26 / 52
【2】
26 ドリームキャッチャーとチューリップフェスティバル
しおりを挟む今日は平和と春の訪れを祝うチューリップフェスティバルへやって来ました。
街中が明るく色づいて、活気があります。
庭園だけでなく広場や大通りにも植えられていて、たくさんの人が集まっていました。
「ブレンダン様は色々なお祭りをご存知なのですね」
「軍には各地から人が集まっていたから、いろんな話を聞けたんだ。あの頃の何気ない話がこうして役に立つとはね」
結婚してから、いろいろな場所へ出かけることが増えました。
たくさんの思い出も共通の話題も増えていきます。
領地でのんびり過ごすのも好きですが、ブレンダン様と一緒に出かけることも大好きだと気づきました。愛する夫となら、どこにいても楽しいのですが……旅先ではいつもと違う一面を見ることができますから、改めて大好きだと実感するのです。
「冬の間はどうしても領地に閉じこもりがちになるから、アリソンと色々なところに出かけたい。あなたが時折見せる無邪気な表情がたまらなく、好きだ」
「私もブレンダン様と出かけると楽しくて嬉しいです……けど、よく私の顔を見ていたのは……」
恥ずかしくなって、思わず視線を下げてしまいます。貴族として駄目ではないでしょうか。
「……子どもっぽいですよね。人前では気をつけないと……」
「いや、そんなことはない。あなたはいつだって可愛くて愛しい妻だ」
私の頬をするりと撫でて、そっと上向けます。
そのまま、口づけするのですから慌てました。
商店街通りの入り口で、二人きりではありません。人が行き交っています。
「ブレンダン様⁉︎ こんなところで……っ」
「誰も見ていないさ。それに、私たちだと気づかれないだろう」
さいわい、こちらを見ている人たちはいないようでした。もしかしたら見て見ぬ振りをしてくださっているのかも?
ブレンダン様に手をとられて歩き出しましたが、頬が熱くて顔を上げられません。
「せっかく、商人夫婦になりきってここへ来たのだから、楽しもう」
今回の旅は王都に近いこと、社交シーズンも始まったばかりということもあって、商人夫婦の姿を借りてお忍びで遊びに来ました。
仮の姿というのは気楽で楽しいのです。
近頃は好意的に話しかけてくださる社交界の方々が増えたのですが、おつき合いはこれまで通り大きく広げるつもりはありません。
今まで親交のある方々を大切にしていきたいのです。
近頃はブレンダン様に秋波を送る女性が増えて心がざわめきます。顔の傷に対して陰口をついていたのに、最近のブレンダン様はとても穏やかで優しい表情を浮かべていますから、それに気づいた女性が近づいてくるのです。
夫はさらりとかわして相手にしませんし、近くにいる私に心配しないよう愛をささやいて下さるのですが……。
「アリソン、どうした? 疲れたなら抱いて歩こうか?」
「いえ、大丈夫です。……それに、商人の夫は抱き抱えないと思いますわ」
ブレンダン様が首を傾げます。
「商人のほうが力があるぞ?」
私を抱きしめようと腕を伸ばすので、そっと手で押し返しました。そうしなければかまわず抱き上げてしまうでしょう。
「本当に大丈夫ですから。……腕を組んでもいいですか? 並んで隣を歩きたいです」
「わかった。もっと甘えてくれていいんだが。……疲れたら遠慮せずに言ってほしい」
そうして再び歩き出したわけですが、ブレンダン様はいつも私に甘すぎると思うのです。
「はい、ありがとうございます。……甘えたい時はちゃんと甘えますから」
そう答えると、ブレンダン様は柔らかい笑顔を浮かべました。
「帰りにチューリップを買って帰ろうか、今回の思い出の記念に」
「それもいいですが、こうして一緒にまた見に来たいです。とても綺麗ですもの」
「いいね」
そんな会話をしていますと、いきなり目の前に赤いチューリップを差し出されました。
気の良さそうな二十歳くらいの青年です。
「お客さん! これサービスで配っているんだ。チューリップの花言葉は理想の恋人なんだけど、お二人にピッタリだと思ってさ。……ついでにうちの店をのぞいていってよ!」
目をぱちくりさせていると、ブレンダン様が花を受け取って、私に差し出しました。
「赤は永遠の愛だったかな。どうぞ」
「……ありがとうございます」
私が青年から花を受け取るのは嫌だったみたいです。ブレンダン様は……時々、とても可愛い態度をとるので、思わず顔がゆるんでしまいました。
「せっかくですから、少し見ていきましょう」
「やった! 入って、入って!」
お店に入って一番目を引いたのが、吊り下げられた飾りでした。輪っかに蜘蛛の巣のように糸が張られていて、鳥の羽根が飾られているのです。
「それは寝床に飾る魔除けだよ! この網が悪夢を捕まえてくれると伝えられているんだ。俺も飾っているけど、いつも気持ちよく目覚めるよ!」
ドリームキャッチャーというのだそうです。
悪夢を見たとしても、隣にブレンダン様がいるのでそっと抱きついてしまえば私は問題ないのですが……。
ブレンダン様を見上げると、わずかに首を傾げました。
「一つ買っていこうか」
「……そうですね。記念になりますから」
悪い夢は見ないにことしたことはありません。
目の前のものの中から一つ、選ばせてもらいました。
「ありがとうございましたー!」
袋に入れてもらった後はブレンダン様が持ってくださったので、私はチューリップを手に歩き出します。
「アリソンにはいつもいい夢を見てほしいね」
「……私は怖い夢を見ても隣にブレンダン様がいるから大丈夫なんです。すぐ抱きしめてもらえますもの。だから、ブレンダン様から怖い夢を遠ざけるほうが大切な」
話している途中でしたのに、いきなり抱きしめられました。
「まいったな。こんなところでそんなに可愛いことを言うなんてね」
人通りもありますから腕の中から逃れようとするのですが、そのまま縦に抱き上げられてしまいました。
「ブレンダン様!」
「可愛いアリソン、さっそくドリームキャッチャーの効果を試してみようか」
小声ですが、そんなことを言われて誰かに聞こえてないかと周りを見回しました。
ちらちらと視線を感じて恥ずかしくなった私は、ブレンダン様の肩に頭をのせます。
「……まだ日も暮れていませんのに」
「明日は早起きして、川下りをしながら運河の周りのチューリップを見よう。だから、そろそろ戻ろうか」
それは初めての経験になりそうで、わくわくしてきました。
「はい、楽しみです」
それにしても目立たないように商人夫妻の姿になったはずですのに。
いそぎ足のブレンダン様に抱えられたまま、宿屋に向かうのでした。
31
お気に入りに追加
1,710
あなたにおすすめの小説
私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない
文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。
使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。
優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。
婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。
「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。
優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。
父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。
嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの?
優月は父親をも信頼できなくなる。
婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。

