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7 La battaglia delle arance (オレンジ合戦)

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* 結婚してしばらくした頃の話となります。トマト祭りのほうが有名ですが、ちょうど2月のイベントなのでこちらで。








******

 
「ルチェッタ、起きてごらん」

 べニート様に寄りかかってうとうとしていたわたくしは、優しく髪を撫でられて目蓋を開けました。
 夜が明ける前に屋敷を出て、長い時間馬車に揺られています。

 侯爵家の馬車ですから、とても乗り心地がよく快適ですし、べニート様が少し休みなさいとわたくしを甘やかしました。
 本当は一緒にお話をしていたかったのですが。

「べニート様……わたくしだけ眠ってしまいましたの?」

 思わず拗ねたような口調になってしまいました。べニート様はそんなわたくしに優しい笑みを浮かべます。

「あなたが私の腕の中にいるんだ。ちゃんと休んだよ」

 確かにすっきりした顔をしているように見えました。
 困ったように笑って、額にかかった髪を後ろへと払ってくれます。

「ほら、窓の外を見てごらん」

 カーテンを開けて驚きました。
 荷車に山盛りのオレンジが積まれています。それも何台も、何台も。

「べニート様! あんなにたくさんのオレンジを使うのですね……。すごい、すごいです!」
「明日は『オレンジ合戦』だからね。……宿の部屋からゆっくり眺めよう」

 近隣で有名なオレンジ合戦は、もともと悪政を強いてきたこの地の領主が、美しい娘を無理矢理手に入れようとしようとして討ち取られことで、勇敢な娘を讃えて平民が立ち上がったという民話をもとにしているようです。本当にあったのかはわかりません。

 馬車に乗って装備を整えた領主様ご家族やご親族と、領民でオレンジを投げ合うお祭りと聞きました。
 武装している貴族とはいえ、たくさんの領民に囲まれたのではどちらが強いのかよくわかりません。

 最初聞いた時はあり得ないと思いましたが、そのような祭りが開けるなんてきっと領民と仲が良いのでしょう。
 商売に明るい男爵家が治める土地のため、距離が近いのかもしれないと思いました。

 じわじわと噂が広がりよその土地からの観客が増えているそうです。ただ、うっかりオレンジが当たって怪我をする人もいるようなので、べニート様がわたくしのことをとても心配してくださいました。

「部屋から観戦しますわ。今からとても楽しみです」
「それならいいが……」

 正直、一つくらいオレンジを投げてみたい思いはあるのですが、べニート様はそのことに気づいているのかもしれません。

「ずっと一緒にいてくださるのでしょう?」
「あぁ、もちろん」



 宿屋に入ると、王族も泊まったことのあるという、とても素敵な部屋へと案内されました。
 バルコニーから街が一望できます。
 お祭りの前だからか、活気があって人々がイキイキとして見えました。

「あとで少し歩いてみるかい?」
「ええ、ぜひ!」

 さっそく入浴して旅の汚れと疲れをとり、街着に着替えました。
 わたくしもべニート様も、軽装になってお忍びデートのような気分です。

「あなたは何を着ても可愛いね」
「べニート様こそ、格好いいです。わたくしはいつになったら追いつくのでしょう」

 もう少し大人の色気がほしいと思うのです。

「ルチェッタにはそのままでいてほしいね。私も時が止まってほしいと思うよ」

 べニート様に、今がとても幸せと言われているようで嬉しくなりました。

 馬車に乗っている時も感じましたが、街中がオレンジの香りがします。
 興味深く辺りを見るわたくしに、べニート様が腕を差し出しました。

「ちゃんと掴まっていて」

 腕に手をかけますと、きゅっと脇をしめるのでわたくしの手が解けないようしてくださったようです。

「ほしいものがあったら言って」

 揚げ菓子にお砂糖をかけたものや、ドライフルーツやチーズの量り売りなどおいしそうなものもあります。
 食べ物は胸がいっぱいで入りそうにないですが、道の向こうに髪飾りやリボンなどとても可愛く飾られていました。

