愛されることはないと思っていました

能登原あめ

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【2】

27 女王生誕祭①

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* 全三話、異母妹が出てくるお話です。






******

 
 この国の初代は女王で、彼女の誕生日の前後合わせて三日間が国民の祝日となっています。
 国中が賑わうのですが、特に王都に人々が集まるため目新しい屋台が並び、いつ行っても新鮮に感じました。

 ブレンダン様と結婚してからは、女王生誕祭を祝うために王都へ足を伸ばすことは初めてです。
 夫が早くから宿屋を予約してくださったので、いつもと同じところへ泊まることができました。

 今回は二週間の予定でいます。
 生誕祭を楽しむだけじゃなく、久しぶりに友人に会ったり、兄夫婦から食事に招かれたりしていますので、領地にいる時よりも忙しくなるでしょう。
 
 兄夫婦とパーティーで会うことは何度かありましたし、身内だけの茶会に招かれたこともありますが、二組の夫婦での晩餐は初めてです。
 義母や異母妹と顔を合わせなくてすむのは気楽でした。

「生誕祭が終わると本格的な夏がやって来るから、みんな弾けているね」

 ブレンダン様が王都で暮らす人々を眺めながら言いました。
 賑やかなかけ声が響き、笑い声も聞こえてきます。
 領地より王都のほうが暖かいですが、それでも暑い夏は他国より短いそうです。

 冬を耐え、春に浮かれ、夏に弾けるのが国民の特性かもしれません。
 秋は短いのであっという間に過ぎていきます。
 雪に覆われた長く厳しい冬も、ブレンダン様と過ごせる今はとても大好きな季節なのですが……。

「……見ていたら私もわくわくしてきました」
「いいね」

 ブレンダン様が私をのぞき込んでそっと、口づけをします。

「今日も可愛いね。まず、何がしたい? 先に言うが、私のしたいことはアリソンのやりたいことを叶えることだよ」
「……私も、同じことを考えていました」

 夫が少し首を傾げて笑い、口を開きました。

「私が可愛い?」
「いえ、そうではなくて。ブレンダン様がしたいことを私も……んっ!」

 最後まで言い終わる前にもう一度強く唇を押しつけられました。

「私はいつだってあなたを愛でたい。宿屋に行くことになるがいいのか?」
「ブレンダン様っ!」

 耳元でささやかれて恥ずかしくなりました。
 まだ太陽の位置は高いところにありますのに。

「だからね、アリソンの行きたいところへ行こう。夜まで待つから」
「……今夜は兄に食事に誘われています」

 だから夜遅くまで宿屋に戻ることはないでしょう。もしかしたら、泊まって行くように言われるかもしれません。

「夜は長い。それに明日の予定はないから時間は気にしなくても大事だよ」
「…………」

 意味ありげに見つめられて、すぐに言葉が出てきません。

「……それなら、少し街を歩いて早めに宿屋に戻りましょう。……支度に時間がかかりますもの」
「わかった」

 今度はこめかみに口づけを受けました。

「ブレンダン様、兄夫婦と会うのですから、途中で抜けるわけにはいきませんよ?」
「私が夜まで我慢できないと思っている?」
「いえ、そう言うわけでは……」

 そう答えながらも、思わないわけでもありません。ブレンダン様に体力を奪われて、気だるいまま参加した夜会はいくつもありますから。
 今、ひどく穏やかな笑顔を浮かべています。

「ちゃんとお行儀よくするよ」
「信じてもいいのでしょうか?」
「アリソンが大事にしている人に心配はかけないよ。それに……夜は長いから」

 これでは夜は手加減しないと言われているような気分です。困ってしまいました。

「そんな顔をしないで。ただあなたを愛したいだけだ」
「わかりました、大通りのほうへ行きましょう。新しい店もできているでしょうから」

 




 生誕祭のために、初代女王だけでなく現在の王族の姿絵がたくさん並んでいます。 
 両陛下の威厳のある姿、王太子殿下と婚約者が寄り添ったものが目立ちますが、少し前に結婚されて公爵となった弟君のものまであるようです。

