仲良し夫婦、記憶喪失。

能登原あめ

文字の大きさ
上 下
1 / 10

1

しおりを挟む


「はじめまして、ではおかしいな……私が、夫のミケルだ……?」
「私が妻の? モニカです。よろしくお願いします」
「……困ったね、お互い覚えていないなんて」

 私の夫だと名乗ってくださったミケル様は、21歳で同い年なのだそう。
 学園で知り合って恋に落ち、結婚して2年なのだと侯爵夫人お義母様が教えてくれた。

 人から聞くなんておかしなことだけど、それには理由がある。
 私たちフェルナンデス夫婦は、1週間ほど前に領地から戻る途中、飛び出してきた動物のせいで馬車ごと山の斜面をすべり落ちたそう。

 投げ出された御者が脚の骨を折る大怪我をし、動物はそのまま走り去ったと聞いた。

 私たちはその時に馬車が倒れて頭を強く打ったことで、すっぽり記憶が抜けてしまったらしい。怪我はなく打ち身程度ですんだのは不幸中の幸い。

「一時的なものでしょう。それにしても、2人とも同じ時期の記憶がないとは仲のいい夫婦ですね、はっはっはっ……!」

 侯爵家の主治医は楽観的だった。
 私は学園に入学してからの5年の記憶が抜けている。
 ミケル様も同じ。

 私たち、だまされてるんじゃない?
 恋愛結婚だなんて、こんなに素敵な人が、私のことを好きになるなんて信じられない。
 きっとミケル様は学園で人気があったはず。
 知的な雰囲気ですらっとして格好いいから。
 
 そんな相手と、夫婦として過ごす?
 緊張してまともに会話ができないかも。
 どうしたらいいんだろう。
 何にも覚えていないのに!

「…………その、横になろうか」

 ミケル様の声にはっとする。
 昨日まで別々の部屋にいたけれど、離れ離れはおさびしいでしょう、と言われて2人の寝室の大きなベッドに向かい合って座っていた。

「……っ、はい……よろしくお願いします」
「あっ、いや、その……私たちは夫婦で2年、一緒にここで過ごしてきたと聞いているが、その……まだ、心の準備が……」

 私がよろしく、なんて言ったから!
 ミケル様は夫婦の営みを想像してしまったみたい。

「あの、あの、ごめんなさい、私……そういうつもりじゃなくて、これからも仲良く? できたらいいなって……」
 
「あああ――っ! いや、少し期待したし嬉しかったけど……っ! モニカ、その……少しずつ、思い出していけるように

 私は口を開けて、すぐに閉じた。何を言っていいかわからないし、2人とも真っ赤な顔をしている。
 気まずい空気に耐えられなくなった私は、何か言わなくちゃって焦る。
 
「ミケル様、休みましょう。……もしかしたら明日には思い出しているかもしれませんから……」

 このままでは落ち着かない。
 ミケル様は話してみるととても気さくで親しみやすいから、一緒にいて楽しい。
 好みのタイプだし、好きになってしまいそう。

「あぁ、そう、だね、眠らないとね。……しっかり休んだら記憶が戻っているかもしれない」
「はい」

「……心配しなくても大丈夫だよ。記憶が戻っても戻らなくても、私はモニカとの結婚生活をこのまま続けていきたい、と思っている」

 真面目に考えてくださるミケル様にきゅんとした。
 もしかしたら、記憶を失う前は片想いだったかも。政略結婚で私だけが好きだなんてつらすぎるけど、ありえる。

 それとも結婚して2年経つのに子宝に恵まれていないから、仲良くするように周りが仕組んだのかもしれない。

 本当に夜は一緒に眠るだけだったとか、何か問題があったとか?
 私が原因ならうまくいくようにがんばろう。
 
「ありがとうございます……私もミケル様のよき妻としてこれからもがんばります」
「私もよき夫になれるようにがんばるよ……モニカ。同級生で夫婦なんだから、もっと気楽に話して欲しい」
「……はい、わかったわ」

 もっと仲良くしたほうがいいのかな。

「うん、じゃあ休もうか」
 
 ベッドの端と端に横になってお互いに背を向ける。
 なんだかとても落ち着かない。どちらかが動くとベッドが揺れるんだもの。

 2年も一緒に眠っていたなんて、信じられない。
 とても眠れそうにない。
 どうしよう、どうしたらいいのかな。
 ここはもっと勇気を出したほうがいいのかも!
 
しおりを挟む
感想 33

あなたにおすすめの小説

記憶がないなら私は……

しがと
恋愛
ずっと好きでようやく付き合えた彼が記憶を無くしてしまった。しかも私のことだけ。そして彼は以前好きだった女性に私の目の前で抱きついてしまう。もう諦めなければいけない、と彼のことを忘れる決意をしたが……。  *全4話

【完結】ええと?あなたはどなたでしたか?

ここ
恋愛
アリサの婚約者ミゲルは、婚約のときから、平凡なアリサが気に入らなかった。 アリサはそれに気づいていたが、政略結婚に逆らえない。 15歳と16歳になった2人。ミゲルには恋人ができていた。マーシャという綺麗な令嬢だ。邪魔なアリサにこわい思いをさせて、婚約解消をねらうが、事態は思わぬ方向に。

記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした 

結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。

私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。

石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。 自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。 そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。 好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。 この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

この罰は永遠に

豆狸
恋愛
「オードリー、そなたはいつも私達を見ているが、一体なにが楽しいんだ?」 「クロード様の黄金色の髪が光を浴びて、キラキラ輝いているのを見るのが好きなのです」 「……ふうん」 その灰色の瞳には、いつもクロードが映っていた。 なろう様でも公開中です。

記憶を失くした悪役令嬢~私に婚約者なんておりましたでしょうか~

Blue
恋愛
マッツォレーラ侯爵の娘、エレオノーラ・マッツォレーラは、第一王子の婚約者。しかし、その婚約者を奪った男爵令嬢を助けようとして今正に、階段から二人まとめて落ちようとしていた。 走馬灯のように、第一王子との思い出を思い出す彼女は、強い衝撃と共に意識を失ったのだった。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

お飾り王妃の愛と献身

石河 翠
恋愛
エスターは、お飾りの王妃だ。初夜どころか結婚式もない、王国存続の生贄のような結婚は、父親である宰相によって調えられた。国王は身分の低い平民に溺れ、公務を放棄している。 けれどエスターは白い結婚を隠しもせずに、王の代わりに執務を続けている。彼女にとって大切なものは国であり、夫の愛情など必要としていなかったのだ。 ところがある日、暗愚だが無害だった国王の独断により、隣国への侵攻が始まる。それをきっかけに国内では革命が起き……。 国のために恋を捨て、人生を捧げてきたヒロインと、王妃を密かに愛し、彼女を手に入れるために国を変えることを決意した一途なヒーローの恋物語。 ハッピーエンドです。 この作品は他サイトにも投稿しております。 表紙絵は写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID:24963620)をお借りしております。

処理中です...