 今身につけているものに、髪飾りも合うと思うのです。
 でも子供っぽいと思われるかもしれないと思うと、言い出せません。

「ルチェッタ? あの店に寄るかい?」
「いいのですか⁉︎」

 そんなに表情に出てしまったのでしょうか。

「あなたがつけたいものと、私がつけてほしいものを選ぼう」

 べニート様の言葉に心だけでなく体も跳ねてしまいそうです。
 そんなわたくしを見て、店の前へと急いで向かいました。

「いらっしゃいませ! ゆっくり見ていってください!」

 愛想のいい女性がにこやかに声をかけてきます。
 わたくしとべニート様はそれぞれ店内を好きなように見ることにしました。

 刺繍の入ったリボンが風にはためいて、とても綺麗だと目を奪われます。
 すると、どこからか現れた同じ歳くらいの男性がわたくしに声をかけました。

「いらっしゃいませ。あなたの髪はとても綺麗だから、この色なんてとてもよく似合いますよ」

 すっと髪を一筋取られて、驚いている間にリボンを結びつけました。

「ほら、髪と馴染みがいいです。目もくりっとして可愛いね。僕はカルロ、あなたの名は? この街にはいつまでいるの? よかったら一緒にスイーツを食べませんか?」

「えっと、あの無理です……その、リボンはわたくしが選びたいのでごめんなさい」

 彼はお祭りで高揚しているのでしょうか。
 リボンを彼の前に差し出しますと、彼は私の手ごと握ってニコニコしています。
 
「ルチェッタ、どうした?」

 べニート様が細やかな彫りの入った綺麗な櫛を手に、わたくしの元へやってきました。
 目の前の男性をちらりと見ます。

「いらっしゃいませ、お兄さん! 僕はこの店で働いているので怪しい者じゃないです。彼女とデートしたいのでお借りしてもいいですか?」

 そんなことを言われると思わなくて、わたくしは息を呑みました。

「それは無理だ。彼女は私の妻だからね。さて、会計を頼むよ」

 さりげなく彼の手を払い、わたくしの手の中のリボンを返して、櫛だけ購入することにしたようです。

「櫛はこのままつけていくよ」
「はい! ありがとうございます! お兄さん、素敵な女性と結婚したんですね。羨ましい、早く僕も運命の女性に出会いたいです」
「幸運を祈るよ」

 べニート様がわたくしの髪に櫛を挿し、腰に腕を回して店を出ました。
 後ろで聞き慣れない口笛が聞こえた気がしましたが、気のせいかもしれません。

「……リボン、ほしかったかい? 他の店でもいいか?」
「リボンはまだちゃんと見ていなかったので別の店も見てみたいです」
「わかった」

 べニート様の眉間に皺が寄ったままです。
 そのあとも屋台に寄るたびに男性が気さくに声をかけてきました。
 
「あなたがとても可愛いから男達は声をかけずにはいられないのだな」
「お祭りの前ですし、この街の男性は開放的なのかもしれません」

 通りを歩いていると、男性は女性に声をかけるのが当たり前のようです。
 いたるところで見かけますから、私だけが特別というわけではないと思いました。

 腰に回された腕が今ではお腹に回り、お互いの距離が近づいています。
 もしかして心配されているのでしょうか。

「べニート様、そろそろ部屋に戻りましょう」
「しかし、まだ櫛しか買っていない」

 わたくしは首を横に振りました。

「これがあれば他には何もいりません。大好きなべニート様が選んでくださったのですもの」
 
 そうしてわたくし達は部屋に戻ったわけですが……。
 その夜はべニート様が少年のように振る舞うものですから、翌日はのんびり部屋からオレンジが投げられる様子を楽しむこととなりました。








******


 お読みくださりありがとうございます。
 オレンジ祭りのオレンジは、家畜の餌となるそうです。



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