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しおりを挟む二人揃って部屋に戻ると、不思議なことに使用人達の気配がありません。
まず部屋の様子が恋人同士が過ごすような甘い雰囲気に変わっています。
テーブルに食事がすべて用意されていて、蓋や布巾がかかっていました。
別宅ですし、気楽に食べれるようにしてくれたのでしょうが、誰かが控えている様子もありません。
「ブレンダン様……?」
「ここではなるべく静かに過ごしたくてね。急だったので、色々なものを運び込んでもらった。いやしかし、あなたは使用人達にも好かれているな。……私一人の時より細やかに用意されている」
あちこちに花が生けられ、蝋燭の炎がゆらゆら揺れています。
テーブルには先ほどと違う淡い色のクロスがかけられていて、会話を邪魔しない程度の小振りな花が飾られていました。
少し照れてしまいそうです。
「では、次に会った時にお礼を言いませんと」
もしかしたら、私付きの侍女が気を回したのかもしれません。きっと見習い侍女の分も。
結果的にブレンダン様の心の中を知ることができたのでもう気になりません。
「……そうか」
ブレンダン様が笑って私に椅子を引きました。
彼は何年も軍に所属していたから簡単な料理もできるのだそうです。
あまり思い出したくないことだと思いましたので、これまでは話題にすることはありませんでした。
「それは一度食べてみたいですね」
私の言葉に苦笑されたので、首を傾げます。
どうしてでしょう。
「私もそのつもりだったが、使用人達が色々と準備して帰ったよ。あの様子ではここにいる間は食事が届くことになると思う。……だからまた今度、料理をご馳走するよ」
「はい。楽しみにしてますね」
ブレンダン様が料理されるところも楽しみですし、もっと暖かくなったらピクニックも楽しそうです。
「ブレンダン様はどんぐりを食べますか?」
「料理長が煎ったものを食べたことがある。秋になると使用人達が休憩の時に茶菓子にしているよ」
「まぁ」
私が幼い頃の話をすると、ブレンダン様が楽しそうに聞いてくださいます。
「秋になったらピクニックをして、たくさんどんぐりを拾わないといけないね」
「はい、任せてくださいませ」
先のことが楽しみになるのは、今日二度目のことで、そのように思うのは子供の頃以来でしょうか。
それに今は二人きりですが、いつか子供達と共にそんな日が過ごせる予感がするのです。
あらかじめ決めておいたメニューでしたが、食べやすいように準備されていたので、おしゃべりしながら自由に食べました。
とはいえ今夜はいつもと同じようにしっかり食べることはできません。
どうしてもこの後のことが頭を過ぎりますから。
「アリソン、少し話そう」
食後にブレンダン様からウイスキーを飲むかと訊かれましたので、少しだけ一緒にいただくことにしました。
ソファに移り、舐めるように口に含みます。
この領地ではトウモロコシを主な原料としてウイスキーを作っていました。
寒い冬の間、とても温まることができたのです。
隣に座ったブレンダン様が息を漏らすように笑いました。
「ブレンダン様?」
「いや、アリソンが初めてウイスキーを飲んだ時、のことを、思い出して……くくっ」
「……早く忘れてくださいませ」
これまでお酒を口にしたことがありませんでしたから、お水をいただくように勢いよく飲んでしまいました。
あ、と思った時には喉が焼けるように熱くて痛くて、むせてしまったのです。
あの時のブレンダン様は眉間に皺を寄せ厳しい表情で、私の背中を撫でてくれました。
『大丈夫か? 少し落ち着いたら水を飲むといい』
涙目になって顔を赤くする私を見て、ブレンダン様は吹き出しました。
厳しい顔をしていたのも、笑うのを我慢していたようで……。
「あの時のブレンダン様が、お水のようにお飲みになるから」
「……っ、すまない。私もあの夜は緊張していたんだ。だが、あなたの様子が可愛くて……っ」
意外にもお酒を飲むと笑い上戸なのです。
早く忘れてほしいのですが、ブレンダン様の笑顔がとても――。
「ブレンダン様も可愛いですよ」
思わずぽつりと漏らしてしまいました。
「あなたぐらいだね、私を可愛いと言うのは」
ブレンダン様が私からグラスを取り上げてテーブルに置くと、私の脇に手を差し入れて膝の上に乗せました。
ふわりと浮いて酔いが回ったような気がします。
「ブレンダン様? 私、重いので」
「いや、私にはちょうどいい」
膝の上に横座りするのがこんなにバランスが取れないものだと思わなかったです。
彼の肩のあたりをぎゅっと掴みましたが、少しも落ち着きません。
それにやっぱり重いと思うのです。
「ブレンダン様、下ろしてください」
私の後頭部に手を添え、彼の顔がゆっくり近づいてきました。
口づけされるのだとわかったのですが、目を閉じることもせず彼の目を見つめてしまいます。
吐息がかかる距離まで近づいて、どちらかが身動きしたら触れるというのに――。
焦らされているのでしょうか。
それとも私から……?
「ブレンダン様、私」
その後に言葉を続けることができませんでした。
ゆっくりと唇を押しつけられた後、ブレンダン様がほんの少し口角をあげるのが見えたのです。
今夜は泣かされてしまうかもしれない――、なぜかそう思いました。
でも、それでいいと思っているのです。
彼に身も心も満たしてもらいたいと強く望んでいますから。
「アリソン、私の首に手を回して」
言われた通りに彼の首の後ろで両手を組みました。
彼の膝の上にいる分、上から見下ろすような今の位置はいつもと違うのでとても恥ずかしく感じます。
顔に出てしまったのでしょうか。
ブレンダン様がほんの少し笑みを深めました。
それから私の唇を戯れるように啄んでから、するりと舌を滑り込ませます。
そこからは執拗なまでの深い口づけに、私は誘われるままにのめり込んで、吐息を漏らし、彼に体を預けていました。
「そのまま掴まっていて」
ブレンダン様が私を抱えたまま立ち上がって歩き出しました。
私など重たいでしょうに、ふらつくこともなく時々口づけながら歩くのですから感心してしまいます。
「私、歩けますから」
「あなたを離したくないんだ」
ブレンダン様の言葉に胸が苦しくなりました。
彼は私が思っているよりも、私のことをずっと愛してくださっているのかもしれないと強く思えたのです。
彼の妻になることができて、本当に幸せを感じました。
それほど飲んではいませんが、ウィスキーの影響もあるかもしれません。
私は胸の内に収めておくことができなくて、言わずにはいられませんでした。
「ブレンダン様、大好きです」
私は浮かれているのかもしれません。
この夜が楽しみだと思っているのですから。
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