仲良し夫婦、記憶喪失。

能登原あめ

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「やっぱり覚えていたのね! ポッと出のお飾りの妻なんて忘れてしまったのでしょうけど、私のことは愛しているから覚えているのだわ!」

 嬉しそうに満面に笑みを浮かべてこちらに近づいてくる。

「早く別れたら? ミケル様、私18歳になったから、結婚できるわ。別の女で我慢する必要はないのよ」

 ミケルの表情には出ていないけど、すごく考え込んでいるみたい。
 彼女のことを覚えているみたいだし、もしかして秘密の恋人?

 だけど今のミケルを見ていると、正直に話してくれそうだし、いい加減な態度はとらないように思えるけど……。
 
 記憶を失ってからの私はミケルのことを少ししか知らない。
 だから本当に私が邪魔したのかも。

「……レオノールを覚えているのは、領地が隣で昔馴染みだからだ。しかし、一度も恋人関係にあったことはないはずだ。……私たちのことを誰から聞いたんだ?」

「そんなの誰だっていいでしょう⁉︎ ミケル様、どのくらい思い出したの? ちょっと記憶がごちゃごちゃみたいね? 昔はただの幼馴染みだったけど、成長して恋が芽生えて変わったの! きっと私といたら思い出すわ」

 勝手に目の前に席に腰を下ろしてミケルを見つめた。
 
「君といたらますます記憶が混濁するだろう。ない、絶対にあり得ない。レオノールを妹以上にみることはできないよ、昔も……今も」

 彼は私に腕を伸ばして、手の甲にキスを落とした。

「やっぱり、ミケル様は真面目なのよ。だからどうでもいい女にも優しくできるのね。でも……もう十分だと思わない? ねえ、ちょっと。お茶を淹れてちょうだい」

 侍女は置き物のように動かないし、いつの間にか侍従が数名増え、料理長まで立っていた。

「せっかく妻と2人、テラスでのんびり朝食をとろうと考えたのにね」

 ミケルがため息をつきながら小さくつぶやく。

「レオノール。学園を出たなら、君がしていることはマナー違反だと思わない? これまでは子どもだからと私も屋敷の者たちも強くは言わなかった。……だが、成人したなら分別はつくだろう? 朝からテラスに入り込むなんて、してはいけないことだ」

「ミケル様! だって私たち恋人だから‼︎」

 それはないです、ありえません。
 使用人たちのつぶやきが聞こえて、彼女がにらみつけて言う。

「今、なんて?」
「…………」

 私はどうしていいかわからなくて、素知らぬ顔をしている使用人たちを見てからミケルに視線を戻した。

「モニカ、すまなかったね。心配しなくていい。記憶があっても私はモニカを選ぶよ。…………レオノール、さすがに君の両親にも連絡する。もしも、昔と変わっていないなら苦労されていることだろう。見送りはできないが、うちの者に送らせよう」

「ミケル様! その女に騙されているのよ!」
「……連れ出してくれ」

 彼の冷たくて低い声に、侍従たちが嬉々として彼女をテラスから追い出した。
 馬車が走り出すまでわめき声が聞こえるくらい騒がしくて、お義父様がテラスに顔を見せてこちらに任せるように言う。

「妻が睡眠妨害だと怒っているから、あの子は屋敷の出入り禁止になるだろう」

 お義母様が顔を出す茶会にも今後は呼ばれないだろう、って。
 侯爵夫人ににらまれたくないから、他の貴族も彼女に招待状を送らなくなるかも……。

 ミケルもそれに頷いて、お義父様は邪魔したね、とお義母様の元へ戻った。
 昨夜は2人で夜会に出ていたから帰りも遅かったのだと思う。

 気分を変えるように侍女がお茶を淹れなおしてくれて、料理長が目の前でクレープにオレンジとお酒をかけて火をつけた。

「わぁ……!」

 青い炎が上がり、甘くてオレンジの香りがする。
 はしたなく声を上げてしまい、口を押さえたけれど、料理長もミケルもにこにこしていた。

「異国で修業した時に覚えたクレープシュゼットというデザートです。……モニカ様は大変こちらを気に入ってくださったので、本日用意しました」

「……そうなの、嬉しいわ。ありがとう」
「へぇ……さすがだな」
「若様のお好きなトマトのファルシもどうぞ」

 料理長の合図で熱々のトマトの肉詰めが出てきた。

「……これも修業先で覚えてきたのか?」
「はい。若様が学園時代にトマト嫌いを克服しようとして食べられるようになった一品です」
 
「そうか、ありがとう……多分モニカに知られないようにチャレンジしたんじゃないかと思うんだが?」
「……そうかもしれません、失礼いたしました」

 すました顔で答える料理長に、ミケルは少し恥ずかしそうな顔。

「あの、私も子どもの頃から人参が苦手で……きっと今も食べられませんわ」
「モニカ様は私の作った人参のグラッセもサラダもケーキも残さず食べてくださいました」

「まぁ……! すごいわ」
「料理長の作るものはおいしいからね。さぁ、食べよう」

 そううながされて、甘くてしっとりしたクレープを食べると、さっきまでの嫌な気分が吹き飛んだ。
 
「今日の昼食会はこれまで仲良くしていた友人たちだけだそうだ。私たちも一度にたくさん会っても混乱するからね」

 その後カルロス様の屋敷に向かった私たちは、思いがけないものを目にした。
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