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しおりを挟む目が覚めた私は、学園に通うはずなのに男の人の腕の中で眠っていて、一瞬混乱した。
「……おはよう、モニカ。よく眠れた?」
ここ数日のことを思い出して、目の前にいるのは夫のミケル様だって気づく。
寝起きのはずなのに、やっぱり格好いい。
「…………はい、おはよう……ミケル様」
不思議なことにぐっすり眠れた。
「ミケル。そう呼んで」
「……ミケル」
「うん、そのほうがしっくりくるんだ」
昨夜たくさん会話して距離が近づいたからか、夫婦らしくなってきたかも?
「今日は、学園時代の友人たちに会うつもりなんだ。ちょうど昼食会に呼ばれてね。一緒に行こう」
「はい、思い出せるか心配だわ。……失礼をしてしまいそうだもの」
「昨日、両親とも話して親友のカルロスに手紙で事情を伝えてある。昼食会と言っても親しい人だけだそうだから大丈夫だよ。私もいるから」
カルロス様のことも、少しも思い出せない。
ミケルは幼い頃から一緒に過ごしてきたから覚えているそう。
「イザベルのことは覚えている? モニカの親友らしい。彼女も来るよ」
「イザベルのことは覚えているわ。10歳の時のティーパーティーで出会ったの。……同じ学園に通うって話していたから、会えるのが楽しみだわ」
学園でどんなふうに過ごしてきたか、本当の話が聞けるのが楽しみ。
どういういきさつで結婚することになったのか、とても知りたい。
「……なんだか少し悔しいな。イザベルに嫉妬してしまいそうだ」
「私もカルロス様に妬いてしまいそう。だって私の知らないミケルを知っているのだもの」
「モニカ、その……やっぱり昼食会に出るより……このまま、ここで」
歯切れの悪い言い方に、ピンときた。
ミケルはここに隠れていたいのかも⁉︎
「話を聞くのが不安よね。大丈夫、私が隣にいるわ!」
記憶がない分、何を聞かされるか不安だし怖い。
真実が何かわからないんだもの。
だけど親友の話なら信じることができるから。
「どんな話を聞かされても、大丈夫」
私は力強く言った。
もしかしたら私がミケルに一目惚れして、彼が根負けしたのかも。
だって彼なら子爵家の娘なんかじゃなくて高位の貴族と結婚できたはず。
持参金だけは小国のお姫様くらい父が用意してくれたから、領民のことを考えて結婚を決めたのかもしれない。
悲しいけど、きっとそう。
みんなの話を聞いたら、私と結婚したことを後悔するかも。
でも……ミケルは優しいから政略結婚相手の私にも、正式な妻として礼儀正しくいてくれると思う。
「みんなの話を聞いて、モニカが私に幻滅しないといいな」
「そんなこと絶対ないわ! きっと私のほうが」
「いや、それはないよ」
そんなふうに話をしていたら、扉がノックされた。ミケルが返事をすると、侍女が入ってくる。
「おはようございます。湯浴みの準備は整っております。朝食はこちらにお持ちしますか?」
すました顔の侍女に私たちはお互いの顔を見合わせた。
「……ミケルはきれい好きなのね」
「…………。今日は昼食会があるから、モニカが入るといい」
何か言おうとして口を開いたミケルだったけど、そう言って起き上がった。
「朝食は……今日はテラスに用意してもらえるか?」
「かしこまりました」
侍女が一緒に入らないのかミケルに尋ねたようだったけど、きっと聞き間違い。
両親が一緒に入浴したなんて聞いたこともないし、まだ頭がぼんやりしているのだわ。
「モニカ、気にせずゆっくり入るといい」
湯浴みの後、侍女に支度を手伝ってもらいミケルの元へ。
「お待たせしました」
「いや、大丈夫だ。ちょうど手紙を読んでいたんだが、いくつかパーティーの招待状が届いている。噂が広がるのは好ましくないから、内輪のパーティー以外は断ろうと思う」
それに頷いてから向かいの椅子に座る。
なんだかしっくりこない。
そう思ったのは私だけじゃないようで、ミケルも首をかしげた。
「向かい合って座ることってあまりなかったのかも?」
「そうかもしれないね。……隣に、くる?」
「はい」
隣に座って彼の顔をのぞき込む。
もしかしたら、普段はお互い前を向いて食事をとっていたとか?
もしかしたら、向き合うのも嫌なくらい仲が悪かったのかもしれない。
「うん、多分この向きで食べていた気がするな」
「そう、ね……この向きだと」
「湖が見える。きっと、一緒に出かけたはずだ。夏は水遊びをして、冬は凍った湖の上を歩いて……春と秋はピクニックかな」
「楽しそう」
「楽しいよ。モニカともそうして過ごしてきたんじゃないかな。だから同じ向きで食べていたのだと思う」
ミケルは湖に視線を向けながら、穏やかな笑顔を浮かべる。
私がうなずきかけた時、坊っちゃまの膝で食事をとっていたからでは? そう侍女がつぶやくのが聞こえた。
一瞬ミケルと視線があったけど、すぐそらしてしまったのは恥ずかしかったから。
多分聞き間違い。
ミケルが何か言おうと口を開きかけた時、
「ミケル様、茶番は終わりにしましょう! 形ばかりの正妻さん、公式な夜会以外はわざわざ夫婦のふりをしなくていいのよ。約束したでしょう? あなたが割り込んでこなければ、私たちが結婚するはずだったの! ね? ミケル様、学園生活は私がいないからつまらないって。愛する私を覚えているでしょう?」
彼は突然現れた大きな目をした可愛らしい令嬢をじっと見つめた後、小さくつぶやいた。
「レオノール」
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