愛されることはないと思っていました

能登原あめ

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26 ドリームキャッチャーとチューリップフェスティバル

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 今日は平和と春の訪れを祝うチューリップフェスティバルへやって来ました。
 街中が明るく色づいて、活気があります。
 庭園だけでなく広場や大通りにも植えられていて、たくさんの人が集まっていました。

「ブレンダン様は色々なお祭りをご存知なのですね」
「軍には各地から人が集まっていたから、いろんな話を聞けたんだ。あの頃の何気ない話がこうして役に立つとはね」

 結婚してから、いろいろな場所へ出かけることが増えました。
 たくさんの思い出も共通の話題も増えていきます。

 領地でのんびり過ごすのも好きですが、ブレンダン様と一緒に出かけることも大好きだと気づきました。愛する夫となら、どこにいても楽しいのですが……旅先ではいつもと違う一面を見ることができますから、改めて大好きだと実感するのです。

「冬の間はどうしても領地に閉じこもりがちになるから、アリソンと色々なところに出かけたい。あなたが時折見せる無邪気な表情がたまらなく、好きだ」

「私もブレンダン様と出かけると楽しくて嬉しいです……けど、よく私の顔を見ていたのは……」

 恥ずかしくなって、思わず視線を下げてしまいます。貴族として駄目ではないでしょうか。

「……子どもっぽいですよね。人前では気をつけないと……」
「いや、そんなことはない。あなたはいつだって可愛くて愛しい妻だ」

 私の頬をするりと撫でて、そっと上向けます。
 そのまま、口づけするのですから慌てました。
 商店街通りの入り口で、二人きりではありません。人が行き交っています。

「ブレンダン様⁉︎ こんなところで……っ」
「誰も見ていないさ。それに、私たちだと気づかれないだろう」

 さいわい、こちらを見ている人たちはいないようでした。もしかしたら見て見ぬ振りをしてくださっているのかも?

 ブレンダン様に手をとられて歩き出しましたが、頬が熱くて顔を上げられません。
 
「せっかく、商人夫婦になりきってここへ来たのだから、楽しもう」

 今回の旅は王都に近いこと、社交シーズンも始まったばかりということもあって、商人夫婦の姿を借りてお忍びで遊びに来ました。
 仮の姿というのは気楽で楽しいのです。

 近頃は好意的に話しかけてくださる社交界の方々が増えたのですが、おつき合いはこれまで通り大きく広げるつもりはありません。
 今まで親交のある方々を大切にしていきたいのです。
 
 近頃はブレンダン様に秋波を送る女性が増えて心がざわめきます。顔の傷に対して陰口をついていたのに、最近のブレンダン様はとても穏やかで優しい表情を浮かべていますから、それに気づいた女性が近づいてくるのです。

 夫はさらりとかわして相手にしませんし、近くにいる私に心配しないよう愛をささやいて下さるのですが……。

「アリソン、どうした? 疲れたなら抱いて歩こうか?」
「いえ、大丈夫です。……それに、商人の夫は抱き抱えないと思いますわ」

 ブレンダン様が首を傾げます。
 
「商人のほうが力があるぞ?」

 私を抱きしめようと腕を伸ばすので、そっと手で押し返しました。そうしなければかまわず抱き上げてしまうでしょう。

「本当に大丈夫ですから。……腕を組んでもいいですか? 並んで隣を歩きたいです」
「わかった。もっと甘えてくれていいんだが。……疲れたら遠慮せずに言ってほしい」

 そうして再び歩き出したわけですが、ブレンダン様はいつも私に甘すぎると思うのです。 

「はい、ありがとうございます。……甘えたい時はちゃんと甘えますから」

 そう答えると、ブレンダン様は柔らかい笑顔を浮かべました。

「帰りにチューリップを買って帰ろうか、今回の思い出の記念に」
「それもいいですが、こうして一緒にまた見に来たいです。とても綺麗ですもの」
「いいね」

 そんな会話をしていますと、いきなり目の前に赤いチューリップを差し出されました。
 気の良さそうな二十歳くらいの青年です。

「お客さん! これサービスで配っているんだ。チューリップの花言葉は理想の恋人なんだけど、お二人にピッタリだと思ってさ。……ついでにうちの店をのぞいていってよ!」

 目をぱちくりさせていると、ブレンダン様が花を受け取って、私に差し出しました。

「赤は永遠の愛だったかな。どうぞ」
「……ありがとうございます」

 私が青年から花を受け取るのは嫌だったみたいです。ブレンダン様は……時々、とても可愛い態度をとるので、思わず顔がゆるんでしまいました。

「せっかくですから、少し見ていきましょう」
「やった! 入って、入って!」

 お店に入って一番目を引いたのが、吊り下げられた飾りでした。輪っかに蜘蛛の巣のように糸が張られていて、鳥の羽根が飾られているのです。

「それは寝床に飾る魔除けだよ! この網が悪夢を捕まえてくれると伝えられているんだ。俺も飾っているけど、いつも気持ちよく目覚めるよ!」

 ドリームキャッチャーというのだそうです。
 悪夢を見たとしても、隣にブレンダン様がいるのでそっと抱きついてしまえば私は問題ないのですが……。
 ブレンダン様を見上げると、わずかに首を傾げました。

「一つ買っていこうか」
「……そうですね。記念になりますから」

 悪い夢は見ないにことしたことはありません。
 目の前のものの中から一つ、選ばせてもらいました。

「ありがとうございましたー!」

 袋に入れてもらった後はブレンダン様が持ってくださったので、私はチューリップを手に歩き出します。

「アリソンにはいつもいい夢を見てほしいね」
「……私は怖い夢を見ても隣にブレンダン様がいるから大丈夫なんです。すぐ抱きしめてもらえますもの。だから、ブレンダン様から怖い夢を遠ざけるほうが大切な」

 話している途中でしたのに、いきなり抱きしめられました。

「まいったな。こんなところでそんなに可愛いことを言うなんてね」

 人通りもありますから腕の中から逃れようとするのですが、そのまま縦に抱き上げられてしまいました。

「ブレンダン様!」
「可愛いアリソン、さっそくドリームキャッチャーの効果を試してみようか」

 小声ですが、そんなことを言われて誰かに聞こえてないかと周りを見回しました。
 ちらちらと視線を感じて恥ずかしくなった私は、ブレンダン様の肩に頭をのせます。
 
「……まだ日も暮れていませんのに」
「明日は早起きして、川下りをしながら運河の周りのチューリップを見よう。だから、そろそろ戻ろうか」

 それは初めての経験になりそうで、わくわくしてきました。

「はい、楽しみです」

 それにしても目立たないように商人夫妻の姿になったはずですのに。
 いそぎ足のブレンダン様に抱えられたまま、宿屋に向かうのでした。
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