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 あみちゃんはこの世界で困っていたところを男の人に助けられて、その人に色々教えてもらううちに仲良くなって結婚し、この村に引っ越してきたらしい。
 その旦那様は半年ほど前に亡くなり、子どもはいなくて今は一人暮らしをしているそう。
 誰か他の人の話を聞いているような、不思議な感覚がある。

 この村はわりと海に近いらしく、塩が手に入りやすいのもあって、どうにか梅干しや味噌やぬか漬けにチャレンジしているうちに、村の雑貨店に発酵食を置かせてもらうようになったらしい。

 食卓に並ぶ、こちらの世界の野菜は日本とそれほど変わらないのか、二人でいた頃と同じようなおかずで、なんだか安心する。

「いただきます」
「いただきます……おいしい……ひさしぶりだな……おばあちゃんの味みたい」
「だって、私がもうおばあちゃんだもの」

 私はまだ慣れないけれど、あみちゃんにとっては五十年も経っている。

「アパートはそのままだし、おばあちゃんのぬか床もだめになっちゃうね。……私、毎日かき混ぜていたのにな」
「それは、残念ねぇ……こんなことになるなんてお互い思わなかったものね。……おばあちゃんに会いにいくこともできなかったし、仕事もお父さんのことも気になっていたの……迷惑かけたよね……」
「私も、一度も会いにいけなかった……」

 おばあちゃんが亡くなったことはまだ、今は話したくなかった。

「仕事は休職扱いって言ってたけど、今度は私もだから……二人ともクビだよねぇ。……お父さんは」
「いつも通りだった?」

 ふふっと笑うから、なんで答えていいかわからなくてうなずく。
 こういうところに積み重ねてきた年月の違いを感じるかも。

「この年になるとね、あの当時のお父さんは私たちに関心もなかったけど、どう接していいかもわからなかったのかな、とも思うの。それに、愛情を知らない人だったのかなとか想像できるようになってね。……だからと言ってあれは育児放棄よねぇ。……あの時、おばあちゃんとゆみがいたからひねくれないですんだと思う」

「うん……私もあみちゃ……あみさんとおばあちゃんのおかげだと思う。……お父さんのことは昔から好きじゃないけど」
「そうだと思った。……やっぱり前みたいにあみちゃんでいいよ。間違いそうだし、そういう民族ってことにすれば」

 あみちゃんが笑うから私もつられて笑う。

「やっぱりもっと早く会いたかったなぁ……」
「そうね……でも来てくれて、本当に……嬉しい……」

 くしゃっと笑うあみちゃんの、目尻のしわが優しくて。
 なんだか胸がいっぱいになる。

「ゆみさえよかったら、一緒に仕事しない?この後雑貨店から商品を引き取りに来てくれるから、フランシスに紹介するわ」
「フランシス?」

「ええ、ゆみが庭に倒れていたのをここまで運んでもらったのよ。だからお礼も言って。不思議と言葉は通じるから」

「わかった。……あみちゃんちの庭に倒れるってすごい確率だよね」
「……私もそう、思う。……なにかの巡り合わせかしらね……よかったわ」
「うん」








「アミさん、こんにちは」

控えめなノックの後に入ってきたのは、二十歳くらいの綺麗な顔をした男の子だった。
 薄茶色の髪に瞳で、西洋的な彫りの深い顔立ちなのに、言葉は聞き取れる。

 不思議に思ってあみちゃんを振り返ったらにっこり笑って頷いた。
 もしかしたら、あの魔術師の日誌に言葉を理解できる何かが仕組まれていたのかな?
 そうとでも考えないと、納得できない。

「フランシス、いつもありがとう」
「この頃暑くなってきたから梅干し多めにほしいって」

 二人の会話におずおずと加わる。

「……あの、はじめまして……」
「はじめまして。具合、もういいの? 今は顔色も良さそうでよかった……俺はフランシス。君は?」
「ゆみです。昨日は助けてくださってありがとうございます」
「うん。あんなところに倒れていたからびっくりしたよ……」
「あ、はい……」

 頭を子どもにするみたいにポンポンされて、ちょっと困惑する。

「フランシス、彼女は私の孫なの。これから一緒に暮らして仕事を手伝ってもらうからよろしくね」
「……アミさんの孫? そういえば、目の色が一緒だし、雰囲気似てるね」
「かわいいでしょ?」
「うん、かわいい」

 私の頭を今度は優しく撫でる。

「……フランシス、その子十八よ?」

 あみちゃんの言葉にまじまじと私の顔を見る。

「成人してるんだ。あまりにかわいらしくて……ごめんね?」
「いえ……大丈夫です」
「私たちの民族は小柄だし若く見えるみたいよ?」

 あみちゃんがそう言って笑うから、フランシスさんはいくつなんだろうと思う。

「フランシスさんは……」
「フランシスでいい。俺も十八だから」

 にこっと笑う。
 これまで周りにいた中学時代のやんちゃな男の子や、職場の男の人とは違って、彼には警戒心が働かないことに戸惑う。

「娘が亡くなって、私しか身寄りがないの。だから、優しくしてね」
「はい、もちろん。よろしくね」

 あみちゃんが、小瓶に詰めた梅干しをいくつかカウンターに置いた。

「これは去年のものね。足りなければおととしのものも持って行ってみる?」
「……はい、試しに五個お願いできる?」
「わかったわ。ゆみ、手伝って」
「はーい」

 あみちゃんに足元の大きなカメから菜箸で十粒ずつ詰めるよう言われた。

「へぇ……器用だね。ハシって難しいのに」
「…………」

 フランシスにじっと見られているとやりにくい。
 見ないでとも言いづらい。
 あみちゃんに言われるまま五つの瓶に詰め終わるとふーっと息をついた。

 視線を上げると、フランシスと目が合ってにこっと笑うから、ずっと見つめられていたのかと思うとかーっと顔に熱が集まった。
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