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しおりを挟む「はじめまして、ではおかしいな……私が、夫のミケルだ……?」
「私が妻の? モニカです。よろしくお願いします」
「……困ったね、お互い覚えていないなんて」
私の夫だと名乗ってくださったミケル様は、21歳で同い年なのだそう。
学園で知り合って恋に落ち、結婚して2年なのだと侯爵夫人が教えてくれた。
人から聞くなんておかしなことだけど、それには理由がある。
私たちフェルナンデス夫婦は、1週間ほど前に領地から戻る途中、飛び出してきた動物のせいで馬車ごと山の斜面をすべり落ちたそう。
投げ出された御者が脚の骨を折る大怪我をし、動物はそのまま走り去ったと聞いた。
私たちはその時に馬車が倒れて頭を強く打ったことで、すっぽり記憶が抜けてしまったらしい。怪我はなく打ち身程度ですんだのは不幸中の幸い。
「一時的なものでしょう。それにしても、2人とも同じ時期の記憶がないとは仲のいい夫婦ですね、はっはっはっ……!」
侯爵家の主治医は楽観的だった。
私は学園に入学してからの5年の記憶が抜けている。
ミケル様も同じ。
私たち、騙されてるんじゃない?
恋愛結婚だなんて、こんなに素敵な人が、私のことを好きになるなんて信じられない。
きっとミケル様は学園で人気があったはず。
知的な雰囲気ですらっとして格好いいから。
そんな相手と、夫婦として過ごす?
緊張してまともに会話ができないかも。
どうしたらいいんだろう。
何にも覚えていないのに!
「…………その、横になろうか」
ミケル様の声にはっとする。
昨日まで別々の部屋にいたけれど、離れ離れはおさびしいでしょう、と言われて2人の寝室の大きなベッドに向かい合って座っていた。
「……っ、はい……よろしくお願いします」
「あっ、いや、その……私たちは夫婦で2年、一緒にここで過ごしてきたと聞いているが、その……まだ、心の準備が……」
私がよろしく、なんて言ったから!
ミケル様は夫婦の営みを想像してしまったみたい。
「あの、あの、ごめんなさい、私……そういうつもりじゃなくて、これからも仲良く? できたらいいなって……」
「あああ――っ! いや、少し期待したし嬉しかったけど……っ! モニカ、その……少しずつ、思い出していけるように仲良くしよう」
私は口を開けて、すぐに閉じた。何を言っていいかわからないし、2人とも真っ赤な顔をしている。
気まずい空気に耐えられなくなった私は、何か言わなくちゃって焦る。
「ミケル様、休みましょう。……もしかしたら明日には思い出しているかもしれませんから……」
このままでは落ち着かない。
ミケル様は話してみるととても気さくで親しみやすいから、一緒にいて楽しい。
好みのタイプだし、好きになってしまいそう。
「あぁ、そう、だね、眠らないとね。……しっかり休んだら記憶が戻っているかもしれない」
「はい」
「……心配しなくても大丈夫だよ。記憶が戻っても戻らなくても、私はモニカとの結婚生活をこのまま続けていきたい、と思っている」
真面目に考えてくださるミケル様にきゅんとした。
もしかしたら、記憶を失う前は片想いだったかも。政略結婚で私だけが好きだなんてつらすぎるけど、ありえる。
それとも結婚して2年経つのに子宝に恵まれていないから、仲良くするように周りが仕組んだのかもしれない。
本当に夜は一緒に眠るだけだったとか、何か問題があったとか?
私が原因ならうまくいくようにがんばろう。
「ありがとうございます……私もミケル様のよき妻としてこれからもがんばります」
「私もよき夫になれるようにがんばるよ……モニカ。同級生で夫婦なんだから、もっと気楽に話して欲しい」
「……はい、わかったわ」
もっと仲良くしたほうがいいのかな。
「うん、じゃあ休もうか」
ベッドの端と端に横になってお互いに背を向ける。
なんだかとても落ち着かない。どちらかが動くとベッドが揺れるんだもの。
2年も一緒に眠っていたなんて、信じられない。
とても眠れそうにない。
どうしよう、どうしたらいいのかな。
ここはもっと勇気を出したほうがいいのかも!
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