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「いい匂いねぇ。パイでも焼いているの?」

 あみちゃんがキッチンに入ってきて私たちの顔を見比べた。

「……お邪魔しちゃったかしら?」
「あっ、オーブン!!」

 私が慌てて扉を開けると、ちょっとこんがりしているけど見た目はなかなかおいしそうに焼けている。
 底もこれなら平気かな。 
 ジャムはまだまだサラサラしているからとろ火にしておく。
 あとで固さを見てから瓶に詰めよう。

スリーズチェリーのクラフティ焼いたの……」
「今年初めてのスリーズだ!嬉しいな……」
「味はまだわからないよ?」
「そんなの、おいしいに決まってる」

 私たちはさっきのことがなかったかのように振る舞う。
 あみちゃんにはバレてるかもしれないけど。

「じゃあ、お茶にしよう」

 熱々のクラフティをスプーンで切り分けてみんなの前に置く。
 フランシスがなんて言うか気になってドキドキした。
 彼は大きく一口をすくって口に放り込んだ。

「あっ……」

 それはやけどする。
 スリーズからも果汁が出るだろうし!
 ちょっと涙目のフランシスが口を手で覆いながらなんとか飲み込んだ。
 
「熱かった…………だけど、やっぱりおいしい」
「本当、おいしいわね。ユミは小麦を使ったものはたいてい上手に作るわね」
「そんなこともないけど……」
「本当においしいよ。俺、これなら丸ごと食べられる」
「それは言い過ぎだよ……」
「フランシスなら食べられるわよ」
「じゃあ、もっと作ればよかったかな。残りのスリーズはジャムにしちゃったから」

 あんまり褒められると恥ずかしい。
 スリーズのジャムでチェリーパイもいいよね。
 クラフティはもうちょっと牛乳多めでもよかったかなって思いながら口へ運ぶ。
 フランシスの空のお皿に追加すると、にっこり嬉しそうに食べるから、本当に好きなんだなって私も嬉しくなる。
 
「今年は忙しいだろうから、また来年も作ってくれたら嬉しい」

 来年の約束?
 私が答えられないでいると、あみちゃんがあらあらって言う。

「フランシス……遠回しよりストレートのほうがいいわ」
「そう、かも。もう進むしかないので」

 今度はまあまあって目を輝かせて笑う。

「ご馳走様、おいしかったわ。さて、と。腹ごなしに森の方まで足を延ばそうかしら」

 あみちゃんが先に立ち上がる。

「このところずっと同じ姿勢で疲れたけど、昼寝もしたし。夜眠れなくなるのも困るから、散歩くらいしないとね」
「え……?あみちゃん?」

 あっさりと出て行ってしまったから、私は頭の中で一生懸命考える。
 フランシスの気持ちは私にあって、あみちゃんはそれに気づいていて二人にされたの?
 私はどうしたいんだろう?

 フランシスのことは、嫌いじゃない。  
 好きなのだと思う。
 もう認めてしまってもいいと思うくらいには。

 あみちゃんやおばあちゃんに対する気持ちとは全然違うから。
 今何してるのかな、とか会えない時間にフランシスのことが頭をよぎる。
 それに彼の時間を独り占めしたいって思ってる。
 独り占めしたい、だなんて。

 一気に顔が赤くなる。
 二人で隣り合って座っていたから、フランシスが私の顔をのぞき込んで、微笑んだ。

「その顔、少しは意識してくれてるの?」

 優しい笑顔にどこを見ていいかわからない。

「フランシス……」

 頬を撫でられて、ゆっくりと視線を合わせた。

「ユミ、好き。ずっと一緒にいたい。ユミが俺を受け入れてくれるまで待つよ」
「…………待っても気持ちが変わらないかもしれないよ」

 フランシスの言葉に私はひねくれたことを言ってしまう。
 自分でも可愛くないと思うけど、結婚のイメージがよくない。
 それなのにフランシスを独り占めしたいと思うなんておかしい。
 
 同じくらいの日本の男の子は結婚なんて考えないだろうし、もしかしてフランシスは既婚の三十くらいのおじさんたちくらい落ち着いてるんじゃない?

「……この村の人は結婚したら最後まで添い遂げるよ。……あのね、アミさんにユミの父親のことは聞いているんだ。勝手にごめんね?……俺はそんなふうにならない。ずっと一緒にいる。できれば信じてもらえるよう証明したいから結婚してほしい」
「この村の人はみんな結婚が早いの?」
「……二十歳になる前に結婚するけど、俺はユミしか考えられないから、いくつになってもいいと思ってる」

 じっと見つめられて、頬に触れた手が今度は私の手をギュッと握った。
 大きな手に包まれて、どきどきするのに心がぽかぽかする。
 だから私の心は決まった。

「一年、待ってくれる……?私もフランシスのこと好きだけど、覚悟ができないから。その……前向きに向き合ってみる、から……」
 
 そう言う私の身体は彼の腕の中にすっぽり包まれた。

「ユミ、ありがとう!絶対裏切らないから。みててね」

 びっくりしすぎて固まる私の髪をくしゃくしゃと撫でる。
 どきどきしすぎて死にそう。
 フランシスの心音も聞こえて、同じだと思ったらほんの少し落ち着いてきた。

 お父さんは選べなかったけど、フランシスのことは自分で選ぶ、というより決めることができるんだ。

「……フランシスのこと、信じたい」
「うん……」

 ぎゅっと抱きしめられて私の心の中に甘い感情が湧き上がった。
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