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19 面倒事4 side オーブリー
しおりを挟む彼はやり手の奴隷商人だ。
少し離れたところでエラが宿屋に入ったのを見届けてから話しかけた。
「……ずっとつけて来たのか? あの女はどうなっても構わないが、俺の女を巻き込みたくない」
俺がそう言うと、さっきまでの穏やかそうな仮面を捨てて冷酷な表情をみせる。
「……いいでしょう、こちらも穏便にすませたい。あの買取商は顔が広いから、探しモノをしている時は助かるんですよ。彼女のせいで大口の客を逃したので、自身に支払ってもらえれば構いません。余計な恨みは買わない主義なので」
「それはよかった。……夜中に連れて行くのか?」
「いえ……」
ふふっときれいに笑う。
「あなたの恋人の手前、明日の朝に迎えに参ります。最後の別れになるでしょうし、逃げ切れると思ったミアの反応も楽しみですからね」
彼女たちって、似てませんけど姉妹でしょう?
男はそう言って笑った。
最愛の人の姉だと思うと少々の後ろめたさを感じないわけではないが、元妻の自業自得だ。
これからだってエラを守るためならどんなことでもしてしまうだろう。
宿屋内が朝食や出立である程度落ち着いた頃、九号室の合鍵をデーヴィドに頼んだ。
疑わないのがこの姉弟の素直な良いところだ。
少し心配になるが。
彼が言いにくそうにモゴモゴ言う。
「姉ちゃんの話では、室内ではシーツしか巻いていないらしい。だから、俺たちは後ろにいたほうが……」
「ふふふ……うぶな弟さんですね。ミアは気にしませんよ、そんなこと。……では、あなたのお姉さんを呼んできてもらえますか? 挨拶してそのまま帰りますので」
穏やかな風貌に騙されてデーヴィドがほっとした様子でエラを呼びに行った。
ジルに続いて俺も静かに部屋に入る。
シンとした部屋でベッドに丸まるミアを遠くから眺めた。
怒らせてはいけない男によく手を出したものだ。
何も知らずに情婦になったんだろう。
馬鹿だな。
「愛しい、ミア。起きて」
ベッドの上に薔薇の花束を無造作に置いて、優しい声で囁く。
茎を大きなリボンで結んだだけの薔薇は、棘がついているように見える。
彼は革の手袋をしているが、きっとミアにはそのまま持たせる気なのだろう。
陰湿だな。
「ヒッ……!」
ぼんやりとしていたミアの焦点が合うと驚いて小さく悲鳴を上げた。
「おやおや、愛しい恋人が迎えにきたんだ。嬉しいだろう? これからお前の妹と弟がやってくる。ちゃんと演じたら……お仕置きは軽くしてやろう。……できるよね?」
ミアがコクコクと何度も頷く。
ああ、彼女も気づいて逃げたんだ。
俺は小さくため息を漏らした。
その音に気づいたミアが俺に目を向けた。
九年ぶりに会う彼女は一言で言えば老けた。
整った顔立ちではある。が、性根の悪さが表面に現れている。
今だって少しも心が動かない。
「久しぶりだな、ミア」
「……っ! なんでこんなところに! エラね? 本当に馬鹿なんだからっ……」
「それ以上、悪く言うなよ。不愉快だ。大人しく彼と行けよ」
「……ミア、もし一言でも悪態をついたら罰を増やしていきましょうか。ほら、足音が聞こえてきた」
ミアがシーツを巻きつけて起き上がる。
ベッドに裸でいるのに全くそそられない。
わざと流し目を送ってくるが、自分の首を絞めていることに気づかないのだろうか。
男の冷たい瞳がますます蔑むように昏くなったというのに。
扉が叩かれ、二人が入って来た。
恐る恐るといった様子にほんの少し空気が和む。
小さな部屋にこれだけの人数が入ると圧迫感があるからか、ジルは恋人らしくベッドに腰かけてミアに寄り添った。
「……おはようございます」
穏やかな表情を貼りつけて二人に笑顔で挨拶した。
「忙しいところすみません。今日出航するのでお姉さんを連れて帰ります。色々とご迷惑をおかけしました。ほら、愛しいミア、二人に言うことあるだろう?」
「……急に来て、迷惑かけた、わね。……ありがとう」
二人が驚いて固まっているのを見て、俺が話す。
「ミア、俺とエラは結婚するんだ。祝福してくれ」
ぐっと詰まったミアがエラをきつく睨む。
「お下がりでよければ好きにっ……」
「おや、ミア?」
悪態をつきかけたミアにジルが花束を持たせて手を握った。
俺はエラを引き寄せ、強張った身体を包み込んでミアを睨む。
「おめでとう……エラ、お幸せに……」
「……ありがとう。ミアも恋人とお幸せに。……あまり我がままばっかり言うのはよくないから、直したほうがいいよ。あの……ジルさん、ミアをよろしくお願いします」
エラが心からそう言っているのがわかる。
ミアは唇を噛んで俯いた。
「もちろん、お任せください。彼女のことは私が責任を持ちますから。……妹に言われたら、約束は守るよね?……おやおや、感動して泣きそうかい? 早く、二人になりたいね……すみませんが、表に馬車を用意してあるので彼女はこのまま引き取ります。持ち物は……一緒に持って来てくれますか?」
エラもデーヴィドも微妙な顔をして頷いた。
ミアだって表までシーツを巻いた姿で出ることになるとは思わなかっただろう。
逃がす気は少しもないらしい。
ミアは花束を握らされたまま横抱きにされて、ゆっくりと部屋を出る。
ちらちらと周りに見られながら、宿屋の前で馬車に乗り込むのに手間取っていると、周りから口笛を吹かれた。
わざと顔見せをするように。
娼館にでも売られるのかもしれないな……使いみちがなくなったら。
「それではミアと国へ帰ります。彼女のことは大事にしますから」
商品として、そんな風に俺には聞こえた。
穏やかなまま彼が微笑み、俯いたままのミアを抱き寄せた。
「よろしくお願いします、元気で」
「さよなら、もう迷惑かけんなよ」
二人が声をかけるのを聞きながら、俺はジルを見た。
お互いに頷き合う。
彼女がここを訪れることはもうないだろうと思いながら。
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