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アルヴィン①
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* こちらは元夫アルヴィンとのエンディングとなっています。年下ワンコ。本編1話目の続きとなっています。一旦ニールスのことは忘れて下さい。全2話。
******
同居していた家を出て一ヵ月。
忙しいから職場で食事をすませてほぼ寝に帰るだけ。
団長とは休みも違うから、一緒に過ごすこともほとんどなく、初日だけ家の中の説明を受けたくらい。
同居しているのがバレないように、朝の出勤時間もずらしているし、家の中であまり顔を合わせない。
それでも、お互いにうまくやれていると思う。
申し訳ないから、休日は掃除くらいはしようと思っていたけど部屋はすっきり片づいていた。
それならばと団長がいる日は遠慮してゆっくり風呂に入れないから、しっかり掃除をした後でのんびり湯船に浸かることにしている。
温かい湯にほっとした。
ぼんやりしていると、朝からずっと同じ顔が浮かぶ。
考えたくないけどそういうわけにもいかない。
今日、アルヴィンが戻ってくる。
私が仕事を休んでこうしているのは、団長と話し合ったから。
『アルヴィンはいつもまっすぐ報告書を出しに来る。離婚のことを手紙で知ったとして、ヨハンナが仕事復帰しているのを見たらどうなることか』
『…………』
大騒動になりそう。
もし義母の手紙と行き違いになっていたら離婚のことも知らないはずで、考えると頭が痛くなる。
『ヨハンナ、その日は連休にしてはどうか? みんなある程度事情は察しているが、いきなり鉢合わせるより俺から仕事に復帰した話は伝えようと思う。話し合いは落ち着いている時じゃないとできないだろう』
『でも……私が説明しないと納得しないと思います』
義母に追い出されたとはいえ、アルヴィンには書き置きひとつで説明なく出てきたから。
その辺りのことは、さらっと団長に説明した時、眉間にしわを寄せて、アルヴィンは納得しないだろうとつぶやいていた。
彼とちゃんと話をしなければ。
私の連休と重なるようにアルヴィンも雑務をこなしたら一週間程度休暇になると思う。
ここに隠れていないで、会う日を決めて早くスッキリさせたほうがよかったかもしれない。
「今日、出勤したほうがよかったのかな」
職場で修羅場になるのは避けたかったのは事実だけど、顔を合わせずにすんでほっとしている自分もいる。
燃え上がるように恋したけど、私は結婚に向いていないのだと思う。
気持ちがまったく残っていないといえば嘘になるけれど、あの日々は私にとって疲れるものだった。
あんな生活に戻りたくない。
結婚前と同じように接すればいい。
別れた二人が同じ職場で働くことは珍しくないし、すでに周りがこうして気を遣ってくれているのだから、普通にしないと。
きっと時間が経てば大丈夫。
これまでだってなんとか乗り越えてきたんだから。
そうと決まれば、湯船の栓を抜き、さっと洗って風呂を出た。
誰もいない家だから、団長から寝間着代わりに使えと渡された大きなシャツを素肌に羽織り、キッチンへと向かう。
「ヨハンナ」
どうしてこの時間に、この場所にアルヴィンがいるんだろう?
しばらくお互いに見つめ合った。
「他の男の家でそんな格好をしてうろつくなんて……っ!」
アルヴィンが一気に距離を詰めて私を抱きしめる。
そのまま泣き出したから、思わずいつものように抱きしめようとしてしまった私だけど、ゆっくり腕を下ろした。
そっと胸を押したけどびくともしない。
「会いたかった……。何でこんなことになったかよくわからないんだ。色々話したいから移動しよう」
アルヴィンが手にしていたコートに包まれてそのまま抱えられた。
私の履いていた室内履きが脱げる。
「え? ちょっと! 靴履いてないんだけど!」
「そんなのいらない。鍵は?」
「そこだけど……」
アルヴィンの行動が早い。
そのまま家を出て、鍵も奪われた。
急展開に頭が回らないけど、いつの間にこんなに行動力と力がついたんだろう。
私が鍛えたのに。
「私は二度とあの家に戻らないわよ!」
「……わかっている」
アルヴィンが一層私をきつく抱きしめる。
「ゆっくり話せる場所に移動するだけだよ……俺は離婚に同意してないんだ。なのに……、なのに他の男の家にいて……!」
それでも離婚は成立しているし、今さらなかったことにはできない。
アルヴィンが喉を震わせるから、思わず背中をぽんぽん叩いた。
これでは目立ってしまう。
「…………」
無言のまま、宿屋に入り部屋に通された。
泣きながら歩く男とコートに包まれているとはいえ、風呂上がりの濡れた髪で素足の女。
しばらくこの近辺は歩きたくないくらい、ジロジロ見られた気がする。
「ヨハンナ、俺のこと、嫌いになった?」
「…………」
ベッドに押し倒されて、彼が私の胸に顔を埋める。
「ヨハンナ、俺っ、別れたくない。納得できないよ!」
