嫌いって言って。

能登原あめ

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「リビオ様、キライ、嫌いです」

 婚約者のリビオ様が眠っていると思って、顔をのぞき込んで小さくささやいた。
 なのに、いつも穏やかで優しい彼が目を開けてこちらをじっと見つめる。
 思わず一歩後ろに下がった。

「嫌いって、本当?」
「あの、私……っ」

 リビオ様の顔を見ていられなくてぎゅっと目を閉じる。

「どこが嫌い?」
「どこ……どこって」

 リビオ様の声が耳元で聴こえて震えた。
 逃れられないように回された腕に震えてしまう。
 私だって心から思っていないことを言いたくない。でも――。


 



 
 
 12年前、リビオ様はソフィアお姉様の婚約者候補として屋敷のお茶会に遊びにいらした。
 私より5つ年上のリビオ様は丸くて大きくてふわふわした人。
 お姉様は私より3つ年上でお互い領地も近く、歳も近いから両親たちがちょうどいいと思ったみたい。

「はじめまして。リビオ・アルジェンテロです。先週10歳になりました」
「……はじめまして。ソフィア・パナッタ、8歳です。この子は妹のルチア、可愛くていい子なんです」

 お姉様は、後ろにいた私の手をひっぱって前に出すと紹介した。
 いつもは私のことなんて放っておくのにへんなの。
 リビオ様の丸っこくて優しそうな顔を見上げる。

「おたんじょうびおめでとうございます! 私はきのう5さいになりました!」
「誕生日おめでとう。同じ夏生まれなんだね」

 ひとつ大人になった私が胸を張って言うと、リビオ様はにこにこして言った。
 
 その後はほかの子どもたちもやって来てお茶会が始まったのだけど、お姉様はリビオ様と挨拶した後はほとんど話さないし、目も合わせない。
 仲のいい友だちの輪に入って、おしゃべりを始めてしまった。

 ぽつんと立つリビオ様と、いつもひとりの私。
 お母様たちは子ども同士楽しめるように出て行ってしまった。

「本を持って来ればよかったな」

 小さな声だったけど、それを聞いて私はリビオ様の袖をつかむ。

「リビオさま、としょしつに行きましょう!」
「……いいのかな?」
「はい!」

 静かな図書室の中をリビオ様がひと回りした後、絵本をながめていた私のそばにやって来た。
 片手に難しそうな本。
 窓際のゆったりしたソファに並んで座ると、リビオ様のほうへ身体がかたむいた。
 まっすぐ座ろうとしてもすぐによりかかっちゃう。
 
 絵本を開いてもすぐ閉じてしまった。
 どうしよう。

「その絵本、読もうか?」
「ほんとう⁉︎ えっと、おねがいします」

 お母様も侍女たちも大きくなってからね、って読んでくれなかった、字の多い絵本。

「遠い昔、山を5つ越えたところに小さな国があってとても美しいと評判のお姫様がいました――」

 さらわれたお姫様のために騎士が剣を振り、知恵をしぼり、周りに助けてもらいながら旅を続ける。
 少し言葉が難しくてよくわからないところもあって。
 リビオ様の声も穏やかで眠くなってしまった。
 
 お話を聞いていたいのに、勝手にまぶたがくっつきそうになる。

「眠いの?」
「だいじょう、ぶ……リビオさま、もっとよんで……」

 ふわふわして気持ちいい。
 リビオ様が柔らかいからかな。

「じゃあ、続きを読むよ」
「……うん、お姫さま、だいじょ、うぶかな……」
「どうだろう? 騎士が湖までたどり着くと、今度は――」
「こんどは……?」
 
 重たいまぶたを閉じても聴こえるから、私は目を閉じたまま同じ言葉をくり返した。




 



「……あら、こんなところにいたのね」
「まぁ、可愛い。2人とも仲良くなったのね」

 お母様たちの声がして、私は目を開けた。
 リビオ様を見上げたら、にこっと笑ってくれて嬉しくなる。
 そうだ、絵本!

「リビオさま、本をよんでくれてありがとう! お姫さま、たすかったの?」
「……最後のところ、もう一度読もうか?」
 
「うん! よんでほしい! リビオさま、また会える?」
「隣の領地だから、また会えると思うよ」
「つぎはねむるまえにもよんでほしいの」
「えっと、ほかの時間ならいくらでも読むけど、お母様たちに聞かないと……」

 リビオ様は困ったような顔で、お母様たちのほうを見る。

「あらまぁ。ルチアのほうが気が合いそうね」
「ええ、本当に。5歳差なら、結婚する頃にはちょうどよくなるわね」

 リビオ様もぽかんとした顔をしている。
 私はもっとよくわからない。
 だけどお母様たちの話し合いで、半年もしないうちにリビオ様と私の正式な婚約が整った。
 
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