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番外編

古書がつないだ物語 3

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 今でもブライアンさんの職場について行き、用意された本を読んで待つ。
 きっと彼は私が学校に通えない分を読書で補おうとしたのだと思う。
 夕食の時にはその本の話をして理解を深めた。

 私がどの国の本も読めることがわかってからは異国の魔術書を私が読み上げて、彼が書きとってまとめる。
 そんなふうに一緒に作業することが増えた。
 私には魔術の本は読めば読むほどわからなくなるけれど、彼にとっては少しずつ謎が解けているらしい。

「あみ、助かるよ」
「いえ……私もなぜ読めているかわからないから……」
「……あの日記が媒介になって、何か言語能力が付加されたのかもしれない……あの日記は今どうなっているんだろう……」

 ブライアンさんが漏らしたその言葉に、ゆみの顔が浮かぶ。
 彼には日本は魔術がないことや家族は妹と父だけで、妹が心配なのだと話していた。

「多分、妹が持っていると思う……貸してあげるって私が言ったから……どうしてるかな、父は頼りないし……」
「今いくつになるんだ?」
「二十六。仕事がんばって続いているかな……」
「………………あみの本当の歳はいくつだ?」
「二十七。……もうすぐ誕生日だから二十八?……だから、ブライアンさん、私をもらってくれませんか?」

 彼が顔を覆って考え込む。

「今、十九じゃないのか……」
「ずっと背も伸びないしおかしいと思わなかった?」

 ちらりと胸を見るから思わず、隠す。
 その仕草に彼が苦笑したけど、今さら腕を下ろすのもどうかと思い胸の前で腕を組んだ。

 この国は肉食でバターや乳製品でこってりした料理が多いから肉付きが良くなったと思う。
 食べ慣れたぬか漬けや梅干し、和食が恋しくなるから野菜の塩漬けやパン床で漬物くらいは作らせてもらって、食卓に並べているし、食にこだわらない彼はなんでも食べる。

「……あみの民族は若くて小柄なんだな……」
「うん。……そうかもしれない」
「まいったな……思い込みで十年も一緒にいて、婚期を逃させるなんて……」

 日本では二十七なんて結婚してなくてもおかしくないけど、もちろん言わない。

「だから、私をブライアンさんの奥さんにして」

 ブライアンさんの手をぎゅっと握る。
 温かくて少し硬い、いつも私の頭を撫でてくれていた手。
 彼はじっと私の手を見つめた。

「…………」
「どうしても私じゃダメ?」
「……まず、歳が離れすぎてる」
「私は気にしない。二人でいられれば、幸せだから」
「だめだ」

 目を瞑って拒絶する彼に私はそっと口づけした。
 自分がこんなことをするなんて信じられないけれど、もう後にも引けない。
 驚いた彼が身体を固くする。

「あみ……だめだ。私は結婚する資格がない」

 亡くした恋人を思い出しているの?  
 子どもができないことを気にしている?


「…………私は、あの日記を日本で全部読みました。…………だから……あなたは私にとって、昔から特別なんです……あなたが好きです」





 長い時間、ブライアンさんは黙っていた。
 これ以上言葉を重ねたらもっと彼が離れていくような気がして、私も話すことができない。
 十年ちかく、ずっと彼を見ていたから……。

「あみ……私は歳も離れているし、子も為せない。いい夫にはなれそうもない」
「……ブライアンさん」

 私じゃ、やっぱりだめなんだ。
 涙が出そうになって、舌先を噛んだ。
 泣き落としが効くような人じゃないから。
 
「あみが来て、あみを帰すために研究に没頭して一緒に過ごして……アレを読んだならわかると思うが、悲しいことを考える時間が減ったんだ……この十年、私は楽しかった。ずっと……」

 彼が何を言いたいかわからない。

「あみのおかげで、前ほど胸が苦しくない。眠る時と授業中以外ほとんど一緒だったよね……居心地がよくて癒された。だけど、そんなふうに私に縛りつけてはいけないと思った。……でも」

 彼を見つめてじっと待つ。

「あみはそれでいいのかい?……きれいに生きてきたわけじゃない……過去を抱えた私のようなおじさんと結婚しても?」

 彼の言葉に無言で頷く。
 いろいろなものを内包している彼だからこそ複雑で、知りたくて好きになってしまったのかもしれない。
 なんだか胸がいっぱいで、彼の顔がぼやける。

「あみ、おいで」

 今度は彼に手を握られてぐっと引き寄せられた。

「この歳になって、こんなに可愛い奥さんを迎えることになるとは思わなかった」
「ブライアンさん……約束ですよ」

 ぎゅっと抱きしめる力強い腕の中で私はほっとして力を抜いた。
 彼は真面目だから約束は違えないはず。
 これからもずっと一緒にいられるんだ。
 嬉しくて彼にしがみついた。

「あみ、こっち向いて」

 顔を上げると唇が重なる。
 驚いて目を見開く私に薄く笑って何度も唇を啄んできた。

「……ブライ、アン、さんっ……ぁ……」

 名前を呼んで開いた私の口内に肉厚の舌が滑り込んだ。
 驚いて、彼に回した腕に力が入る。

「あみが経験するはずだった十年をとり戻せるかな……」
「え……?」

 腕を引かれて彼の寝室へと向かう。

「この歳してがっつくことになるなんてな」

 困惑する私に、色気のある笑みを見せた。

「戦争から戻って、ほとんど機能してなかったんだ。子どもも作れないほどの大怪我をしたからね。……あみの中に入るまで元気でいるといいけど」

 そこまで言われてようやくなんの話かわかって赤くなる。

「年齢よりうぶにしてしまったのは私のせいだな……何も考えないで、今はまだ」
「え……、その……」
「多分、大丈夫だ」

 当たり前だけど、未経験なのは私だけで。
 ほんの少し、彼の過去の恋人に嫉妬した。

「あみ、これからはお前だけなんだから、そんな顔するな」

 俯く私の顎に指をかける。
 おずおずと見上げると欲望に煙る瞳とに見つめられて身体が震えた。

「あみのどんな表情も私は見たい」
「ブライアンさんて……そういうこと言うのね……」
「だめか?……本気で大事にすると決めたんだ。もう手放せないぞ」
「はい……嬉しい。……私だって離れないから」

 
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