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しおりを挟む私とフランシスは、おむすびなどが入ったバスケットを荷台に載せてから、村の残りの半分……田んぼや畑の脇を通りながら主に農家さんを案内してもらい、見晴らしのいい丘までやってきた。
日本で言ったら春から夏に変わる陽気。
日差しは強くなってきたけど、まだ風は心地よく感じる。
「ここからだと村がよく見えるんだ」
「あみちゃんの家見えるかな?」
「多分、あの辺り。木が多くてわかりにくいけど」
フランシスが私の背に合わせて屈んで指差す。
思いのほか、近くてどきどきするけど、くっついてもいやじゃない。
「……うん」
「雑貨店があの辺り。小さな村だからすぐ覚えるよ。……村の人も怖くないでしょ?」
「うん」
出会った人はみんな気さくでいい人だった。
変に詮索されることもなく。
特にあみちゃんの孫だと言うとよかったなぁって笑って、困ったら声かけてって言ってくれた。
あみちゃんの人柄のおかげかな、あの設定は今のところ使う必要がないかも。
「みなさん……優しいね。フランシス、ありがとう。多分連れ出してくれなかったら、ずっと家の中にいたと思うから……」
「ん……よかった。本当はみんなに紹介するの、俺のほうが心配だったかも」
「どうして?」
どう言う意味かわからなくて首をかしげる。
「私が何か失敗しそうだから?」
「全然!逆に気に入られて嫁に来いとか言われたら、困るなって……」
「え?……ないないっ、それは絶対に!私結婚しないだろうし……」
「どうして?そんなにかわいいのに」
フランシスは目が悪いのかな。
かわいいとは無縁で生きてきたから反応に困る。
「フランシスは変わってるのかな……?」
思わず呟いてしまった私に、彼も小さく呟く。
「ユミはかわいいよ。うかうかしてられないって思う」
「……何を?」
彼が短くて息を吐いて、首を傾けた。
「お昼ご飯にしよう」
「うん」
この会話を続けるのは何だかそわそわして居心地が悪い。
「今日のおむすびは塩むすび以外に、練り梅が入っているのもあるよ。それと胡麻味噌ね」
「本当?どれ?」
「この辺が梅かな?これが胡麻味噌……あみちゃんが張り切ってご飯炊いてくれたから、がんばって握ってみたよ」
おかずは何にしたらいいかとあみちゃんに相談したら、この村の人は塩むすびにお茶くらいしか持たないって笑ったから、たくさんのおむすびを用意した。
フランシスはお米が好きだからって。
「いただきます…………梅がすりつぶされて食べやすくなってるね。酸味がまろやかになっておいしい。……ユミの握り方は優しくておいしいね」
「うーん、そうかな?あみちゃんをみてるとまだまだって思う」
「そう?……アミさんは何十年も握っているから。でも俺はユミのオムスビ好きだな」
「……ありがとう……」
褒められて何だかくすぐったい気持ちになる。
「こっちも食べてみて?」
「胡麻味噌?……香ばしくておいしい。これもユミが作ったの?」
「うん……作るってほどじゃないけど」
胡麻を炒って木で作られたすり鉢でよくあたって少量の味噌を混ぜるだけだから。
練り梅もすり鉢ですりつぶした後ほんの少し甘みを加えた。
おばあちゃんがそうしていたように。
梅干しを塩抜きしてから大量の砂糖を入れる梅びしおを蜂蜜バージョンで作ろうかと思ったけど、時間が足りなかった。
原材料がアブリコでもプラムやチェリーでも塩漬けして、天日干ししたものは梅干しで、してないものは梅漬けと区別してこの村では呼んでいるらしい。
おばあちゃんが杏を混ぜた梅干しとか松葉を入れて風味づけした梅干しとか定番以外に変わったものも作っていた影響もあるかもしれないけど、あみちゃんの梅に対する努力と熱意と根性がすごいと思う。
こうして村に定着してるから。
「さっき小麦粉を届けてくれたから、早速なにか試してみるね。……フランシスは小麦粉を使ったもので食べたいものってある?……パンはしばらく準備に時間がかかると思うからそれ以外で」
クッキーやクレープや、フランくらいなら材料はすぐ揃うと思う。
「そうだね……そろそろ旬のスリーズのクラフティがいいな。知ってる?」
「クラフティはわかるけど、スリーズってどんなもの?」
タルト生地が敷いてあるものとないものがあるけど、型に並べた果物の上にクレープと似た生地を流して焼いたもののはず。
フランも卵が多くなるだけで似たようなものだけど。
「赤くて小さくて甘酸っぱくて真ん中に種が入って……アミさんの食感の良い梅漬けにもなってた」
さくらんぼかな?
「わかった、うまくいくかわからないけど挑戦してみるね。……私も食べたいから」
フランシスのためにって言うとちょっと照れちゃうから、私はそんなふうに言った。
「うん、楽しみにしてる」
「……気長に待っててね」
フランシスはこれまで会った男の人の中で一番話しやすい。
ただ、ふと視線をあげると私のことをじっとみつめていることが多くてびっくりしてどきどきしちゃうけど。
なぜかこのどきどきはいやじゃない。
「フランシス……食べちゃおう?」
「……うん」
あんなにたくさん握ったのに、次々と彼のお腹におさまっていく。
あみちゃんがもっと握って大丈夫と言った訳がわかった。
「フランシスが気持ちよく食べてくれて、嬉しい。作り甲斐があるね、もっと色々食べてほしいな」
私の呟きに、ぐっと喉で変な音を立てたフランシスがむせた。
「慌てなくても大丈夫だよ?」
背中を叩きながら私は言った。
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