上 下
33 / 52
【2】

33 メープルパイと古城の宿①

しおりを挟む
* 今回の話は全2話の予定です。








******


 サトウカエデの葉が色づいて来た頃、私たちは古城を改装したという宿へ馬車に乗って向かいました。
 メイプル街道と呼ばれる長い長い道を進みます。

 この時期は紅葉を楽しみながら旅する人々も多いのですが、北の端から南の端まで馬を急がせても二月以上かかると聞きました。
 のんびり各所に立ち止まっていたら半年はかかるそうで、紅葉を楽しむ旅とはかけ離れてしまいます。

 馬車に乗り続けるのも疲れますから、好きな街に立ち寄ってのんびり過ごすのが秋の旅の楽しみ方なのかもしれません。

「もともと隣国の影響を強く受けている土地だから、言葉も訛りが強いし、食べ物も味付けが違う」

 名物料理はサーモンを使ったものや、野鳥や野うさぎの料理。他にも、ミートパイやメープルパイなのだとか。
 特にサトウカエデの一番の産地と聞いています。

「メープルパイは普段食べているパイとどう違うのでしょうか?」

 サトウカエデを使ったナッツが香ばしいパイだと思っていましたが、興味がわきます。

「いろいろ食べてみるといい」

 ということは、きっと種類が多いのでしょう。
 ブレンダン様は美味しいものをたくさん知っているので、とても楽しみになりました。
 
「街を散策するから、きっとお腹も空くよ」
 
 石畳や街並みが異国のようだと聞いています。
 きっと本や絵で見たものとは違うのでしょう。
 サトウカエデ――シュガーメイプルの木はオレンジ色の葉をつけますが、レッドメープルはその名の通り真っ赤に色づきます。
 山が燃えているように赤くなると聞いて、ますます楽しみになりました。











「大きい城ですね。本当に別の国に来たみたいです」

 宿は古城の良いところを残したまま、過ごしやすいように改装されていました。とても良い雰囲気です。
 
「私たちの部屋から、山が大きく見えるようだよ」

 過去に何度も改築してきたのか、入り組んだ造りです。
 ダンスホールになりそうな大広間や着飾って入るようなレストラン、開放感あふれるカフェからは甘い香りがしましたし、ゲームルームもありました。

 部屋に入ると正面の大きな窓から赤く色づいた山が大きく見えます。

「燃えているみたい」
「そうだね」

 部屋に飾られた花や果物、お酒のボトルに気づいたのはしばらく経ってからのことでした。
 いつの間にか荷物も運び込まれています。

 今回は五日ほど滞在予定ですが、馬車できたこともあって荷物も多め。というのもレストランでの食事は着飾る必要があるからです。
 
「ムッシュー、マダム」

 私たちのように景色に目を奪われる客も多いのかもしれません。
 食事や部屋の説明をした後、ベルマンが一礼しました。

「……それでは、ごゆっくりおくつろぎくださいませ」

 私たちは部屋を探索した後、街へ向かうことにしました。
 今回連れて来た御者の親子にはのんびり休んでもらうことにして、私たちは宿から街を往復する乗り合い馬車を使います。

 小高い丘に宿はありますから、歩いて街に向かうのは諦めました。
 明日の朝なら運動になっていいと思いますが、日が短くなってきたのでしかたありません。

 今日は来る途中で見かけた商店街へ向かいます。
 活気があって人々も楽しそうな様子でしたし、サトウカエデの甘い匂いがしました。

「異国に紛れ込んだみたいな気分です」

 ブレンダン様の耳もとでそっと伝えました。
 訛りが強いのかと思いましたら、異国の言葉で話している人たちも多いようです。

「そうだね。長くこの国を治めていたのが他国の民だったから、この土地の言葉となっているようだな」

 ブレンダン様は軍に属していた時にいろんな方々とご一緒して、言葉に慣れているのでしょう。
 だって、なめらかな異国語で挨拶しているんですもの。
 ますます好きになってしまいます。

