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29 女王生誕祭③
しおりを挟む生誕祭の最終日の夜は、王宮でのダンスパーティーです。
初日に式典と花火、昨夜は他国の使節たちを招いての厳かな晩餐会のようでした。
花火は十分満喫しましたし、昨日はゆっくり過ごすことができたので体調は万全です。
今夜のパーティーは子爵位より上の貴族が集まっており、とても混雑していました。
久しぶりに会う相手と親睦を深める方々も多くいらっしゃいますが、挨拶を交わして長居しない方々もそれなりにいます。
私たちもそのつもりで挨拶をひと回りしましたが、噂通りに王太子殿下と弟の公爵様が張り合うようにダンスする姿を見たら、つられて楽しい気分になりました。
「一曲、次の曲になったら踊ろうか?」
ブレンダン様は私の望みにすぐ気づきました。
「いいのですか?」
時間が遅くなるにつれ、帰る貴族が増えますから、馬車に乗るまでに時間がかかってしまいます。
特に私たちは貸し馬車なので後回しにされることもないとは言えません。
「もちろん。今年の生誕祭は一度しかないからね。一曲くらい踊ったってそれほど時間はかからないよ」
「嬉しい……私、いつの間にかダンスが好きになったみたいです。ブレンダン様限定ですけど」
曲が終わり、差し出された手を握りホールの片隅へ向かいました。
目立たないように、この後そっと抜け出せるように。
ワルツが流れてゆったりとステップを踏みます。
見つめ合っていても、お互いの足を踏むこともありませんし、動くタイミングも一緒でした。
ブレンダン様のリードが上手なのもありますが、相性がいいのだと思います。
思わず笑みが漏れてしまいました。
「どうした?」
「とても楽しくて。……それに、相性がいいんだなぁって、すごく思います。……そう思うのは私だけでしょうか?」
ブレンダン様が頬を緩めました。
「私もそう思っているよ。あなたと踊るのは楽しいし好きだ。だが……」
ほんの少し眉をひそめたので気になります。
「ブレンダン様?」
私の耳元に顔を近づけて、ささやくのです。
「口づけしたくなるから困る」
そのまま耳に唇が当たったのはたまたまでしょうか。
動いているから触れてしまった?
それとも――。
一瞬で体温が上がりました。
「周りに可愛い顔を見せないで」
「……いつもと同じ顔です」
曲が終盤になり、ダンスしながら扉へ向かいます。
「そうかな?」
「いつもと同じ、です」
「このまますぐ帰ろう。アリソンと踊りたいと言い出す男が現れそうだ」
「そんな人はおりませんわ。それより、ブレンダン様こそ女性に声をかけられたら困ります」
「……ではすぐに帰ろう」
ブレンダン様に色目を向けてくる女性には困ってしまいます。私よりきれいな方たちなのですもの。
「誰にも渡したくなどありませんのに」
「……アリソン? なんて?」
「……っ、いえなんでもありません!」
「そう? 誰にも渡したくない、って……私のこと?」
うっかり漏らしてしまった言葉は、しっかり聞かれてしまったようです。
嬉しそうな顔で私を見下ろすので、わざわざ否定する気になれません。
「ブレンダン様のことで間違いありません」
そう言うと、隙間がなくなるくらいきつく抱きしめられました。
「私はあなただけのものだよ」
ここは王宮で、ダンスホール。
たくさん人もいるので、これ以上は……。
「ブレンダン様」
「アリソン、早く帰ろう」
「……はい」
一曲踊り終えた後は、急いでホールを出ました。
やはりブレンダン様に声をかけたそうにしている女性がいましたから。
「……間一髪だった。公爵が近づいて来るのが見えたが、気づかぬふりをしてしまった」
「……それは。大丈夫なのでしょうか?」
振り返ろうとした私を引き寄せて胸の中に抱きしめてしまったのです。
「多分、大丈夫だ。最初に挨拶は終えているしね。重要な用事なら、あらためて連絡が来るだろう。おおらかな方だから問題ない」
