追い出されてよかった

能登原あめ

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「ヨハンナ、今日中に荷物をまとめて出て行きなさい」

 義母の言葉に私はわずかに首をかしげる。
 彼女がその仕草を嫌いだということは分かっていたけれど。

「アルヴィンが帰って来ないのは、あなたのせいよ。あなたなんてこの家に相応しくないわ。子どもだっていっこうに恵まれないしね。息子には、もっと若い女と再婚してもらうつもり……年増のあなたがここにいる意味はないわ」

 義父母と同居して三年。 
 最初の一年はお互い気遣い合い、うまくいっていたと思う。
 けれど、私たちの数ヶ月後に結婚した義妹が先に子供を産んでから、跡取りを催促されるようになった。

 暇を持て余して毎日のようにやってくる義妹と姪。
 仕事を引退した義父母と楽しそうに過ごし、夫は仕事でほとんど家にいないし、仕事を辞めた私は一人家事を押しつけられた。

「子供が産まれたらすごく大変なのよ。だから、今のうちに好きなことをした方がいいわ」

 そう言いながら、たびたび子どもを預けて義妹夫婦は街にくり出す。
 義父母は、子育ての練習だと言って私に丸投げし、夫は帰ってきても疲れていてさっさと寝てしまう。

 仕事が忙しいのはわかっている。
 同じ職場で働いていたから、今がどんなに大変なのかも。
 でも、誰一人味方のいない場所で、ふつふつと怒りだけがたまっていく。
 
 私だって仕事を辞めたくなかった。
 けれど、すぐに子どもが欲しいと夫が言い、私のほうが歳も上だから早いほうがいいと、恋と愛に浮かれて頷いてしまったのは私もいけなかった。

 夫は今、任務で辺境の地にいる。
 説明はしたけれど、義家族彼らは帰ってこないという事実しか理解しようとしない。
 夫も言葉が足りないと思う。
 でも、もうどうでもいい。
 こんな家、出て行ってやる。

「はい、荷物をまとめてきます。今までお世話になりました」

 義母が勝ち誇ったように笑うけど、それさえどうでもよかった。
 だってせいせいするわ、今後はもう関わらなくていいんだもの。
 
 私は夫と家庭を作りたかったのであって、夫の家族の一員になりたかったわけじゃない。

 元々荷物も少なかったから、あっという間にまとまった。
 寝室のサイドテーブルの引き出しに、夫に別れを告げる手紙と指輪を添えて仕舞った。
 そのうち気づくだろうと思う。

「離婚に同意する書状を用意しました。これで二度と会うことはないでしょう。さようなら」

 私の書いた書状がなくたって一家の長なら離婚の手続きはできるけど、これは私の意志でもある。

 相手が口を開く前に書状を押しつけ背を向けた。これ以上同じ部屋の空気を吸うのも嫌だった。

 そこにやって来た義妹が口を開く。

「あら、お義姉さん! そんな荷物持ってどこか行くの? 買い物に行きたいからこの子を預かってもらおうと思ったの。……気分転換に一緒に連れて行ってくれない?」

「ロッテ、おやめなさい! ヨハンナとアルヴィンは別れるの」

 驚いた義妹は私を見つめて困惑したけれど、私はさよならとだけ言って横を通り過ぎた。

「でも! ヨハンナがいないと困るわ! この子を見てもらわないと……!」
「何言ってるの! 母親なんだからそれくらい面倒みなさい」

「なによ! 母さんだってこれまで家事も何もかもやってもらっていたくせに、これからどうするのよ!」

「……アルヴィンをヴォルテルさんの末娘と再婚させるつもりよ。彼女がやってくれるわ」
「は⁉︎ 女学校出たばかりの子じゃない! だめよ。そんな子にうちの娘、預けられないわよっ」

 後ろでそんな会話が聞こえていたけれど、私は呼び止められる前に部屋を出た。
 義父がぼんやり日向ぼっこをしていたから、会釈だけする。
 私だとわかっているかしら?

 いつもにこにこしているけれど、最近は物忘れもひどく、ああして座っている時間が増えたと思う。
 歳を重ねるとそういうふうになる人もいると聞くけれど……。

 以前にも病院へ行くように勧めたから、あとは彼女たち家族が考えることだ。
 義母と義妹の言い争いに、姪の大きな泣き声が加わる。でももう知らない。

 門戸を出た私は振り返らなかった。
 







 一番初めに、元の職場を訪ねた。
 まだアルヴィンが戻っていないことがわかっていたから、気兼ねなく入る。

「……こんにちは」
「あ、隊長、お久しぶりです! お元気そうですね」
「もう隊長ではないから。今、団長はいる?」

「はい、ちょうどお茶をお持ちするところでした。一緒に行きますか?」
「ええ、お邪魔じゃないなら」

「そんなわけないですって! 書類がたまると隊長戻ってこないかなって、いつも言ってますよ」
「……そう」

 私は警備団長のもとで仕事を覚え、辞めるまで第三分隊の隊長だった。
 その下で働いていたのが、四つ年下のアルヴィン。
 もしもさっきの言葉が団長の本音であったら、私はあっさり仕事が決まるかもしれない。







「久しぶりだな」

 私を見て一瞬驚いた顔を見せたけど、わずかに顔を緩めた。
 それも、私がアルヴィンと別れることになると伝えると、眉間にしわが寄ったけど。
 結局、私は団長のすぐそばで働くこととなった。

 アルヴィンが今の第三分隊の隊長だから、しばらくは気まずいかもしれない。
 でも今の第三分隊は外回りが多いからすぐ慣れると思う。

「……ヨハンナ、住まいは?」
「できれば寮に入りたいんですが」

 彼が私の手荷物をちらりと見て、ため息をつく。
 近くにある実家は兄家族が継いでいるし、そこに割り込むつもりはない。

「そうか……実は今、女子寮は老朽化が激しくて改修しながら使用しているんだ。一人部屋を二人で使っている。だから悪いが」
「空いてないんですね。男子寮は? この際、構わないです。私になんて誰も手を出してきませんから」

 正義感の強い奴らが多い上、私は昔から女と思われていない。
 そう遠くない場所に娼館だってある。
 それに鍵をかけてしまえば、問題ないだろう。

「……そんなわけ、なかろう」

 団長が大きくため息をつき、こめかみを押さえた。
 給金が入るまではなるべく手持ちのお金を減らしたくなかったけど、安宿を探すしかないかもしれない。
 そんなことを考えていると。

「しかたない、うちに来い。……男子寮よりマシだろう。女子寮の改装が終わるまでの間だけだ」
「改装が終わるのはいつ頃なのですか?」

「……多分、三ヵ月くらいじゃないか?」
「では改装が終わるまで、お邪魔してもよろしいですか? 給金から部屋代を引いてもらえると助かります」

 周りには少しの間実家から通っていると伝えればいい。

「部屋も余っているし古い家だから必要ない。いくらもらっているか知っているだろう?」

 団長の給金は隊長の数倍はあったから、派手な生活じゃない限り足りなくなることはないとは思う。

「空気のように静かにしていますし家事全般できますから、任せてください」

 眉間のしわが深くなった。それから首を横に振る。

「いや、いい。お互いに同じ仕事をするんだ。気にするな」
「でも、それでは……」
「よっぽど疲れた時は頼むかもしれないな」
「はい」

 団長が私の肩をぽんと叩いた。

「みんなには内緒にしておけ。しばらくの間よろしく頼む」

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