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32 トウモロコシ畑の迷路

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 今日は新しくできたという迷路にやって来ました。
 トウモロコシ畑の中に小道が作ってあり、入場口から出口を目指すという遊びだそうです。

 トウモロコシはブレンダン様よりも大きく、先を見通すことはできません。
 笑顔で出口から歩いてきた家族は、父親が子どもを肩車していました。
 それよりもトウモロコシの背が高いです。今年は特に大きいのだとか。

「アリソン、短いコースと長いコースがあるらしい。長いコースは迷子になると数時間出てこられないらしいんだが、どっちがいい?」

 トウモロコシしか見えなければ、迷子になる可能性があります。
 夏ほど気温は高くありませんが、日差しは強く今日は暑いので数時間も歩くのは大変だと思いました。

「最初なので短いコースがいいです。早く出てこられたら、長いコースを楽しむ時間があるかもしれません」
「そうしよう」

 前の人と少し間隔をあけて入るようです。
 入り口に地図があって道の説明があり、途中行き止まりなどあるようですがそれほど難しくなさそうでした。
 子ども同士で入る姿もありましたから。
 
「お二人さん、さぁ、どうぞ」

 促されて私たちはトウモロコシ畑に踏み込みました。
 のどかな景色です。
 どこからか、笑い声や会話が聞こえますが姿は見えません。

 入り口のトウモロコシの背は近づいてみるとそれほど大きくなかったのに、進むにつれて大きくなっているように感じました。
 太陽の関係でしょうか。
 トウモロコシの実もなっていて、いつ収穫するのだろう、なんて考えてしまいます。

「アリソン? どっちに曲がりたい?」

 簡単な地図だと思ったのですが、余計なことを考えていたため、いくつ目の分岐か忘れてしまいました。
 右、左、右、右、左だったと思うのですが、見渡す限りトウモロコシしか見えなくてわかりません。

「ブレンダン様は?」
「アリソンの好きな方へ行こう」

 きっと地図は彼の頭の中に入っているのだと思います。
 
「もう地図を忘れてしまいました。私が選ぶと遠回りになるかもしれません」
「いいよ。全部わかっているよりおもしろい。もし疲れたら運んであげるから」

 ブレンダン様は余裕のある様子で笑っています。
 短いコースなので心配することもないでしょう。

「まだ大丈夫です、入ったばかりですもの。……そうね、右?」

 ブレンダン様の反応を探ります。
 楽しそうな笑顔のままで、合っているのかどうかわかりません。

「やっぱり左?」
「じゃあ、左に行こうか」

 ブレンダン様が私の手を引いて歩き出したのですが、なんとなくひっかかります。

「右に行きます!」
「ははっ」

 笑われてしまいました。
 しばらく歩くと行き止まりです。
 こっちだと思ったのに。

「ごめんなさい、ブレンダン様」
「いや、私は嬉しい」

 そう言って、唇を重ねたのです。

「誰も見ていない。それに私はアリソンから元気をもらえた」

 どこかから迷路を楽しむ声は聞こえますが、トウモロコシに隠れて私たちは二人きりです。
 私も少し、悪戯心がわいてしまいました。

「ブレンダン様」

 今度は私から背伸びして口づけした後、ほんの少し唇を甘噛みしました。
 外では恥ずかしいので自分からはしません。
 ほんの出来心です。
 
 ブレンダン様は私の腰をしっかり抱えて抱きしめました。

「可愛いことをする」

 少し低くなった声は色を含んでいて――。
 深い口づけをするつもりはなかったのです。
 ちょっと驚かせようと、開放的な気分になってしまっただけで。

「ブレンダン、さまっ……んっ」
「可愛い、今みたいなのは……いつでも歓迎だ」
「ん、あ……っ」

 今私がどこにいて、何をしていたか忘れそうになりました。
 ブレンダン様のキスはいつだって、そう。

「キャッ……! ごめんなさいッ」
「……失礼」

 男女の驚く声が聞こえました。
 私はしがみついたまま、体が硬くなります。
 立ち去る足音が聞こえてほっとしましたが……私はブレンダン様の胸に顔を押しつけました。

「恥ずかしい」
「少し時間をずらそうか。万一、顔を合わせると嫌だろう」
「そうですね」

 ブレンダン様は目が合ったようですから。

「さっきの二人もアリソンと同じことを考えたのかもしれない」
「私と同じ?」
「ここでこっそりキスしたかったんじゃないかな」
「ブレンダン様……っ!」

 ますます恥ずかしくなって顔が熱くなります。きっと私の顔は真っ赤になっていることでしょう。
 
「したくなかった?」
「……意地悪です」
「すねないで、その顔も可愛くてね。ここがどこか忘れてしまいそうだよ」

 ブレンダン様が私の頬を撫でるので、そっと顔を上げました。
 それを待っていたかのように、もう一度唇を重ねたのです。

「私はここでキスしたかったよ」
「私もです、ブレンダン様」

 






 その後は、時々遠回りをしながらトウモロコシ畑の出口を抜けました。
 思ったより長くかかってしまいましたが、二人でどっちに進むか決めるのはとても楽しかったです。

 視界が開けて、達成感と満足感で最初に見かけた家族のように笑顔になっていました。
 ブレンダン様もずっと笑っていて、もう一度入口に向かいたいくらいです。

「何か飲もう」

 短いコースとはいえ、たくさん歩いたので喉が渇きました。
 川の水で冷やしたコーヒーは体の熱を下げるのでしょうか。
 ほんの少しサトウカエデが入っていたので飲みやすく、とてもおいしく感じます。

「長いコースはまた次の機会でいいか?」
「はい、また来たいです。この後ブタのレースがあったり、ウサギやヤギと触れ合えたりするのでしょう? ほかにも鳥もいるのだとか?」

 広大なトウモロコシ畑を有する、この地の領主は、みんなを楽しませることがお好きなようです。

 同じ国でも温かい土地柄か、人々が明るく感じました。
 帰りに屋敷のみんなにもお土産としてトウモロコシを買うことにします。
 楽しい気持ちは家に帰っても続くでしょう。

 私たちも来てよかったです。
 今度来る時は家族が増えていたらいいな、と私は心の中で思いました。
 

 
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