公爵家というと、気難しい方ばかりの気がしましたが、ブレンダン様が言っているのは王太子殿下の弟君のことなのでしょう。
人好きのする友好的な方ですから、礼儀知らずと怒られることはないように思います。
「それなら……多分」
「追いかけてこないのだから大丈夫だろう」
そのように話しているうちに馬車の用意が整い、私たちは宿屋に向かいました。
中に入るとほっとします。
居心地良く整えられているからでしょう。
「コーツ伯爵夫人宛てに手紙が届いているのですが、いかがいたしましょう?」
宿屋の主人に声をかけられました。
ブレンダン様に声をかけると言うことは素性の怪しい相手からのものかもしれません。
ですが、私はその字を見てピンときました。
「ファニーだわ」
彼女に字を教えたのは私でした。
ブレンダン様から手紙を渡されます。宿屋の主人も差出人と面識があることにほっとしたようでした。
そのまま部屋へと持ち帰り、すぐに開けます。
『お姉様へ
この間はびっくりして隠れてごめんなさい。
誰にも見つかりたくないの。
聞いていると思うけど、私は子爵家の次男のブルース様と家を出て結婚したわ。
今は音楽団の一員として暮らしていて、毎日が新鮮で楽しいの!
堅苦しい貴族は私に合わなかったみたいだわ。
とても幸せだから探さないで。
この手紙を読む頃にはこの国にはいないんだから!
ファニー』
彼女らしい、そう思いました。
「ブレンダン様、どうぞ」
「いいのか?」
「はい」
今日が生誕祭の最終日で、ファニーが現れるとしたら明日の午前中までかもしれないとは思っていました。
わざわざ手紙にしたのは、彼女も色々と思うところがあったのでしょう。
「パレードには他国の音楽団も招待されていたね。生誕祭の間、街中で演奏してたくさん稼いだんだろうな」
「そうかもしれません……このまま秘密にしていても?」
父と義母、子爵家の方々は行方を気にしているでしょうけど、手紙は燃やしてしまおうと思います。兄にだけ知らせるか迷うところですが。
たくさんの人に迷惑をかけたファニーたちですから、もしかしたら私の選択は間違っているかもしれません。
ですが、これから先苦労も多いと思うのです。私は彼女の世界が明るいものであることを祈ろうと思いました。
「アリソンが望むままに」
ブレンダン様の言葉と存在に私はほっとしてしまいます。
そのまま包み込むように抱きしめられて、私はゆっくりと息を吐きました。
「来年の生誕祭にもひょっこり現れるかもしれないよ」
想像してみました。
無邪気に笑って現れるファニーを。
「そうですね、ありそうです」
思わず笑ってしまいました。
ブレンダン様が私の頭のてっぺんに口づけを落とします。
「髪を解いてあげよう」
「お願いします。今日はたくさん花を飾りましたから大変かもしれません」
「……焦らされているみたいで、いいね」
「ブレンダン様の望みでしたのに」
少し拗ねたような声になってしまいました。ブレンダン様の希望で宿屋専属の髪結師にお願いしたのですが、華やかで可愛らしすぎると内心思っていたのです。
「今日のあなたも可愛かった。今も、そう。……いつも、だね」
「ブレンダン様もとても素敵です。今も疲れていないみたい」
「疲れてはいないよ。あなたを前にしたら特に」
余計なことを言ってしまったみたいです。
「…………」
「今年の生誕祭は終わりだが、私たちの休暇は終わっていないよ。もう少し楽しんでから領地に戻ろう」
「そうですね、これから暑い夏が始まりますものね」
ブレンダン様は領地へ戻る前に宿屋で来年の予約をとりました。
少し気が早い気もしますが……。
私たちはこれからも生誕祭をここで過ごすことになるようです。
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お読みくださりありがとうございます。
今日はモデルにした国の祝日です、なんとか間に合いました。現実のイベントを少し参考にしています。
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