8 / 13
7 婚約の申し入れ
しおりを挟む「第三王子から婚約の申し入れがある」
十八歳になったエルバに義父が言った。
「第三、王子ですか……オスバルト殿下ですよね。……お断りすることはできませんか?」
あと二年経ったら修道院へ入れるというのに。思いもよらない話に驚く。
「エルバ、いいご縁だと思うわ。オスバルト殿下は年下だけど、穏やかな方だしあなたならうまくやっていけると思うの。熱心に慈善活動をしていたから、認められたのね」
グアダルペがにこにこして言う。
彼女は書斎のソファに体を預けてブランケットを膝に乗せていた。
珍しくこんな場所にいたのは、エルバを説得するためらしい。
すっかり痩せてしまって、あの日の姿が夢ではなかったかと思ってしまうけれど、今の姿は義父にとって儚げで美しい妻に見えているのだと思う。
「一生を神に捧げるなんてもったいないわ。殿下に捧げたらいいと思うの。最期にあなたの幸せな花嫁姿を見せてちょうだい」
「…………」
グアダルペはもう長くないかもしれない。
義父が日々寄り添い、今も頻繁に医師が出入りしているけれど、特に効果がないように見える。
「お母様……私、結婚はしたくないのです。ごめんなさい」
とても言いづらい雰囲気の中、エルバが絞り出すように言葉を発した。
第二王子に近づかないようにしていたし、第三王子のオスバルト殿下は結婚に関心がなかったはずなのに。
「修道女になりたいという気持ちは変わらないのかい? 殿下じゃなくても、好きな相手がいるならどんな相手でもいいから教えてごらん。既婚者でなければ私が」
義父の言葉を遮って、グアダルペが珍しく激昂する。
「いけません! エルバに苦労してほしくないのよ! オスバルト殿下と結婚なさい!」
とても、とても大きな声だった。
グアタルペが苦しそうに胸を上下させ、駆け寄った義父が彼女を抱きしめた。その腕の中から顔を上げてエルバを見て歪ませる。
「王族に嫁げるのよ……私だってそうしたかった……だから、……っ‼︎ はぁ、はぁ、あぁ……っ、エルバ、これが! 最期なのよ!」
「もういい、わかった、わかったから。少し休んで」
義父に言われてグアダルペが苦しげな表情に笑みを浮かべる。
「母からの……最期の、お願いよ」
「…………」
彼は妻の願いは全て叶えてきた。
最近はとんでもないわがままさえも頷いていて……。
エルバの全身から血の気が引いていく。
「エルバ、またゆっくり明日話そう。さあ、行くよ、グアダルペ。心配しなくても大丈夫だから。すべて私にまかせて」
「ありがとう、あなた」
義父が一瞬エルバに視線を寄越したものの、温かみは一切なく、巻き戻り前の修道院へと入れられた頃を思い出してしまった。
二人が出て行き、エルバは一人書斎に残る。
頭の中が真っ白になってすぐに体が動かない。
どこからか時が刻む音がした。
「エルバ様、お部屋へ……」
「いえ、もう少しだけここにいさせて。湯浴みの準備が整ったら声をかけてくれる?」
「はい、かしこまりました。……失礼いたします」
家令に声をかけられて機械的に答え、ソファに腰を下ろして呼吸を整える。
鼻の奥がツンとした。
こんなところで泣いても、何も変わらない。
舌先をわずかに噛んで、涙を止める。
オスバルト殿下に嫁ぐことが決まってしまった――?
彼を嫌いなわけじゃない。
愛しているのはずっと昔からただ一人。
それが叶うはずがないから、この身は神に捧げるつもりだった。
「フェルお義兄様……」
誰もいない書斎でぽつりと漏らす。
貴族なのだから政略結婚は当たり前なのに、義父が自由にさせてくれていたから、勘違いをしてしまったのかもしれない。
それに、巻き戻ってフェルシアノの死を回避することと修道院に入ることしか考えてこなかった。
この婚姻は仕方ないのかもしれない。
オスバルト殿下は頼りないけれど悪い方ではないし、ふっくらした見た目も親しみがある。話もだいたい合う。
愛することはできなくても、寄り添うことならできるかもしれない。でも……あの人の最期の願いを叶えるなんて、すごく嫌。
関わることなく生きていたいのに。
今度もまた、彼女は――。
エルバは大きく息を吐いた。
3
お気に入りに追加
780
あなたにおすすめの小説

魅了が解けた貴男から私へ
砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。
彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。
そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。
しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。
男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。
元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。
しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。
三話完結です。

思い出してしまったのです
月樹《つき》
恋愛
同じ姉妹なのに、私だけ愛されない。
妹のルルだけが特別なのはどうして?
婚約者のレオナルド王子も、どうして妹ばかり可愛がるの?
でもある時、鏡を見て思い出してしまったのです。
愛されないのは当然です。
だって私は…。

嘘つきと呼ばれた精霊使いの私
ゆるぽ
ファンタジー
私の村には精霊の愛し子がいた、私にも精霊使いとしての才能があったのに誰も信じてくれなかった。愛し子についている精霊王さえも。真実を述べたのに信じてもらえず嘘つきと呼ばれた少女が幸せになるまでの物語。

拝啓、大切なあなたへ
茂栖 もす
恋愛
それはある日のこと、絶望の底にいたトゥラウム宛てに一通の手紙が届いた。
差出人はエリア。突然、別れを告げた恋人だった。
そこには、衝撃的な事実が書かれていて───
手紙を受け取った瞬間から、トゥラウムとエリアの終わってしまったはずの恋が再び動き始めた。
これは、一通の手紙から始まる物語。【再会】をテーマにした短編で、5話で完結です。
※以前、別PNで、小説家になろう様に投稿したものですが、今回、アルファポリス様用に加筆修正して投稿しています。

退屈令嬢のフィクサーな日々
ユウキ
恋愛
完璧と評される公爵令嬢のエレノアは、順風満帆な学園生活を送っていたのだが、自身の婚約者がどこぞの女生徒に夢中で有るなどと、宜しくない噂話を耳にする。
直接関わりがなければと放置していたのだが、ある日件の女生徒と遭遇することになる。

運命の歯車が壊れるとき
和泉鷹央
恋愛
戦争に行くから、君とは結婚できない。
恋人にそう告げられた時、子爵令嬢ジゼルは運命の歯車が傾いで壊れていく音を、耳にした。
他の投稿サイトでも掲載しております。

それでも好きだった。
下菊みこと
恋愛
諦めたはずなのに、少し情が残ってたお話。
主人公は婚約者と上手くいっていない。いつも彼の幼馴染が邪魔をしてくる。主人公は、婚約解消を決意する。しかしその後元婚約者となった彼から手紙が来て、さらにメイドから彼のその後を聞いてしまった。その時に感じた思いとは。
小説家になろう様でも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる