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 あみちゃんがいなくなったその日、お父さんはじゃあなと言って去った。
 私は初めてひとりぼっちで、電気をつけたまま布団をかぶる。

 おばあちゃんと話したい。
 一人で会いに行こうかな。
 でも、行方不明だなんて心配かけたくない。
 それに、あみちゃんが帰ってきた時に私がいないと悲しむと思う。

「明日にはあみちゃんが帰ってくる。大丈夫。帰ってくる。みんなそう言ってた」

 みんなが言ったことが必ずしも正しいわけじゃないこともわかっている。
 真面目なあみちゃんが無断欠勤なんて考えられない。
 今どこにも連絡できなくて困っていたらどうしよう。
 不安が押し寄せる。
 でも、明日帰ってくるって信じたい。
 こんな気持ちで眠れるわけがないと思ったのに、私は目覚ましの音に起こされる。

 日々それの繰り返しで。
 だんだんと周りは日常に戻っていって、あみちゃんは休職扱いになって、新しい人が雇われて、その話題が上がることも減っていった。
 あみちゃんが帰ってきたら気持ちよく過ごせるように、アパートだけは綺麗にして家と職場を往復する。
 もしかしたら、今日は帰っているかもと思いながら。
 
 そんなふうにして私はなんとか毎日を過ごしていたけれど、ポストに入っていた書類の意味に気づいて、心が粉々に砕け散った。

「あのばあさんが亡くなって、息子がそのアパートを相続したらしい。だから、それは新しい契約書だ。……ところで、お前はいつまでそこに住む?お前も働いているし、契約が切れるまでの半年は払ってやるが、住み続けるか引っ越すかよく考えて決めろよ。あみもいないんだから」
「うん……考えておく……」

 お父さんとの電話を切った後も頭が回らなくて、ぼんやりと契約書をながめる。

 おばあちゃんが死んじゃった。
 まだ一度も会いに行ってないのに。
 どうして。
 なんで。
 あみちゃんも帰ってこない。
  
 コトン、とあみちゃんの部屋から音がした。
 
「あみちゃん!帰ってきてたの?」

 部屋を開けると、あみちゃんが消えたあの日のまま。
 あの時からこの部屋だけ止まっている。
 もう一度コトンと上から聞こえてきた。
 二階の人が何か床に落としたらしい。
 
「あみちゃん……どこにいるの?」

 布団の上にはあの古書を置いたままにしてある。
 私はぼろぼろと流れる涙を拭ってそれを開いた。

 これは物語じゃない。
 業務日誌の最後の一言にプライベートが書かれているだけ。

『魔術師協会の会議。議題、魔道具の違法販売について。有用な案を各自次回提出。僕は彼女に恋をした』
 
 すべてがこの調子で。
 私は最後の一文のみを追いかける。

 真面目な魔術師の男の名はブライアン。  
 彼が恋をして結ばれて。
 戦いに行くから待っていてほしいと恋人と約束したけど、たった三か月の間に他の金持ちの男と結婚して国を出てしまった。

 つらい。
 苦しい。
 悲しい。
 会いたい。
 淡々と書かれているから、今の自分のあみちゃんを思う気持ちと重なってますます泣けてくる。

 読み進めると恋人は借金のカタに親に売られ、夫の暴力により一年と経たず命を失ったことを知る。
 恋人が本心から裏切っていなかったこと、もっと早く気づいて助け出せなかったことを後悔するところで終わっていた。

「あみちゃん……これって救いがどこにあるの……?」

 私は本を抱えて泣きながら横になる。
 
「物語はハッピーエンドじゃなくちゃ、つらすぎる……」









 目を覚ました私は見たことのない天井をぼんやり眺めていた。

「もしかして、ゆみ?」

 声の聞こえたほうへ顔を向けると、白髪の優しそうなおばあさんが焦げ茶の瞳を潤ませている。

「こんなことがあるなんて……!」

 私を知っているらしいこの人を、私は知らない。
 起き上がって私は尋ねる。

「あの……どなたですか……?」

 息を呑んで口元を覆う彼女の仕草になんだか懐かしさを感じた。

「信じられないかもしれないけど、私はあみよ……今六十八歳で、あの日から五十年経つんだわ……」

 そんなことありえない。 
 あみちゃんがいなくなって一年も経っていないのに。

「ねぇ、ゆみでしょう? あの日のままだわ…………本を読んだのね」     

 魔術師ブライアンの業務日誌のこと?

「はい、ゆみです……でも……」
「信じられない、よね。……私もこっちに来たばかりの頃ものすごく困ったもの」

 その後、あみちゃんしか知らない二人の秘密をいくつもあげるから、信じるしかなかった。
 お互いにどうしてこんなに時差があるかわからないし頭の中は混乱したままだけど、目の前にいるのは歳をとったあみちゃんだと、信じるしかない。

「……ここはあの本の魔術師が存在した世界なの。……魔術が発達しているのは王都周辺で、この村は全くそういうのはないし、電気やガスもないけれどとても住みやすくて暮らしやすいのよ……もう一度ここで一緒に暮らそう?」

 歳をとったあみちゃんにぎゅっと抱きしめられて、会えた嬉しさと変わってしまった悲しさが混ざってわけのわからない涙が溢れる。
 それでも一生会えないままより、断然いい。

「あみちゃん、すごく……会いたかった! もっと早く会いたかったけど……生きていて、嬉しい……」
「私も……ゆみのこと、ご飯食べてるか、困ったことないかずっと気になってた……ごめんね……」
「どうして、あみちゃんが謝るの……?あみちゃんだって、気づいたらこの世界にいたんでしょ……?」
「そうだけど、それでも……」

 二人で目を合わせて泣き笑いする。
 少し落ち着いてくると、今後お互いの立場をどうするか話し合った。

「ゆみは……私の……娘は無理があるわよね……孫よねぇ、うん。……駆け落ちした娘の子。違うわね……うーん、ここに住む前に育てられなくて里子に出した娘の子、ということにしよう……長くこの村に住んでいるからそれが一番ボロが出ないかな」  

 昔も本の世界に没頭するとこんな感じだったっけ。

「じゃあ、私はあみさんって呼ぼうかな。これからよろしくね、あみさん」

 
 


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