あの日をくり返したくないから

能登原あめ

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5 決意

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 グアタルペの動向に注意しながら毎日を過ごすうちに、あっという間に二年の月日が流れた。

 以前ほど魔力を持て余すことがなくなったフェルシアノは、寝込むこともほとんどない。
 エルバはだいぶ前に毎朝彼を起こすことをやめている。

 周りの人達は、フェルシアノが成長とともに健康になったのだと思っていて、さすがにエルバも起こしに行く理由がなくなってしまったから。

 代わりにグアダルペがだるそうにしていることが増えた。
 最初は大好きな夜会の後はなかなか起きてこなくて、そのまま翌日まで横になっていてだらけているのだと思っている。

 巻き戻る前より夜会やお茶会に参加したり、侯爵家でも開いたりすることが増えた。
 フェルシアノが元気になった分、参加する機会が増えたからというのもあると思う。
 
「子ども達のために、素敵なパーティーにしたいの。だけど張り切り過ぎてしまったみたいだわ。少し休ませてね」

 そんなふうにグアタルペが言うと、義父がゆっくり休むように言って、使用人達にあれこれ指示する。
 特にこの頃は部屋で横になっていることが増えたと聞く。

 エルバは母を助けることも、慰めることも、何もしない。ただ見ているだけ。

 母、ではあるけれど関わって感情が揺れるのも嫌だったし、できるだけ近づきたくなかった。
 エルバは忘れていない。

「ただ、だるいだけなの。病気ではないわ」

 そう言ってグアタルペは力なく笑う。

「年齢的なものでしょう。栄養をとってゆっくり休み、それでも……ということなら、強壮剤を追加するか……ほかの薬を取り寄せてみますから、また相談しましょう」

 侯爵家のかかりつけの医師は言う。
 義父が高名な学者や別の医者を呼び寄せたり、魔術師の力を借りてみたりと色々と手を尽くしたものの、一時的によくなってもだるそうな様子は変わらなかった。

 グアタルペからは病の兆候も見えず、毒の反応もなく、エルバにはまるで以前のフェルシアノの体調をなぞっているようにも感じる。
 
 巻き戻りの影響なのかもしれない。
 あの日の母とは違うかもしれない。
 だけどエルバは少しも同情する気持ちがわかなかった。

 今でもあの日がくり返されないかと不安になる日も多く、朝食でフェルシアノと顔を合わせるとほっとして時々無性に泣きたくなった。

「おはよう、エルバ。涙ぐむほどコルネットが食べたかった?」
「そうではないけど、コルネットはとても好き。特に今日のはマーマレードが入っているから」

 コルネットはバターをパン生地に練りこんで焼き上げた甘いパンで、その時によってジャムやチョコレートが入っている。
 作るのに時間がかかるからか、たまにしか食卓に並ばない。

「たしかにマーマレード入りもおいしいね」

 フェルシアノがもう一つコルネットに手を伸ばすのを見てエルバは自然と笑みが浮かんだ。
 彼の食欲旺盛な様子がとても嬉しい。

 彼の部屋に用意されていたオルヅォに何かあっては怖いから、それをエルバの部屋に隠してまとめてこっそり捨てて、エルバの配合した茶葉にまめに交換していた。

 巻き戻る前のグアダルペは早い段階から、彼に少しずつ何かを飲ませていたのかもしれない。
 冷えた心でじっと考える。

 フェルシアノに毒消しの薬草をこっそり飲んでもらうことにしたのは正解だった。
 こうして彼の命は守ることができているし、体も丈夫になったと思う。

 そろそろ本格的に婚約者を決める時期かもしれない。

 エルバは都合よく自分が選ばれるとは思っていなかった。
 昔よりも二人の間に距離があるし、フェルシアノの態度も巻き戻る前よりそっけない。

 こちらから距離をとったのだから、関係が変化するのは仕方ない。
 寂しいけれど、それでいいんだと言い聞かせる。

 グアタルペが生きているかぎり、不安は尽きない。
 







 そうして淡々と日々を過ごし、あの恐ろしい日を無事に乗り越えた夜は、明け方まで泣いてしまった。
 
 フェルシアノはもう寝込むことはない。
 どこへでも出かけ、好きなように過ごしている。
 グアタルペはベッドで過ごすことが多く、自分のことだけで精一杯にみえる。
 今さら邪な企みをする余裕はないように思えた。

 あと少し、あと少しだけ様子をみよう。


 エルバが十七歳になり、本当にもう大丈夫だと思えて、義父に修道院へ入りたいと密かに打ち明けた。

「修道院に? それはまたどうして?」

 味方になってくれるとしたら、彼しかいないと思ったのに、眉を下げ困った顔をしている。

「私に結婚なんて無理です。慈善活動を通じて、神に仕えるのが私の使命だと思いました」

 心にも思っていないことが口からすべり出す。
 本当はフェルシアノが誰かと結婚するところなんて見たくないというだけで。

「エルバは好きな相手と結婚していいんだよ。うちはどうしても縁を繋ぎたい相手もいないし、結婚適齢期が終わるまでゆっくりしたらどうだい?」
「お義父様……でも、私。結婚なんてできません」

 義父は大きく息を吐いて、言った。

「修道院に関わり過ぎたか……もっと娘として幸せをつかんでいいんだよ。……では二十歳になってもそう思うなら、私がエルバの味方になろう。それでいいかい?」
「……はい。よろしくお願いします」

 まだ三年もある。
 残念だけれど、これ以上譲歩してもらうことは難しそうだとエルバは思った。
 
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