 小さなものはよく売れるようで、店の脇で画家が描いているところまでのぞけました。

「今度私達のものも描いてもらおうか。ついでに画家を探してもいいね」

 ブレンダン様の言葉に私は頷きました。
 鏡を見ているくらいそのまま描かれているものや、実物よりもたくましかったり可愛らしかったり、芸術的過ぎて私にはわからないものまであります。

 たくさんありますから、きっと好みの画風が見つかる気がしました。
 生誕祭の準備の様子を眺めた後は宿屋へ戻りとどこおりなく準備を終えて、兄達の屋敷へ向かいます。
 
 父が大きくし、義母が派手に飾っていた伯爵家の屋敷は処分して、家族の距離が近くなるような品の良い素敵な屋敷に二人は住み始めました。
 そのお披露目もあったのでしょう。

 兄はそれについて何も言いませんでしたが、メープルシロップをひと樽ときれいなガラス瓶に詰めたものを用意しました。本当はもっと形の残るものがいいのでしょうけど……。

 ガラス瓶は細工がほどこされていて、義姉が嬉しそうな笑顔を浮かべてくださったのでほっとしました。

 お酒をいただきながら、お互いの近況を話し、話し上手な義姉から王都での最近の噂を聞きます。
 ふと、会話が途切れた時に兄が話し出しました。

「ファニーのことだが、遠縁の子爵家と縁談があったんだ。うちよりも財政が豊かで、相手の年も五つほど上。身分は子爵夫人になるが、贅沢できると花嫁修業に向かった」

 異母妹のファニーについては同じパーティーで顔を合わせることもなく、これまで特に話題に上がりませんでした。

「それはよかったですね」
「いや、それが王都からかなり離れた畑ばかりの土地と生真面目な子爵に嫌気が差したのか、次男と駆け落ちをしたそうだ。婚約はもちろん白紙、子爵家もこちらも二人は除籍して助けないこととなった。子爵家は隣国に近い領地だから、この国にいない可能性が高いが、もし現れても援助の必要はない」

 驚きました。
 昔は王子様に憧れるような娘でしたし、身分の高い相手へ嫁ぐことを夢見ていたように思います。
 けれど裕福な子爵家よりも次男との禁断の恋に浮かれてしまったのでしょうか。

「むしろ見つけたら捕まえて慰謝料をむしり取りたいと義母が言っていたくらいだから……父が用意した持参金で穴埋めするには足りないくらい使い込んだらしい」

 唯一の味方だった義母まで腹を立てているなんて、大変なことになりました。

「きっと会うことはないだろうが、もし捕まえたいなら知り合いにも声をかけよう」

 ブレンダン様が兄に言います。
 各地に散らばった頼りになる仲間たちが見つけ出すかもしれません。

「それには及びません。隣国に向かう馬車があったと聞いています。身分など関係なく自由な国だそうですから……もう関わりたくありませんね」
 
 兄はそう言ってグラスを傾けました。
 
「生誕祭に向けて盛り上がっていますから、今ある噂などすぐ消えてしまうでしょう。特に王太子殿下の婚約者のドレスや宝石が話題に上がっていますのよ。とても斬新でゴージャスですの。きっとこれから流行りますわ」

 義姉の新しい話題で沈んだ空気が明るくなりました。兄はとても素敵な女性と結婚したと思います。

「そういえば、この間もご兄弟で張り合うようにダンスをされていましたわ。殿下も可愛らしい面があるのだなぁと、微笑ましい気持ちになりました」

「それは一度見てみたいですわ。生誕祭のパーティーで殿下のご兄弟が揃うでしょうし」

 頭の中で想像しながら義姉に向けて言いました。
 堅苦しい式典は気が重かったのですが、その後のパーティーが楽しみになります。
 デザートをいただいた後、私たちはいとまを告げました。

 泊まって行くように誘われましたが、ブレンダン様が明日は予定があるからと言ってきっぱりと断ったのです。
 明日はきっと部屋から出ないことでしょう。

 宿屋に戻ると、ブレンダン様が私の髪を解いて下さいました。とても手際が良くて、ドレスも脱がせてくださるのです。
 疲れた様子は少しも見えません。

「まずは風呂に浸かろう。疲れがとれるから。その後は……」


 
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