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4 秘密

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 何度目覚めてもエルバは十三歳のままだった。
 一ヶ月ほどそんな状態が続いて、何らかの力が働いて時間がさかのぼったのだと信じるしかない。

 修道院で毎日祈りを捧げたからかもしれない。
 最期に願ったことが、もしかしたら……?
 でもそんなことがあるだろうか。


 当然だけれど、母――グアタルペに対して昔のように素直に甘えることができなくなった。
 それに顔を合わせるとどうしてもあの日を思い出して胸の内に醜いものがわき上がるし、なんでも打ち明けることなんて怖くてできない。
 あの日の笑顔から涙する顔まで全て覚えている。

 今のグアダルペは娘の変化を気にする愛情深い母親にしか見えなくて、それが本性なのか、エルバ自身が考え過ぎておかしいのか、胸の中がざわめいた。
 エルバに対しては愛情深いのかもしれないが、簡単に受け入れることができないでいると。

「子供に干渉しすぎるのはやめなさい」

 意外にも間に入ってくれたのは義父で、エルバの態度を成長の過程だと言って、グアダルペをなだめてくれた。

 彼女と二人きりで過ごすことなど絶対にできないけれど、義父を挟むことでほんの少し話もしやすくなり、表面上は家族仲良くできていると思う。
 

 グアダルペがフェルシアノを亡き者にしようと考えたのはいつなのだろう。
 知らないところで第二王子から婚約の申し入れがあった?

 お茶会や夜会でごくたまにおしゃべりすることはあっても、親しい関係ではない。
 第二王子は明るくて人気があるからいつでも令嬢達に囲まれていて、選び放題だった。

 それともエルバが隠すことなくフェルシアノに好意を示していたから、グアダルペは面白くなかったのかもしれない。
 
 子爵家に生まれ伯爵家に嫁いだ母が、再婚した相手は侯爵で。娘により高い地位を求めた、とか? 
 馬鹿らしいけど、もし王子からの縁談があったなら夢を見てしまったのかもしれない。
 今となっては確かめようもなく、想像でしかない。

 あの日をくり返したくない。

 エルバは茶会や夜会は最小限にして、修道院へと通い慈善活動に励むことにした。
 両親は喜んでくれたし、フェルシアノは首をかしげつつも応援すると言う。

 彼は体調に波があるから、学校には通わず家庭教師から様々なことを学んでいて、エルバもそばにいたくて同じようにしていた。

 慈善活動の時間が増えれば、一緒に屋敷で勉強することも減って、これまでより顔を合わせる時間が少なくなる。

 学校に通うように言われたこともあるけれど、同い年の第二王子と顔を合わせる機会が増えてしまう。
 それにグアダルペがフェルシアノに何かするのではと考えてしまって落ち着かないと思った。

 これまで彼と同じ部屋で学ぶことが当たり前で、休憩におしゃべりをするのもわからないことを教えてもらうのも楽しくて。
 一緒にいられないのは寂しいけれど、フェルシアノには生きていてほしい。 

 エルバが彼から離れることでグアダルペが行動を起こさないなら耐えようと思った。
 
 修道院へ通いたい一番の理由は、薬草を採取して薬を調合していたから。
 世間から隔離されていたのが、侯爵家にとって都合が良かったのだろうけど、エルバにとっても領地の小さな修道院へ送られなくてよかったと思う。

 あの場所は様々なものを取り扱っていたから、エルバは毒消しの効果のある薬草をなんとしてでも手に入れたかった。

 エルバの体が動けた時期に修道院で作業していて、今はその知識がありがたいと思う。
 屋敷の書庫でもっと詳しく調べたかったけれど、怪しまれないようにするのが難しかった。

 それに自ら薬草を摘んで乾燥させることも考えたものの、侯爵家の使用人達の中には知っている者もいるかもしれない。

 誰かに怪しまれたらうまくいかないはず。
 それを手に入れさえすれば、フェルシアノと同じ屋敷で過ごしているから何かに混ぜる方法はいくらでもある。

 巻き戻る前のグアダルペが考えていたことや、したことがよくわからない。
 尋ねることもできないから、いきなり調合した薬をフェルシアノに飲ませるわけにもいかなかった。
 
 エルバは考えて、毒消しの効能があるネトルを中心に時々エルダーフラワーとリコリスをフェルシアノに気づかれることなく飲んでもらおうと思った。

 ネトルは少し苦いけれど、蜂蜜を加えれば大丈夫だと思う。もしかしたらオルヅォに混ぜてもわからないかも。
 エルダーフラワーはマスカットの香りがするし、リコリスは甘い。フェルシアノは甘いものも平気だし、エルバの出すものは嫌がらないと思う。

 修道院に通い始めて、エルバはそれらを買い求めた。
 誰が口が堅いかはもうわかっていたから、秘密を漏らさない修道女に頼んで。

 それからはフェルシアノの部屋のモーニングオルヅォは薬草を混ぜたものへとすり替えた。

 特に味が変わったとか、使用人達に別のものに替えるよう声をかける様子はなかったけれど、エルバは時々フェルシアノが休憩する頃を見計らってお茶を淹れることにした。

「フェルお義兄様、新しい茶葉を手に入れましたの。味を見てくださる?」
「わかった。エルバのお茶はいつも美味しいから嬉しいよ」

 本当はフェルシアノのそばでゆっくりお茶の時間を取りたいけれど、グアダルペの目に留まるのは困る。

「よかった。苦手なものがあったら教えてね……たまに癖の強いお茶もあるから」
「わかってる。エルバもここでお茶を飲んでいけばいいのに」
「そうしたいけど……やることがたくさんあるの。また今度でいい?」

 フェルシアノの亜麻色の瞳にまっすぐ見つめられて、エルバは目をそらす。

「最近のエルバは冷たいな。いつもそう言って俺を避ける。前みたいにもっと甘えてくれたらいいのに」

「……私だってもうレディだから。今は本当に忙しくて……ごめんなさい。だけど、新しい茶葉を手に入れたら一番に持ってくるのはフェルお義兄様のところよ」

 昔みたいに抱きついたり、大好きだと無邪気に言ったりできないけれど、心の中ではずっとそう思っている。

「……エルバ、あまり無理するな」

 フェルシアノがエルバの髪にそっと指を絡ませた。サラサラとした手触りが好きなのだと昔からよく触れてきたけれど……今のエルバな嬉しいような切ないような複雑な気持ちになる。

「無理なんてしていません。毎日充実して楽しいもの」

 エルバは笑ってみせた。
 それからもエルバは色々なお茶を集めて、周りにも振る舞った。すると、珍しいお茶をもらえるようになって、怪しまれることなくフェルシアノに薬草を混ぜたお茶を飲んでもらえる。

 慈善活動に勤しんで、フェルシアノとの距離はこれまでより開いてしまったけれど、彼が生きていて、笑顔を見ることができるのはとても嬉しく思った。






* ネトル(イラクサ) 
* エルダーフラワー(西洋ニワトコ)
* リコリス(甘草)
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