
 今日の姿はおかしかったでしょうか。

 思わず全身を見下ろしました。
 侍女たちが用意してくれる衣類はいつも驚くようなものが多いのですが、今回も的外れではないと思うのです。

「アリソンだって農婦には見えないが、なにを着ても可愛いよ。さぁ、泥だらけになるから覚悟して」
「はい、わかりました」

 農場の入り口に大きなオレンジ色のカボチャが飾られて私たちを歓迎してくれます。
 見渡す限りかぼちゃ畑のようで、好きなものを選んで買おうとしている人たちがあちらこちらにいました。

「いくつでもいい。好きなものを選んで」
「はい! ブレンダン様、ランタンにするにはどんなものがいいですか?」

「アリソンが彫ってみたいのか?」
「いえ、ブレンダン様が彫る様子を近くで見たいです」
「それなら……」

 ハロウィンは農民たちにとって秋の収穫のお祭りなのですが、昔は縁のあった死者の霊が自宅を訪ねるとも伝えられてきました。
 信心深い領民たちは悪霊が紛れ込むのを避けるためにかぼちゃをそのまま玄関に飾ります。
 コーツ伯爵家にもかぼちゃが届きますので大きなものがいくつも並びました。
 
 ブレンダン様は器用なので、昨年は小さなオレンジ色のかぼちゃの中味をくり抜いてランタンにしたのです。
 異国ではそのようにして飾るそうで、私のためにこっそり用意してくださったようでした。

 夜になって玄関に連れ出された時は驚きました。
 顔に見立てて目、鼻、口をくり抜いてろうそくを灯してありましたので、少し怖いような、でも風変わりでおもしろいと思ったのです。
 今年は準備をするところから見せてもらうつもりでいました。

「キズのないものを選んだほうがいい。すぐに腐ってしまうからね。形はどんなものでも大丈夫だ。きれいな形だと整った顔になりやすいが、いびつならおもしろい表情になる。なんでも欲しいものを選んで」

 そう言われてブレンダン様がかぼちゃを手にとって見せてくださいます。
 畑はぬかるんでいて、歩くたびに土が跳ねました。
 思わずブレンダン様の上着の裾をつかみます。

「大丈夫?」
「はい、大丈夫です」

 ブレンダン様と結婚しなければ知らなかった経験に顔が緩みます。
 想像以上に足が土の中に沈みました。
 転ぶわけにはいきませんので、時々ブレンダン様につかまることになって慌てるのですけど。

「ここ。ここに指をかけたらいい」

 ベルトを指し示されて私は頷きました。
 それをつかむと指先からブレンダン様の体温を感じます。
 温かくて、ほっとしました。

「向こうに別の種類のカボチャがあるが、行ってみるか? 変わったランタンが作れるかもしれない」
「いいですね、見てみたいです」

 ここから薄い緑色のかぼちゃが見えました。
 歩きづらいですが、ブレンダン様につかまっていますから安定感があります。
 それにしっかりブーツを履いてきたので問題ありません。

 結局、薄い緑色のかぼちゃを一つ、オレンジ色のかぼちゃを二つ選びました。
 
「硬いですわね」

 ずっしりと重く、ナイフで切るのは一苦労しそうです。

「意外と柔らかいよ。やってみたい?」
「……やめておきます。ナイフを扱えそうにないですもの」

 私が一番小さな薄い緑色のかぼちゃを持ち、ブレンダン様がオレンジのかぼちゃを二つ持ちました。
 いつのまにかスカートの裾にも泥がつき、エプロンも土で汚れています。

 もし今、知り合いに会っても気づかれないでしょう。
 農民夫婦に見えるはずですもの。
 
「おふたりさーん! 荷車に乗って行くかい?」
「あぁ、乗せてくれ!」

 いつの間にかずいぶんと畑の奥まで歩いていました。
 農場主に声をかけられて、私たちはかぼちゃと一緒に荷車の後ろに乗り込みます。
 落ちないようにブレンダン様が支えてくださるので安心して身を任せました。
 
「ブレンダン様、楽しいですね」

 正直、馬が引く荷車は揺れるとお尻が痛いです。
 ですが、景色がゆっくり後ろに流れていく様子も忘れられそうにありません。

「楽しいな」

 農場主が見ていないのをいいことに、こっそり口づけを交わしました。








 ハロウィンが近づいてくると、たくさんのかぼちゃが玄関に届けられました。
 私たちがかぼちゃが好きだという噂が流れたようです。
 
「アリソン、今からランタンを作るから、温かくしておいで」
「はい!」

 二日前になって、ブレンダン様に声をかけられました。
 屋敷の裏庭に椅子が二脚とテーブルが置かれています。
 
「くり抜くのを手伝ってくれるか?」
「はい、もちろん!」

 大きなスプーンを渡されたので、ブレンダン様がかぼちゃの上の方に円形にナイフを入れるのをじっと見つめました。
 小さく動かして切り抜き、フタにするそうです。

「スプーンで中身をかき出して。私は二つ目に取りかかろう」

 ブレンダン様は簡単に切っていましたが、スプーンでかき出すのは少し大変でした。
 集中していたらブレンダン様は二つ目も切り終わって私を見ています。

「どうですか?」

 中を見せますと、にっこり笑って言います。

「とてもきれいだ。ありがとう」

 ブレンダン様のものと交換しました。
 中身をくり抜きながら、夫の手元を見つめました。
 失敗してもいいように三つ、と思ったのですが薄い緑色のかぼちゃは甘くて美味しいそうなのでパイにしてもらうことになっています。

 ブレンダン様の手つきなら、失敗することはなさそうでした。
 一つ目は少し大きめで怒り笑いのような表情に。
 二つ目はにこにこしてかわいい表情です。

「かぼちゃの夫婦みたいだな」

 テーブルに並べておくとそのように見えましたので、私も頷きます。

「アリソンが手伝ってくれたから早く終わったな」

 スプーンを持っていた私の手に、ブレンダン様がそっと口づけを落としました。
 夢中になっていましたので気づきませんでしたが、少し手が赤くなっています。

「玄関に飾ったら早く部屋に戻ろう」
「ここでティータイムも悪くありませんのに」
「お茶よりアリソンの手にクリームを塗るのが先だ」

 大きな手で包み込んで私の手を撫でました。
 ほんの少し、スプーンを握っていたあたりがヒリヒリしますけど大したことではありません。

「このくらいなんでもありませんのに」
「私が大事にしたいんだ」

 ブレンダン様はいつだって甘いです。
 かぼちゃのランタンを持って一緒に立ち上がりました。
 
「ありがとうございます。……明かりを灯すのが楽しみですね」

 きっとハロウィンの夜は、かぼちゃのパイを食べて楽しく笑い合っていると思います。
 ランタンを灯した後はきっと……誰にも邪魔されずに二人だけの時間を過ごすこととなるのでしょう。
 

 






******


 お読みいただきありがとうございます。
 パンプキンパッチ(Pumpkin Patch)→かぼちゃを収穫できる畑や売っている場所のことを指すようです。(Canvaさまより参考画像↓)



 この写真より収穫時はもう少し先かなぁと思います。
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