思い出してしまったのです
月樹《つき》
恋愛
同じ姉妹なのに、私だけ愛されない。
妹のルルだけが特別なのはどうして?
婚約者のレオナルド王子も、どうして妹ばかり可愛がるの?
でもある時、鏡を見て思い出してしまったのです。
愛されないのは当然です。
だって私は…。
【完結】お飾りの妻からの挑戦状
おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。
「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」
しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ……
◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています
◇全18話で完結予定
里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります>
政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
【完結】魔力がないと見下されていた私は仮面で素顔を隠した伯爵と結婚することになりました〜さらに魔力石まで作り出せなんて、冗談じゃない〜
光城 朱純
ファンタジー
魔力が強いはずの見た目に生まれた王女リーゼロッテ。
それにも拘わらず、魔力の片鱗すらみえないリーゼロッテは家族中から疎まれ、ある日辺境伯との結婚を決められる。
自分のあざを隠す為に仮面をつけて生活する辺境伯は、龍を操ることができると噂の伯爵。
隣に魔獣の出る森を持ち、雪深い辺境地での冷たい辺境伯との新婚生活は、身も心も凍えそう。
それでも国の端でひっそり生きていくから、もう放っておいて下さい。
私のことは私で何とかします。
ですから、国のことは国王が何とかすればいいのです。
魔力が使えない私に、魔力石を作り出せだなんて、そんなの無茶です。
もし作り出すことができたとしても、やすやすと渡したりしませんよ?
これまで虐げられた分、ちゃんと返して下さいね。
表紙はPhoto AC様よりお借りしております。

白い結婚は無理でした(涙)
詩森さよ(さよ吉)
恋愛
わたくし、フィリシアは没落しかけの伯爵家の娘でございます。
明らかに邪な結婚話しかない中で、公爵令息の愛人から契約結婚の話を持ち掛けられました。
白い結婚が認められるまでの3年間、お世話になるのでよい妻であろうと頑張ります。
小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。
現在、筆者は時間的かつ体力的にコメントなどの返信ができないため受け付けない設定にしています。
どうぞよろしくお願いいたします。
【完結】捨てられた双子のセカンドライフ
mazecco
ファンタジー
【第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞作】
王家の血を引きながらも、不吉の象徴とされる双子に生まれてしまったアーサーとモニカ。
父王から疎まれ、幼くして森に捨てられた二人だったが、身体能力が高いアーサーと魔法に適性のあるモニカは、力を合わせて厳しい環境を生き延びる。
やがて成長した二人は森を出て街で生活することを決意。
これはしあわせな第二の人生を送りたいと夢見た双子の物語。
冒険あり商売あり。
さまざまなことに挑戦しながら双子が日常生活?を楽しみます。
(話の流れは基本まったりしてますが、内容がハードな時もあります)

番(つがい)はいりません
にいるず
恋愛
私の世界には、番(つがい)という厄介なものがあります。私は番というものが大嫌いです。なぜなら私フェロメナ・パーソンズは、番が理由で婚約解消されたからです。私の母も私が幼い頃、番に父をとられ私たちは捨てられました。でもものすごく番を嫌っている私には、特殊な番の体質があったようです。もうかんべんしてください。静かに生きていきたいのですから。そう思っていたのに外見はキラキラの王子様、でも中身は口を開けば毒舌を吐くどうしようもない正真正銘の王太子様が私の周りをうろつき始めました。
本編、王太子視点、元婚約者視点と続きます。約3万字程度です。よろしくお願いします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる