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9 フェルシアノ②
しおりを挟むエルバを部屋に送り届けた後、家令に父の所在を尋ねると医師の元へ行ったと言う。
あの医師は顔が広く、新薬を試すのが好きだ。しかも相手が望むだけ薬を渡してくるし、何種類も飲ませようとしてくる。
父が熱を出した時、あの医師の出した薬の効果がピタリと嵌まってすぐに回復した。
以来彼を気に入っているようだが、昔から最先端の研究をする者達の怪しげな薬を用意するから好きではない。
エルバがこっそり用意する薬草のほうが、断然体がすっきりしたし好ましかった。
彼女の通う修道院は薬草の研究で有名なところだから実績もあるのに、医師達の間では認めない者達も一定数いる。
かかりつけ医もその一人だ。
自分の代になったら彼を呼ぶことはないだろう。
「新薬について相談されていたので、それほど遅くはならないとのことでした」
「……わかった、ありがとう。では義母上に挨拶してくるよ。寝ていたらすぐ出るから」
「承知いたしました。何かございましたらお呼びくださいませ」
「ありがとう、わかった」
ノックをして、ひっそりとした部屋に入る。
音で目覚めたのか、グアダルペが気だるげな様子でフェルシアノを見た。
「やぁ、義母上。今回もまたやってくれましたね」
大きく目を見開いた彼女に、笑いかける。
「どうしてそんなにエルバを王族に嫁がせたいんですか?」
「……王族の妻になること以上の幸せはないの。子爵家に生まれた私は、身分が違うだけでどれだけつらく苦しい思いをしたことか!」
グアタルペが吐き捨てるように言った。
「くだらない、自分勝手な理由ですね。……まぁ、いい。あなたも覚えているのでしょう? 俺が死んで、どんな人生を送っていたんですか?」
フェルシアノの言葉を理解したのか、記憶を辿るように視線を上向ける。
「そういうこと……あなたも記憶があるのね。だからまたエルバに執着して……前回だって第二王子に好意を向けられていたし、今回はなぜか第三王子だけど、王子には変わりないの……侯爵家より力がある」
グアタルペがぶつぶつとつぶやくのを聞きながら、ベッド脇の椅子に腰を下ろした。
「それで……俺が死んだ後、みんなはどうしていたんです?」
「エルバは修道院へ入ったわ。……それから私とマルシオに子供ができて、その子が跡取りになるはずだった」
エルバの様子から、彼女は修道女になったのだろうとは思っていた。
「お互いに元から気は合いませんでしたけど、俺に毒を盛るほど嫌っているとは思いませんでしたよ。……父に子供を持つことを拒まれていたから? エルバを可愛がっていればよかったのに」
「……愛する夫の子を産みたいと思って何が悪いのよ。夫によく似た小さな息子が成長していくのはとても可愛くて……とても幸せだったのに!」
「俺は母に似ていますしね。あなたにとって時間が戻って残念でした。……俺は気づくのが遅れて悔しかったけれど。最期に薬を飲まされる前に、力を使ったんです。やり直したいって。魔力が安定していなかったからか時間がかかってしまったようですが。あの時に消耗したのか、今は前みたいに溢れるほど魔力がないので、寝込むこともなくなりました」
グアタルペの顔に怒りが浮かび、険しくなる。
「あなたのせいなのね……どうして私の幸せを奪ったのよ! 返して! 幸せだったのに!」
「あなたが感じた幸せはただの夢です。うるさいな……もう、話すのはおしまいですよ」
フェルシアノが彼女を上から見下ろした。
すでに起き上がれないくらい弱っていて、逃げることなどできない。
恐れ慄くグアタルペの喉を一瞬片手で締めて魔力を通す。
「……ぐぅ‼︎」
「俺は殺しません。どうですか、俺が味わってきたのと同じ苦しみは? とても体がだるいですよね。……あなたが俺の部屋に用意していたオルヅォは、俺が飲む前にエルバがいつもこっそり替えてくれていたんですよ」
一呼吸おいて、再び話し出す。
「あなたが一人で飲んでいたお茶こそ、あのお茶です。エルバが捨てる前に交換していたんです。……ずっと、飲食に注意していたのにね。あれはこの辺りにはない鉱物毒でしょう? とても綺麗な石で厳重に保管しないといけないのだとか。購入先も分かっているので、あなたが誰かに話したらこちらも証拠を出します。人生の最期を穏やかに暮らしたかったら、俺とエルバを祝福して下さい」
グアタルペは顔を青くした後、怒り狂い息を荒くさせながらも声を出すことができなかった。ヒュー、ヒューと息が漏れる。
「声帯、潰しておきました。あなたにはもうしばらく生きていただいて、俺とエルバが幸せになるところを見てもらうつもりです。巻き戻る前にもエルバと結婚するつもりでしたから、元に戻っただけですけどね」
グアタルペが殴ろうと細い手を伸ばすから、フェルシアノはそれを掴んで笑った。
「エルバの無邪気なところが消えてしまってとても悲しいんですよ。あなたも病気によって声を失ってしまったわけですが……手もいりませんか?」
手首を強く握ると、ぶるぶる震えて首を横に何度も振った。
「きっと父は手を尽くしてあなたを一日も長く生かそうとするはずです。新薬好きの凡庸な医師がついてますから、よかったですね。奇跡的に新薬で回復するかもしれませんし。今度はもう、子供は望めないでしょうが、俺達の子供を楽しみに待っていてください……どうしてこうなったのか、よく考えるといいですよ。時間はまだあるでしょうから」
彼女のうつろな表情を見た後、その手を下ろして、フェルシアノは部屋を出た。
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