「ブレンダン様、どこかおすすめのお店がありますか?」
「いや、この辺りはだいぶにぎやかになっていて、よくわからない。アリソンの直感で入ってみようか」

「直感、ですか……? じゃあ、私が選んでブレンダン様の直感がだめだと思ったら止めてくださいますか?」

 そう言ったら吹き出して笑い出しました。
 真面目に考えましたのに。

「アリソンの直感を信じるよ。安全な酒場選びなら私の直感を信じてほしいが、カフェや雑貨屋となるとよくわからないな」
「そうですか、わかりました」

 確かに、この辺りは女性向けのお店が多い気がします。
 特にいくつもカフェがあって、それぞれ雰囲気が違うようでした。
 甘い匂いは、きっとそのせいだと思います。

「ブレンダン様、さっそくメープルパイを食べてみませんか? あのお店で」
「いいね」

 人気のお店のようで、あちらこちらで明るく会話が交わされ、気楽な雰囲気です。
 家族連れも多い印象で、テラス席に座りました。
 通りがかる人々を眺めながら、この後どこへ向かうか考えるのもいいと思ったのです。

「お待たせしました、当店自慢のメープルパイとコーヒーになります」

 見た目から違いました。
 パイというより甘いクッキー生地の上に、サトウカエデをたっぷり使った柔らかいキャラメルのようなフィリングで、とても甘いです。
 苦いコーヒーといただくとちょうどいいのかもしれません。

「とても甘くて驚きましたが、おいしいですね」
「あぁ、コーヒーをおかわりしたくなるが」

 そうかもしれません。
 甘いものがお好きなブレンダン様が、笑ってしまうほどの甘さのようです。
 でも私たちはコーヒーは一杯にとどめて、ほかのお店をのぞきながら歩くことにしました。

 チョコレートの専門店やワインの専門店、もちろんメープルシロップの専門店もあります。

 お店に目をとめると、ブレンダン様がなんでも買おうとしてしまうので少し困ってしまいました。
 ドレスや宝飾品のお店の前は特に速足になってしまいます。
 とても長い商店街なので、運動になってよかったかもしれません。

 だって、ほかのメープルパイも食べてみたくなりましたから。
 
「ブレンダン様、今度はメープルパイとミートパイにして半分ずつにしませんか?」
「いいね、そうしよう」

 薄暗い店内はろうそくのほのかな明かりが頼りで、中にいる人たちは読書したり静寂を楽しんだりして、のんびり過ごしているようです。
 先ほどの店とはずいぶん雰囲気が違いました。

 こちらの店はメープルシュガーパイと言って、ずいぶんと薄いパイです。
 こちらもナッツはありませんが、柔らかめのフィリングと土台のクッキー生地がサクサクして食べやすいです。
 どっしりとした甘さですが、コーヒーとの相性がいいのが共通かもしれません。

「ミートパイ、おいしいよ」

 小さな声でブレンダン様が言って、ミートパイを半分分けてくれました。

「メープルパイもおいしいですよ」

 私も同じようにメープルパイを半分渡しました。
 ミートパイはスパイスがしっかりきいておいしいです。
 ミートパイもほかのお店のものを食べてみたくなりましたが……。

