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15 クリスマス②

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 馬車に乗り、ウイスキー醸造所に着きました。
 この時期はいつ来ても賑わっているようです。

「何か欲しいものはあるか?」
「そうですね……。見て回りましょう」

 ブレンダン様の腕に手をかけてゆっくり一回りします。
 私達に気づいた領民達の大半は、視察ではなくて息抜きに来ているのだと気づくと、そっとしておいてくれました。
 ブレンダン様がそのまま受け入れられ、敬愛されている様子に私も嬉しくなります。

 ここはクリスマスまで特別な屋台が集まっていて、様々なプディングに果物のパイ、モミの木の形のプレッツェルなどがあります。

 クリスマスの直前には七面鳥の丸焼きや牛のかたまり肉を焼いたものなども並ぶのですが、今は肉の串焼きが味見も兼ねて売れているのでしょうか。とてもいい匂いがします。

 ろうそくや、モミの木の飾り、家族や愛する人への贈り物も売っていました。
 もちろん、特別なウイスキーを飲むことも買うこともできます。

 せっかくなので今回はモミの木の飾りを追加で買いました。
 使用人達とすでに飾りつけを終えているのですが、可愛い天使を見かけていつか私達の元にもやってきたらいいなと、そんな想いもあったのです。

「高いところに飾るといい。持ち上げてあげるから」

 飾りつけの時もブレンダン様は私を持ち上げてくださいましたが、少し……周りの者達の視線を恥ずかしく思いました。
 梯子はしごもありましたのに、それは危ないと言うのです。

「これを飾る時は二人きりの時にしてくださいね?」
「わかった」

 声に笑いが含んでいるのはどうしてでしょうか。ブレンダン様はあまり恥ずかしいという気持ちは持っていないのかもしれません。

 使用人達にも、旦那様は奥様が大好きだから甘やかしたくて仕方ないのですよ、と。
 それに可愛らしい反応をされるから手を出したくなるのでしょう、とも。

 思わずブレンダン様をじっと見つめてしまいます。

「そんなに可愛い顔していると、口づけしたくなる」
「……!」

 ブレンダン様は時々言葉通りに行動するので――。
 声は抑えていますが、私達を知っている誰かが聞いているのではないかと視線を彷徨さまよわせてしまいました。

「ホットチョコレート、飲むか?」
「はい」

 揶揄からかわれたのかもしれない、そう思っていたら私の髪に口づけを落として笑顔を浮かべています。

「またあとで」

 耳元で囁くのも、私だけどきどきさせてずるいと思いました。

「…………今日はウイスキー入りにしてください」

 ブレンダン様は眉を上げましたが、言う通りにしてくださいました。
 ここではホットチョコレートを飲める屋台が人気で、いつも必ずブレンダン様が買ってくださいます。
 寒い気候だからか温かくて甘い飲み物は体の中から暖めてくれて幸せな気分にしてくれました。

 普段は子供からお年寄りまで大人気のお酒の入っていないものを選ぶのですが、せっかくなので一度ちゃんと飲んでみたいと思います。
 ブレンダン様は毎回ウイスキー入りのホットチョコレートで、いつも一口しか飲ませてくれませんでしたから。
 
「ゆっくり飲んで」

 カップを渡されて、頷きました。
 とろりとして美味しいです。一口飲んだだけでぽかぽかするような気がしましたが、これなら飲み干すことができるでしょう。

「ブレンダン様、私も次からは時々こちらも飲みたいです。心配しなくても大丈夫そうですよ」

 この地へ来て少しずつウイスキーにも慣れました。強くはないかもしれませんが、これくらいなら――。

「アップルサイダーも飲んだほうがいいだろう」
「そんなに甘いものばかり飲めませんわ」

 発酵した林檎ジュースはとても甘くて舌の上でぴりぴりします。
 美味しいですが、さすがにお腹の中が水分だけで満たされてしまいそうでした。

「ではホットアップルサイダーを買ってくる」
「それならハーブティーをお願いします」

 いつもお酒をいただく時、ブレンダン様はたくさん水分をとらせようとするのです。
 ちょっと過保護な気もしますが、いやではありません。

 ホットチョコレートをゆっくり飲みながら、にぎやかな雰囲気を楽しみます。
 初々しい恋人達に、子供のたどたどしいおしゃべりに耳を傾ける両親、言葉は交わしていないものの長い時を過ごしてきたように見える老夫婦。みな笑顔です。

 ブレンダン様が持ってきてくださったのは、ラベンダーなどいくつか混ぜたハーブティーでした。

「サトウカエデは入っていないよ」
「ありがとうございます。嬉しい……大好き、ブレンダン様」

 私の好みを私以上に知っているのかもしれません。
 幸せです。
 大事にされすぎて、浮かれているかもしれません。
 胸がいっぱいで気分のよくなった私に、ブレンダン様はハーブティーをたくさん飲むように言いました。
 
 ふわふわした気分ですが、歌い出すこともないですしもちろん踊りだすこともないです。
 転ぶこともありませんのに、どうしてそんなに心配そうな顔をするのでしょう。

「大丈夫ですよ、ブレンダン様。……大好きです」
 
 





 
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