「でももう別れている。もう無理だわ。あの生活には戻りたくないし、私は仕事が好きなの」
「……俺のことは?」
アルヴィンを目の前にすると、愛か情かわからないけど完全に嫌いになれない。
でも――。
「……ごめんなさい」
「少しも好きじゃない?」
涙を流す彼を前に、私の心が痛む。
「アルヴィン、あなたは仕事をして、私は家に取り残された。疲れているのはわかっていたけど、話すことも触れ合うこともなくて、寂しかった。一緒にいるのに寂しい気持ちがわかる?」
「ごめん……家族とうまくやってると思ってた」
その言葉に思わず口の端を曲げる。
「その家族に追い出されたのよ。あなたは家族を大事にしたらいいわ」
「ヨハンナの方が大事だ。家族が守ってくれていると思っていた。……結婚してから、早く一人前になりたくて……ヨハンナに全部任せっぱなしでごめん」
きっと、そう考えているんだって思っていた。
「俺ってそんなに頼りなかった? 気が回らなくて、気づけなくてごめん。ヨハンナにみんなワガママ言っていたって知らなくて、ごめん……知ってたら俺……」
アルヴィンの話は要領を得なかったけど、警備団で報告して団長と話した後すぐ家に戻って話を聞いたらしい。
義母は再婚相手と言って連れてきた女の子に家事をさせたけど、根性もなくすぐ泣いて実家に戻ったそうだから別の子を考えていると言ったそうだ。
義妹もいて、出かけられないから子ども好きの私を連れ戻してほしいと訴えたらしい。
もちろん私を子守りにする気はないと断ったと言っていた。
義父は相変わらずにこにこしていたらしい。
「家族が迷惑をかけてごめん……もう一度チャンスがほしいんだ。……お願い……ヨハンナ」
「アルヴィン、無理よ。私はもう戻るつもりはない。仕事も復帰したばかりだし、やっぱり働いている方が楽しいもの」
ぽたぽたと涙を流しながら、私を見つめる。
「あそこには戻らなくていいし、二度と会わなくていい。仕事も好きにしていいから……! ごめん、ようやくお金が貯まったんだ。俺たちだけの家を買える……だから」
俺と一緒にいてほしい。
アルヴィンが小さくささやいた。
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同居していた家を出て一ヵ月。
忙しいから職場で食事をすませてほぼ寝に帰るだけ。
団長とは休みも違うから、一緒に過ごすこともほとんどなく、初日だけ家の中の説明を受けたくらい。
同居しているのがバレないように、朝の出勤時間もずらしているし、家の中であまり顔を合わせない。
それでも、お互いにうまくやれていると思う。
申し訳ないから、休日は掃除くらいはしようと思っていたけど部屋はすっきり片づいていた。
それならばと団長がいる日は遠慮してゆっくり風呂に入れないから、しっかり掃除をした後でのんびり湯船に浸かることにしている。
温かい湯にほっとした。
ぼんやりしていると、朝からずっと同じ顔が浮かぶ。
考えたくないけどそういうわけにもいかない。
今日、アルヴィンが戻ってくる。
私が仕事を休んでこうしているのは、団長と話し合ったから。
『アルヴィンはいつもまっすぐ報告書を出しに来る。離婚のことを手紙で知ったとして、ヨハンナが仕事復帰しているのを見たらどうなることか』
『…………』
大騒動になりそう。
もし義母の手紙と行き違いになっていたら離婚のことも知らないはずで、考えると頭が痛くなる。
『ヨハンナ、その日は連休にしてはどうか? みんなある程度事情は察しているが、いきなり鉢合わせるより俺から仕事に復帰した話は伝えようと思う。話し合いは落ち着いている時じゃないとできないだろう』
『でも……私が説明しないと納得しないと思います』
義母に追い出されたとはいえ、アルヴィンには書き置きひとつで説明なく出てきたから。
その辺りのことは、さらっと団長に説明した時、眉間にしわを寄せて、アルヴィンは納得しないだろうとつぶやいていた。
彼とちゃんと話をしなければ。
私の連休と重なるようにアルヴィンも雑務をこなしたら一週間程度休暇になると思う。
ここに隠れていないで、会う日を決めて早くスッキリさせたほうがよかったかもしれない。
「今日、出勤したほうがよかったのかな」
職場で修羅場になるのは避けたかったのは事実だけど、顔を合わせずにすんでほっとしている自分もいる。
燃え上がるように恋したけど、私は結婚に向いていないのだと思う。
気持ちがまったく残っていないといえば嘘になるけれど、あの日々は私にとって疲れるものだった。
あんな生活に戻りたくない。
結婚前と同じように接すればいい。
別れた二人が同じ職場で働くことは珍しくないし、すでに周りがこうして気を遣ってくれているのだから、普通にしないと。
きっと時間が経てば大丈夫。
これまでだってなんとか乗り越えてきたんだから。
そうと決まれば、湯船の栓を抜き、さっと洗って風呂を出た。
誰もいない家だから、団長から寝間着代わりに使えと渡された大きなシャツを素肌に羽織り、キッチンへと向かう。
「ヨハンナ」
どうしてこの時間に、この場所にアルヴィンがいるんだろう?