「これ以上食べたら晩餐が入らなくなってしまいそうです」
「それなら部屋に軽食を持って来てもらってもいい」
「でも……」

 この旅行のためにブレンダン様が新しく用意してくれたドレスを着て見せたい気持ちもあります。

「今日は宿に着いたばかりで疲れているだろう。今夜の食事は軽めにしてもらって、明日ドレスを着て見せてくれないか?」

 ブレンダン様は私の心が読めるのでしょうか。
 
「はい、そうしたいです。ありがとうございます、ブレンダン様」

 楽しい旅は始まったばかりです。







******

 お読みくださりありがとうございます。

* ベルマン→宿泊者の荷物の運搬、客室への案内など。ベルパーソンとかベルガールとかページボーイなどほかの言い方もありますが、今回はこちらで。

* メイプル街道は800KMほどあるそうで、ちょっと現実のものも採用してみました。
しおりを挟む
感想 153

あなたにおすすめの小説

身代わり婚~暴君と呼ばれる辺境伯に拒絶された仮初の花嫁

結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
恋愛
【決してご迷惑はお掛けしません。どうか私をここに置いて頂けませんか?】 妾腹の娘として厄介者扱いを受けていたアリアドネは姉の身代わりとして暴君として名高い辺境伯に嫁がされる。結婚すれば幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱いていたのも束の間。望まぬ花嫁を押し付けられたとして夫となるべく辺境伯に初対面で冷たい言葉を投げつけらた。さらに城から追い出されそうになるものの、ある人物に救われて下働きとして置いてもらえる事になるのだった―。

勘違い妻は騎士隊長に愛される。

更紗
恋愛
政略結婚後、退屈な毎日を送っていたレオノーラの前に現れた、旦那様の元カノ。 ああ なるほど、身分違いの恋で引き裂かれたから別れてくれと。よっしゃそんなら離婚して人生軌道修正いたしましょう!とばかりに勢い込んで旦那様に離縁を勧めてみたところ―― あれ?何か怒ってる? 私が一体何をした…っ!?なお話。 有り難い事に書籍化の運びとなりました。これもひとえに読んで下さった方々のお蔭です。本当に有難うございます。 ※本編完結後、脇役キャラの外伝を連載しています。本編自体は終わっているので、その都度完結表示になっております。ご了承下さい。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

愛しき冷血宰相へ別れの挨拶を

川上桃園
恋愛
「どうかもう私のことはお忘れください。閣下の幸せを、遠くから見守っております」  とある国で、宰相閣下が結婚するという新聞記事が出た。  これを見た地方官吏のコーデリアは突如、王都へ旅立った。亡き兄の友人であり、年上の想い人でもある「彼」に別れを告げるために。  だが目当ての宰相邸では使用人に追い返されて途方に暮れる。そこに出くわしたのは、彼と結婚するという噂の美しき令嬢の姿だった――。  これは、冷血宰相と呼ばれた彼の結婚を巡る、恋のから騒ぎ。最後はハッピーエンドで終わるめでたしめでたしのお話です。 完結まで執筆済み、毎日更新 もう少しだけお付き合いください 第22回書き出し祭り参加作品 2025.1.26 女性向けホトラン1位ありがとうございます

離縁してくださいと言ったら、大騒ぎになったのですが?

ネコ
恋愛
子爵令嬢レイラは北の領主グレアムと政略結婚をするも、彼が愛しているのは幼い頃から世話してきた従姉妹らしい。夫婦生活らしい交流すらなく、仕事と家事を押し付けられるばかり。ある日、従姉妹とグレアムの微妙な関係を目撃し、全てを諦める。

【完結】お飾りの妻からの挑戦状

おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。 「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」 しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ…… ◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています ◇全18話で完結予定

『番外編』イケメン彼氏は警察官!初めてのお酒に私の記憶はどこに!?

すずなり。
恋愛
イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の身は持たない!?の番外編です。 ある日、美都の元に届いた『同窓会』のご案内。もう目が治ってる美都は参加することに決めた。 要「これ・・・酒が出ると思うけど飲むなよ?」 そう要に言われてたけど、渡されたグラスに口をつける美都。それが『酒』だと気づいたころにはもうだいぶ廻っていて・・・。 要「今日はやたら素直だな・・・。」 美都「早くっ・・入れて欲しいっ・・!あぁっ・・!」 いつもとは違う、乱れた夜に・・・・・。 ※お話は全て想像の世界です。現実世界とはなんら関係ありません。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

好きな人の好きな人

ぽぽ
恋愛
"私には10年以上思い続ける初恋相手がいる。" 初恋相手に対しての執着と愛の重さは日々増していくばかりで、彼の1番近くにいれるの自分が当たり前だった。 恋人関係がなくても、隣にいれるだけで幸せ……。 そう思っていたのに、初恋相手に恋人兼婚約者がいたなんて聞いてません。

処理中です...