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しおりを挟むアブリコが収穫され始めると、私もあみちゃんも忙しくなった。
梅より大きいから、洗って拭いてヘタを取る作業も難しくはないけど、手荒に扱うと傷が気になるし、量が半端なく多いから終わりが見えない。
昔、おばあちゃんと一緒に作っていた頃はダンボールに一、二箱程度だったと思うけど、これは十倍どころじゃない。
お店に卸すというのは大変なんだと思う。
「ユミがいるからいつもより増やしたのよ」
と笑って言われて、あみちゃんがこれまで一人でこの量をこなしていたんじゃなくてほっとした。
二十のカメにアブリコ、その重さの十八パーセントの塩と一緒に詰めて重石を乗せたところで、さくらんぼ……スリーズが届いたからカリカリ梅を作ることになった。
日本のものより酸っぱくて甘くない。
こっちのほうが、下準備の後ぽいぽい瓶に入れられて気が楽。
あとは十二パーセントの塩を入れて蓋して上下に振っておしまい。
日本だったら小梅にして重量の十パーセントの塩で作って冷蔵庫に入れちゃうと簡単なんだけど。
時々振るだけで一か月ほどでできちゃうから、お弁当に便利だった。
そんなことを思い出しながら、瓶に十本ほど作って、ひんやりした地下室へ運び、残りはデザート用にもらった。
あみちゃんの家のオーブンで試しにオイルをかけた野菜を焼いたところ、下火が強いけど器か天板を重ねて対応すれば大丈夫とわかったから、クラフティも作れるはず。
オーブンのクセを掴むのは大事なことだから。
いそいそと準備し始めた私に、あみちゃんが笑った。
「ちょっと疲れたから昼寝するわね。困ったら声かけて」
「うん。おやつできたら呼ぶね」
寝室へと向かうあみちゃんを横目に、私は種抜きに精を出す。
タルト生地は準備して寝かせた後、型に敷き込んである。
私の働いていた職場には製菓学校に通うアルバイトの女の子がいて、私の仕事あがりに夕方から入るその子と会うのだけど実習の残りをたまに分けてくれて話すようになった。
さすがに彼女のレシピを見せてもらうことはなかったけど、初めて食べるものが多くて、おいしかったもので作れそうなものは図書館でレシピを調べて作ってみて、失敗した時に彼女に聞いてコツを教えてもらった。
おばあちゃんとあみちゃん以外でよく話した数少ない子だけど、友達というほど彼女のことを知らなかったことに今さら気づく。
二人がいれば私の世界はそれでよかったんだなって。
それからおばあちゃんがアップルパイを褒めてくれたのを懐かしく思い出した。
この世界にもりんごがあったら作りたい。
涼しいところに置いておいたタルト生地の上にスリーズを並べた後、卵と蜂蜜と牛乳と小麦粉を混ぜたアパレイユを静かに流して温まったオーブンに入れた。
残りのスリーズは蜂蜜と一緒に鍋に入れて弱火にかけた。
ジャムにしてしまうつもり。
「おいしくできるといいな」
タイマーもないからオーブンの前に椅子を用意して座る。
時々鍋をのぞきながら、待つこの時間が好き。
今日もこの後フランシスがやってくるはず。
週に一度の休みさえも顔を見せてくれるから、疲れない?って聞くと、私の顔を見れたから元気になったって答える。
そんなふうに好意を示してくれるから、私も嬉しくなって同じだねって答えるのだけど。
フランシス、おいしいって言ってくれるかな。
レーズンで起こした天然酵母も初回にしては悪くなかった。
フランシスが言うように油で揚げなくても食べれたけど、ふくらみが悪かったから、梅仕事がひと段落ついたら、研究しようと思う。
なんとなく、地粉に近い感じはするけれど。
そんなことを考えていたらジャムの甘い香りがしてきた。
立ち上がって、軽く混ぜる。
「こんにちは」
フランシスの声が聞こえて私は振り向いた。
開いたままのドアの前で、いい匂いだねって言う。
「こんにちは、フランシス。……今日は早かったのね」
「そうだね、急いで仕事を終わらせて来ちゃったよ。明日休みだしね」
「そっか。お疲れ様。何か飲む?もうちょっとしたらスリーズのジャムができて、あとね。おやつもあと少しで焼きあがるかな」
「それならおやつができるのを待つよ。何か手伝う?……アミさんは?」
キョロキョロするから、昼寝中だからおやつができたら声かけるんだって伝えた。
「連日の梅仕事で疲れたのかな。去年の今頃は旦那さんがいたし、仕込む量も半分くらいだったと思う……」
「…………それは、……多すぎるね」
「今年は豊作だったのもあると思うけど」
あみちゃんのほうが年上だから私がもっとがんばろう。
そういえば、旦那さんのことをほとんど聞いたことがなかった。
「フランシスはその……旦那さんはどんな人だったか知ってる?私、あまり知らなくて」
「うーん……寡黙な人で、アミさんより二回り近く年上だったと思う。いつも一緒で仲良さそうだったよ」
顔も知らないから現実味がないけど、私の知らないあみちゃんの世界がある。
「そっか……いい旦那さんならよかった……」
「俺もユミのいい旦那さんになりたい」
言葉の意味が頭に入ってこなくて、フランシスをじっと見つめる。
「前に、結婚しないって言ってたから、そういうふうに考えられないかもしれないけど、俺は本気だし、これからのユミを支えたいしずっと一緒にいたい」
「あの……」
なんて答えていいかわからない。
「ユミ、好きだ」
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