上 下
21 / 52
【2】

21 年越しパーティ

しおりを挟む
* 今年最後の更新です。お立ち寄りくださった皆さま、貴重な時間をさいていただきありがとうございました。来年ものんびり更新したいと思っておりますので、おつきあいくださると嬉しいです。良いお年をお過ごし下さい。







******


 一年の終わりの日、私達はブレンダン様の友人夫婦主催の年越しパーティに出席することになりました。

 もともと同じ軍隊に所属していたそうで、気のおけない友人達なのだそうです。
 昨年は結婚したばかりだということもあり、誘われることはありませんでしたが、彼らは毎年賑やかに新しい年を迎えるのだと聞きました。

「見た目は少し、怖そうに見えるかもしれないが皆、気のいい奴らだから」

 そのようにブレンダン様が言いましたが、少しも怖い方達ではありませんでした。
 確かに体は大きいですし、お顔立ちは少し……迫力がありましたが、笑顔に優しさや温かさがにじみ出ているように思えたのです。

 夜に始まったパーティに、およそ三十人ほど集まったのでしょうか。
 それぞれが好きなように過ごしています。
 食事をとったり、お酒を飲んだり、ダンスをしてみたり、音楽団の演奏をのんびり聴いてみたり。

 主催者は現在、退役して侯爵家を継いだ方だそうで、大きな敷地に離れもあって、招待客全員が泊まれそうほど十分な広さがありました。
 半数は明け方のお開きとともに街へくり出すのだそうですが。やはり皆さん、体力があるのですね。

 ブレンダン様と一緒に友人達を紹介してもらいながらひと回りしたので、ほんの少し休ませてもらうことに。
 久しぶりに会った友人と男同士でおしゃべりしたいと思ったのです。

 半数近くは独身の方で、ちょっとした出会いの場でもあるようです。
 私はそれらをのんびり眺めながら音楽に耳を傾けていました。

 ブレンダン様が私に見せる表情と少し違うような気がします。少し少年に戻ったような笑顔も素敵だなぁと内心思いました。

 彼に限らず、まるでお茶を飲むようにウィスキーが減っていくのですが、明るい笑い声が響くことはあっても、酔っぱらう人は現れません。
 揚げた芋にチーズとグレービーソースをかけた料理が一緒に消えていきます。ですがすぐにできたての料理が追加されるのはさすが侯爵家でした。
 
 パーティは気後れしてしまうのですが、今回はくつろいだ雰囲気で、とても居心地がいいと思います。
 先ほどまでは私の隣にご婦人がいたのですが、お花摘みに出かけました。

 一人でのんびり、グラスに注がれたアップルサイダーを飲みながらサトウカエデを塗ってこんがり焼いたサーモンを摘みます。
 この地域もサトウカエデを使った料理が多いようでした。

 他にはボリュームのあるローストビーフのパイや、砕いたクッキーの上にバターたっぷりのカスタードクリームをのせ、さらに溶かしたチョコレートをのせて固めた三層のケーキが人気です。

 それは侯爵家特製のナナイモバーと呼ばれていました。
 私が休むと伝えた時にブレンダン様が食べる価値があるのだと言って真っ先に皿にのせたのです。

 とても濃厚でおいしいのですが、びっくりするほど甘く感じましたから、二人で分け合っていただきました。
 その後ブレンダン様は友人に声をかけられて私の髪へ口づけを落としてから戻ったのですが……少し恥ずかしかったです。

「コーツ伯爵夫人。ご一緒してもいいですか? ずっと踊っていたら腹が空いてしまって」

 目の前に、先ほどブレンダン様に紹介された青年がにこにこして立っています。
 ブレンダン様の元同僚の弟で、軍人だそうですが直接一緒に仕事をしたことはないと聞きました。

 見目もよく人好きのする笑顔で独身だそうですから、きっと女性達が放っておかなかったのでしょう。
 私が返事をする前に、隣に腰を下ろしてしまいました。

「せっかく兄の代わりにパーティに参加できたのに、おいしそうな料理を前にまだ一口も食べていないんだ」

 彼は給仕からウィスキーのグラスを受け取り、料理を盛り合わせるように頼みます。
 彼は私を見てにこっと笑い、打ち明けるように言いました。

「俺、パーティは好きだけど、まだ結婚なんて早いと思っているんだ。でも、ここにいる未婚の女性の勢いがすごくて」
「まぁ……」

 何と答えていいかわかりません。
 ちょうど給仕が皿を運んできました。
 驚くほど盛られていますが、きっとこのパーティのお客様の食欲旺盛なことに慣れているのでしょう。

