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23 バレンタインデーとキャンディグラム

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 年が明けると、領内がクリスマスとはまた違った雰囲気になりました。
 恋人達の守り神の日――バレンタインデーがやってきます。

 主に男性が恋人や妻に花や甘いお菓子、アクセサリーなどを贈る日です。
 昨年はブレンダン様からチョコレートをいただきました。
 口の中に入れるととろけて、甘くて少し苦くて幸せな気持ちになったのを思い出します。

 今年は領地にある学校で、キャンディグラムのお手伝いをすることになりました。
 バレンタインデーの前に、生徒がキャンディにメッセージカードを添えてお贈りたい相手を先生に伝えて預けます。

 自分の名前を伝えるか、内緒にするかは選べるようでした。
 それからバレンタインデー当日に、先生から相手の子に渡すのです。

 先生が忙しく大変とのことで、毎年お義母様が手伝っていて、生徒達の両親にはお願いしないのだと聞きました。

 子供達の秘密を守らなければいけないので、万一漏れたら困るから、とのことです。
 ひとつももらえないのは悲しいので、お義母様が匿名で生徒全員に毎年用意していると聞きました。

 今年初めて手伝うこととなりましたが、お義母様は生きている間は続けたい、なんて言うので、楽しい行事なのだと思います。
 私は初めてですし、補助に徹します。

 きっとお義母様も子供達の恋のお手伝いをするような気持ちになるのかもしれません。
 ブレンダン様にその話をしますと、

「アリソンは私だけの女神ではなくて、子供達の恋の女神になるのか。羨ましいな」

 そう言って私を腕の中に閉じ込めました。

「羨ましい、ですか? そうでしょうか」

 よくわかりません。
 私には初めての体験で、きっと楽しい立場なのはその通りなのですが。

「あなたから渡されたら、実らないはずのものまで実るような気がするよ」
「ブレンダン様、さすがにそのようなことはないと思います」
「いや、バレンタインデーがきっかけで結婚する子達も少なからずいるんだ」

 そう聞いたら、思わず背筋が伸びます。

「私、頑張ります」
「ああ、応援しているよ」

 





 何度か学校を訪れ、一室を借りて受け取ったキャンディやメッセージカードの仕分けや、名前の確認をしました。
 間違うわけにはいきませんから、慎重になります。

「バレンタインデーが待ち遠しいわ」

 お義母様が本当に楽しそうに笑いました。
 当日になり、授業が早く終わる小さい生徒達から配ることになっています。

 帰り支度を終えた生徒達が少しそわそわしているようにも見えて、私までどきどきしてきました。
 お義母様に促されて教室に入ると歓声が上がります。

「みんな、慌てないで! 受け取った子から帰っていいわよ!」

 先生の声はすぐにはしゃぎ声にかき消されてしまいましたが、今日は特別な日なので仕方がないのかもしれません。

「ありがとうございます。さようなら!」

 小さな生徒達の反応はとてもわかりやすかったのですが、学年が上がるとなんでもないことのように対応する生徒達も増えました。
 はしゃぐのは恥ずかしいというお年頃かもしれません。

 最終学年にいたっては神妙な顔をして緊張感のある空間となって、こちらにもその緊張が移ってしまいそうです。
 来年には成人する生徒達なので、この行事は特別なのでしょう。

 心の中で幸運を祈りながら、お義母様の真似をして一人一人に配りました。
 
「アリソン、お疲れ様。今年は何組のカップルができるのかしらね。とても楽しみだわ」

 空っぽの教室から校舎を飛び出していく生徒達の後ろ姿を眺めます。
 校庭で、女生徒を呼び止めて話しかける男子生徒や、手をつないで帰る姿など貴族の世界とは違った光景を垣間見ることができました。

「たまにね……手紙が届くのよ。キャンディグラムをきっかけに結婚しました、って。すごく幸せな気持ちになるの」

 お義母様がそう言って優しく笑います。
 その日は私も幸せな気持ちのまま、屋敷へと戻りました。






「アリソン、これを君に」
 
 ブレンダン様が赤い薔薇の花束を抱えています。
 ほんの少し照れくさそうに見えましたが、私が受け取りますと笑顔を見せてくださいました。

「ブレンダン様、ありがとうございます。とても綺麗ですね……こんなに寒い時期に咲くなんて……」

 この領地は長い長い冬があるため、薔薇だけでなく、どの花もこの季節に上手に咲かせることは難しいと思うのです。
 ブレンダン様は、この薔薇を手に入れるのも苦労したのではないかと考えました。

 胸がいっぱいで言葉が出てきません。
 落ち着くようにと顔を近づけて香りを吸い込みます。
 幸せに香りもあるのでしょうか。

「去年は間に合わなかったが、内密に温室で育ててもらったんだ。あなたは花も喜んでくれると思ったから」
「はい、すごく……すごく嬉しいです。薔薇も好きですし、とても綺麗で……さっそく飾りたいです」

 ずいぶんと前から内緒で準備してくださったと聞いて、私に何が返せるだろうと思ってしまいます。

「あなたのその顔が見れたのだから、私も幸せだよ」

 思わずブレンダン様の胸に飛び込んでしまいました。
 
「おっと……花は私が預かろう。どこに飾りたい? 寝室は?」

 私室にしようかと思いましたが、ブレンダン様がそう言うならと頷きました。

「よし、では今から一緒に行こう」

 私を抱き上げてそのまま歩き出します。

「ブレンダン様?」

 不思議に思ってブレンダン様の顔をのぞき込みました。
 花を飾ろうとする顔ではありません。
 それはまるで――。

「寝室に飾るんだろう?」
「……はい」

 ブレンダン様が望んでいることがわかってしまいました。

「最近のアリソンは忙しかったからね。今日は私の女神として独り占めさせてほしい」

 もしかして、ブレンダン様に寂しい思いをさせてしまっていたのでしょうか。
 私は彼の寂しさを埋めるようにぎゅっとしがみつきます。

「ブレンダン様、大好きです」

 私を抱きしめる腕にわずかに力が入りました。
 薔薇を飾ることができたのは、しばらくベッドで過ごしてからとなったのです。

 







******


 お読みくださりありがとうございます。
※ キャンディグラム→バレンタインデーにキャンディとメッセージカードを渡すイベント。モデルにした国では、学校によって色々なやり方、決まりがあるそうです。
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