しばらくお互いに見つめ合った。
「他の男の家でそんな格好をしてうろつくなんて……っ!」
アルヴィンが一気に距離を詰めて私を抱きしめる。
そのまま泣き出したから、思わずいつものように抱きしめようとしてしまった私だけど、ゆっくり腕を下ろした。
そっと胸を押したけどびくともしない。
「会いたかった……。何でこんなことになったかよくわからないんだ。色々話したいから移動しよう」
アルヴィンが手にしていたコートに包まれてそのまま抱えられた。
私の履いていた室内履きが脱げる。
「え? ちょっと! 靴履いてないんだけど!」
「そんなのいらない。鍵は?」
「そこだけど……」
アルヴィンの行動が早い。
そのまま家を出て、鍵も奪われた。
急展開に頭が回らないけど、いつの間にこんなに行動力と力がついたんだろう。
私が鍛えたのに。
「私は二度とあの家に戻らないわよ!」
「……わかっている」
アルヴィンが一層私をきつく抱きしめる。
「ゆっくり話せる場所に移動するだけだよ……俺は離婚に同意してないんだ。なのに……、なのに他の男の家にいて……!」
それでも離婚は成立しているし、今さらなかったことにはできない。
アルヴィンが喉を震わせるから、思わず背中をぽんぽん叩いた。
これでは目立ってしまう。
「…………」
無言のまま、宿屋に入り部屋に通された。
泣きながら歩く男とコートに包まれているとはいえ、風呂上がりの濡れた髪で素足の女。
しばらくこの近辺は歩きたくないくらい、ジロジロ見られた気がする。
「ヨハンナ、俺のこと、嫌いになった?」
「…………」
ベッドに押し倒されて、彼が私の胸に顔を埋める。
「ヨハンナ、俺っ、別れたくない。納得できないよ!」
「でももう別れている。もう無理だわ。あの生活には戻りたくないし、私は仕事が好きなの」
「……俺のことは?」
アルヴィンを目の前にすると、愛か情かわからないけど完全に嫌いになれない。
でも――。
「……ごめんなさい」
「少しも好きじゃない?」
涙を流す彼を前に、私の心が痛む。
「アルヴィン、あなたは仕事をして、私は家に取り残された。疲れているのはわかっていたけど、話すことも触れ合うこともなくて、寂しかった。一緒にいるのに寂しい気持ちがわかる?」
「ごめん……家族とうまくやってると思ってた」
その言葉に思わず口の端を曲げる。
「その家族に追い出されたのよ。あなたは家族を大事にしたらいいわ」
「ヨハンナの方が大事だ。家族が守ってくれていると思っていた。……結婚してから、早く一人前になりたくて……ヨハンナに全部任せっぱなしでごめん」
きっと、そう考えているんだって思っていた。
「俺ってそんなに頼りなかった? 気が回らなくて、気づけなくてごめん。ヨハンナにみんなワガママ言っていたって知らなくて、ごめん……知ってたら俺……」
アルヴィンの話は要領を得なかったけど、警備団で報告して団長と話した後すぐ家に戻って話を聞いたらしい。
義母は再婚相手と言って連れてきた女の子に家事をさせたけど、根性もなくすぐ泣いて実家に戻ったそうだから別の子を考えていると言ったそうだ。
義妹もいて、出かけられないから子ども好きの私を連れ戻してほしいと訴えたらしい。
もちろん私を子守りにする気はないと断ったと言っていた。
義父は相変わらずにこにこしていたらしい。
「家族が迷惑をかけてごめん……もう一度チャンスがほしいんだ。……お願い……ヨハンナ」
「アルヴィン、無理よ。私はもう戻るつもりはない。仕事も復帰したばかりだし、やっぱり働いている方が楽しいもの」
ぽたぽたと涙を流しながら、私を見つめる。
「あそこには戻らなくていいし、二度と会わなくていい。仕事も好きにしていいから……! ごめん、ようやくお金が貯まったんだ。俺たちだけの家を買える……だから」
俺と一緒にいてほしい。
アルヴィンが小さくささやいた。
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