「……夫人はずっとコーツ伯爵を見ているから少し休ませてもらえるかなって……ははっ、すいません」

 あっけらかんと言われて私も笑ってしまいました。確かに私はブレンダン様以外と火遊びなんて少しも考えたことはありませんから、一緒にいても間違いなど起こり得ません。

「いえ。気にしないで……実際その通りですもの」
「ははっ、それはまた……羨ましいな」

 私より少し歳が上のようですが、気さくな方で、ブレンダン様の昔話を聞かせてくれました。

「ところで、何か別のものを飲む? メイプルリーフカクテルがおすすめだよ」

 空になった私のグラスを見て、彼が言いました。

「それはどんな飲み物ですか?」
「ウィスキーにサトウカエデのシロップとレモンを絞ったもので、とても飲みやすいから試してみたら?」

 給仕を呼んだので、私は少し申し訳ないと思いつつ答えます。

「ごめんなさい、私はこれと同じものをいただくわ」

 ちゃんとアップルサイダーだと通じたようでほっとしました。

「あまりお酒は強くないので、夫がいる時に試してみます」

 そう言うと、彼が笑い出しました。

「俺もあなたのような人と結婚したいな」
 
 ちょうどその時、私の肩に大きな手が乗せられました。

「ブレンダン様」
「アリソン、一曲踊ろう」

 ブレンダン様に誘われて自然と笑顔が浮かびます。

「……コーツ伯爵夫人、お話しできて楽しかった」
「はい、私も」
「では失礼するよ」

 ブレンダン様とフロアに向かいます。
 ダンスはあまり得意とは言えないのですが、皆さんが自由に楽しそうに踊っていたので少し羨ましく感じていました。

「ブレンダン様と踊れて嬉しい」
「……そうか、よかった」

 ブレンダン様が笑顔を浮かべます。
 元々体を動かすのが得意だからでしょうか、とてもリードが上手でした。
 踊り慣れているのかもしれません。
 私の疑問に笑います。

「それは、俺達の相性がいいからだろう」

 そろそろ曲が終わるという頃、先ほどの彼がこちらに向かって近づいてきました。次の曲のダンスを誘いにきたのかもしれません。
 ブレンダン様も彼に気づいたようです。

 ちょうどその時、新年を告げる鐘の音が聞こえました。

「アリソン、新年おめでとう」
「ブレン…っ!」

 ブレンダン様がいきなり深い口づけをします。
 まわりでは新年を祝う歓声が上がりますが、私はそれどころではありません。

 驚いて身をこわばらせる私の腰をきつく引き寄せ、脚が震えて力が抜けるまで口づけするのですから。
 それはとても人前でするような口づけではなくて――。

「……ブレンダン、様……っ」

 私は恥ずかしさと、ブレンダン様の口づけのせいで目が潤んでしまいました。
 顔が熱くてたまりません。

「年越しパーティではね、新年最初に会った人と口づけする習慣があるんだ。夫婦や恋人は末長く幸せに過ごせるように、友人の場合は仲を深めるように、知り合いなら新しい恋人ができるように願うんだ」

 ブレンダン様はそう言って私の唇に触れて視線を移動させました。その先には先ほどの彼がいて、会釈して去って行きます。
 彼はほんの少し困ったような笑みを浮かべていたように見えました。

 もしかして、ほんの少しやきもちを焼いたのでしょうか。
 私はブレンダン様のことを、怒るに怒れなくなりました。




 

 

 
 
しおりを挟む
感想 153

あなたにおすすめの小説

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

「君の為の時間は取れない」と告げた旦那様の意図を私はちゃんと理解しています。

あおくん
恋愛
憧れの人であった旦那様は初夜が終わったあと私にこう告げた。 「君の為の時間は取れない」と。 それでも私は幸せだった。だから、旦那様を支えられるような妻になりたいと願った。 そして騎士団長でもある旦那様は次の日から家を空け、旦那様と入れ違いにやって来たのは旦那様の母親と見知らぬ女性。 旦那様の告げた「君の為の時間は取れない」という言葉はお二人には別の意味で伝わったようだ。 あなたは愛されていない。愛してもらうためには必要なことだと過度な労働を強いた結果、過労で倒れた私は記憶喪失になる。 そして帰ってきた旦那様は、全てを忘れていた私に困惑する。 ※35〜37話くらいで終わります。

【完結】お飾りの妻からの挑戦状

おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。 「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」 しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ…… ◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています ◇全18話で完結予定

愛なんてどこにもないと知っている

紫楼
恋愛
 私は親の選んだ相手と政略結婚をさせられた。  相手には長年の恋人がいて婚約時から全てを諦め、貴族の娘として割り切った。  白い結婚でも社交界でどんなに噂されてもどうでも良い。  結局は追い出されて、家に帰された。  両親には叱られ、兄にはため息を吐かれる。  一年もしないうちに再婚を命じられた。  彼は兄の親友で、兄が私の初恋だと勘違いした人。  私は何も期待できないことを知っている。  彼は私を愛さない。 主人公以外が愛や恋に迷走して暴走しているので、主人公は最後の方しか、トキメキがないです。  作者の脳内の世界観なので現実世界の法律や常識とは重ねないでお読むください。  誤字脱字は多いと思われますので、先にごめんなさい。 他サイトにも載せています。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

家出したとある辺境夫人の話

あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
『突然ではございますが、私はあなたと離縁し、このお屋敷を去ることにいたしました』 これは、一通の置き手紙からはじまった一組の心通わぬ夫婦のお語。 ※ちゃんとハッピーエンドです。ただし、主人公にとっては。 ※他サイトでも掲載します。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

処理中です...