愛されることはないと思っていました

能登原あめ

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【2】

28 女王生誕祭② ※微?

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 これまでお風呂とは疲れを癒し、身をきれいにするところだと思っていました。
 けれど、ブレンダン様にとっては違うのかもしれません。
 湯船に浸かりながら、考えてしまいます。

「あなたはいつだって可愛くて、触れていたいと思う。愛しているよ」
「…………っ」

 私も愛していると伝えたいのに、向かい合って彼の昂まりを受け入れたまま唇を塞がれてしまったら、しがみつくくらいしかできません。
 そうしなければ彼に溺れてしまいそうですから。

「たまらないな。遠慮しないで達したらいい」

 彼に馴染んだ私は、少しの刺激で頂点へと押し上げられ、頭の中が真っ白になってしまうのです。
 訳がわからなくなって、あとで彼の背中に無数の爪跡を見つけて恥ずかしくなるのですが。
 それさえも嬉しそうに笑うのです。

「ブレンダン、さまっ……」

 ゆっくりと揺さぶられながら、彼の手が全身を這いました。私が後ろに倒れないようにしっかりと背中を支えたかと思うと、指先でいたずらしてくるのですから身震いしてさらに深く彼を受け入れてしまいます。

 緩急をつけて、さらには予想外のことをしてくるので私はそれを受け止めるだけで精一杯なのでした。

「……そんなに締めると長く持たない」

 低く、色気を感じさせる声が私の耳をくすぐります。ぴくりと体が反応したことに気づいたブレンダン様が、そのまま耳たぶを甘噛みしました。

「ブレンダン、さまの、せい、です」

 吐息まじりに答えますと、それなら仕方ないねと笑います。
 私にはどうしようもありません。
 だって本当にブレンダン様が触れるから――。
 
「愛しています」
「あぁ、本当に可愛くてたまらない」

 ブレンダン様が下から突き上げるように動き、すでに高まっていた私が達するのとほぼ同時に、彼も精を放ちました。
 抱きしめ合うとお互いの鼓動が重なって、心も満たされます。

「続きはベッドへ行こう」

 やはり終わりではないようです。
 覚悟は、していました。
 それに嫌ではありません。
 私は彼に身を預けて、ほんの少しだけ目を閉じました。


 







 雲ひとつない青空の下で、女王生誕祭の式典が始まりました。
 近隣の国から外交使節がやって来ていて、警備も物々しいです。
 建国した時の作法の通り、粛々と執り行われました。

 その後は国民全体でお祝いです。
 まずは軍楽隊、続いて鼓笛隊に音楽隊などが演奏しながら街を練り歩き、祝い酒が振る舞われました。
 
 沿道は混み合っていましたので、私たちは宿屋の部屋から見ることに。
 ブレンダン様の背中にかばわれながら通りを抜けます。 

 熱気がすごいですし、もし手を離してしまったら人並みに流されてしまいそうでした。
 ようやく辿り着いた宿屋の部屋から、外を見下ろします。

「飲み物を持ってくるから座って待っていて」

 ブレンダン様が窓辺の椅子を外に向けて見やすいように整えてから、飲み物を取りに向かいました。

 私は椅子に腰かけて窓から顔を出します。
 通りは人であふれ、よくここまで歩いて来れたものだと思いました。

 馬車を使っていたら、ここに戻る頃には日が暮れていたかもしれません。
 音楽隊の姿が見えて、人がますます集まります。
 その時ふと、見知った顔が見えた気がしました。

「ファニー……?」

 私が漏らした声に彼女が顔を上げます。
 音楽が鳴り響き、人々が騒ぐ中で声が聞こえたのでしょうか。
 こちらは三階の部屋ですから、声が届くはずもないでしょうに。

 彼女は、はっとした顔を見せた後、すぐにそらして人混みに紛れてしまいました。
 しっかり目も合いましたし、本人に間違いありません。

 隣に駆け落ちしたという男性がいたかどうかまでは、たくさんの人がいましたから確認できませんでした。

「アリソン? 何か面白いものが見えるのかい? あまり身を乗り出さないよう気をつけて」
「ええ、ごめんなさい。……今、ファニーが通りにいて、びっくりして……」

 ブレンダン様が眉を上げて、サイドテーブルにビールを置きました。

「アリソンはどうしたい?」

 穏やかな顔のまま私を見つめます。
 夫はきっと私の希望に沿うつもりなのでしょう。

「私は……彼女が助けを必要としていて、ここにやって来ることがあったら、話を聞きたいと思いますが……」

 生誕祭はまだ続きます。
 私たちがこの宿に泊まっていることはわかったでしょうから、本当に困っているなら顔を見せるかもしれません。

 でも、仲の良い姉妹だったかというと、それほどでもありませんでした。
 もう関わりたくないと思っているかもしれません。隠れるように消えてしまいましたから。

「生誕祭を見に来たのか、稼ぎに来たのかもしれないね。子爵家の次男は音楽をやっていたと聞いたことがあるから」
「そうでしたか……もしかしたら見間違えたのかもしれませんね」

 それならきっと、見つかりたくないと考えている気がします。
 ブレンダン様が笑って私の前にビールを差し出しました。

「宿屋から今日の祝い酒。せっかくだから少し飲もう」
「はい」

 並々と注がれたグラスを持ち上げて乾杯です。
 思った通り、ほろ苦い味。
 今の気持ちと一致します。

「全部飲み干さなくていい。夜になったらおいしい食事が待っているから」
「はい……私には少し苦いです」

 それに発泡しているのでお腹がいっぱいになりそうです。
 ブレンダン様が私のグラスを手前に引き寄せ、代わりに柑橘の香りの水を用意してくれました。
 私が残した分は水のように飲んでしまいます。

「食事は部屋に届けてもらうから、のんびり外の様子を楽しもう」
「そうですね、ここから外を眺めるくらいがちょうどいいです。さっきより人が増えてますもの」

 夜になったら、花火が打ち上がります。
 宿屋の主人が部屋の窓から正面に見えると教えてくれました。

「夜が、楽しみですね」

 花火を想像しながら言いますと、ブレンダン様が意味ありげに眉を上げます。

「あなたも? それでは今夜ははりきって……」
「ブレンダン様! 花火が楽しみだと思ったんです!」

「私も同じだよ。それに……夜は長いだろう? 花火の後は一緒に」

 顔が熱くなってきます。
 少し早とちりをしてしまったのでしょうか。
 でも、やっぱり夜は長いって……。
 それに花火の後は一緒に何を――?

「アリソン? 今考えてことを教えてほしい」
「何も考えていませんわ!」

 少しのお酒で酔ってしまったのでしょうか。

「ブレンダン様、一緒にパレードを観ましょう。夜は長いですから……」

 窓の外に視線をそらしましたら、夫の指があごにかかりました。
 どうしたのかと見上げますと軽く唇を重ねて、今夜も楽しくなりそうだね、と笑ったのです。

「…………!」

 生誕祭が終わる前に一足先に夏がやってきました。
 

 

 




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