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しおりを挟むジョン・マサイアスのこと?
今の会話に情報量が多くて整理が追いつかない。
「ねぇ、ロッド」
まず10年も時を戻した息子のことが心配だった。
言わないだけでとんでもない代償を払うことになるのではないかと不安になる。
「なに、母様?」
「命をけずってはいない……?」
「それはないよ。その……ぼくが天寿をまっとうした後、時戻りの神の花婿となる約束をしただけ」
サラッととんでもないことを言う。
「ロッドは生きている間、結婚できないということ?」
「それは好きにしていいって。でもぼくは結婚しないと思う」
ほんの少し顔を赤らめた息子を見て、父親と同じで1人の女性しか愛せない、一途さを持ち合わせているのだと思った。
きっと時戻りの女神様に恋したのかもしれない。
「……そう」
時が戻ってしまったのなら、今を受け入れるしかない。私だって子どもたちの行く末を見守りたいし、あのまま命を落とすなんてやり残したことが多すぎる。
「ロッド、ありがとう。あなたにこの命は救われたのね。大変な決断をさせてごめんなさい。今度は体調に気をつけて大切な人たちと過ごしたいわ」
叱られるとでも思っていたロッドの顔が明るくなる。
「それなら母様、早く離婚しようよ! だからさ、ジョンおじさんと再婚したらいいと思うんだ」
ロッドはアラン様の双子の弟、ジョン・マサイアスにとてもなついていた。
明るくて少年のような心を持った彼に、子どもたちは幼い頃たくさん遊んでもらったし、父親よりも距離が近かった。
正直夫よりも夕食を一緒に食べた回数は多かったと思う。
「ジョンおじさんは母様が理想で、結婚したかったって何度も言ってたし、ずっと独身でいたのは母様のためだって」
気さくでその場の雰囲気を読む彼は、堅苦しいアラン様より社交界で人気があるという。
「ジョンおじさんは母様が手に入らないから、ほかの女性になぐさめてもらっていただけだって。だけど10年前の今ならそんなに」
息子から飛び出した言葉に一瞬顔をしかめてしまった。
「彼と話をするのは楽しいわよね。嘘がいっぱいだけど。ジョン・マサイアスが結婚しないのは着飾ることと女性にちやほやされるのが大好きで、もらった遺産を自分のためだけに使いたいからよ。足りなくなってくるとこの領地の与えられた屋敷に戻ってきて、我が家に食事をしに来て、代わりにあなたたちと遊んだのだわ」
しばらくするとアラン様が王都のタウンハウスに呼び寄せて、ジョン・マサイアスは新たな女性と出会う。
裕福な貴婦人と優雅に遊んで、たいていきれいに別れているようだった。
「そんな……」
「いつも流行のものを身につけていたでしょう? 働いていないのに」
「ジョンおじさんは投資家だって言ってました、宝石の……」
ロッドの声が小さくなる。
「そうね、宝石をたくさん持っていたわね。自分でも買っていたけど、プレゼントもされていたからお金に困ると、うまく加工して高く売っていたようだわ」
「…………母様、ジョンおじさんの話は忘れてください。ごめんなさい」
「聞かなかったことにするわね」
「でも、父様と子爵夫人には復讐するべきだよ! 王族主催のパーティーに一緒に行くなんてありえないし、噂もひどいものでぼくは……!」
息子の声が大きくなる。
下着姿の子爵夫人とアラン様が目撃されたというものや、ふしだらなパーティーに参加していたというものもあったのを思い出す。
「だいたいの噂は知っているわ。でも復讐なんて興味ないの」
「どうして!」
意味がわからないといった顔をする息子の手に触れた時、静かにドアが開いてアラン様が顔を出した。
「廊下まで声が聞こえていたぞ。……ロッド、夫婦のことに子どもが口を出すべきではない。だが、私が一つ答えよう」
一瞬目を泳がせたものの、ロッドはすぐに顔をそむけた。
どこから聞かれたのか、気まずくもある。
アラン様はロッドの向いにベッドをはさんで立った。
「ケイトリンは私の妻で、私のものなのだ」
「母様をもの扱いするのはおかしい、母様は」
何か言いかけたロッドの手を私が握る。
「あのね、あれでも、私を好きだと言っているのよ」
「まさか……それなら子爵夫人のことは?」
アラン様を見つめると、微かに頷いてくれたので私が説明することにした。
「ナタリーのことよね? 子爵夫人は、会員制の高級ランジェリーショップのオーナーなの。パーティーには気心の知れたアラン様が亡くなった旦那様の代わりにエスコートしていただけで、2人が元婚約者同士ということも宣伝に使っただけよ。それに社交界で余計な色恋沙汰に巻き込まれないですむのよね?」
アラン様は眉間にシワを寄せたまま、うなずいた。
「ケイトリン、子どもに対して正直に言い過ぎではないか?」
「ロッドはあなたに似てとても賢い子ですもの。それに遠くない未来に社交界に出るのですから問題ありませんわ」
ロッドの精神が20歳を越えているから、今の姿が10歳程度の子どもだということを忘れてしまっていたけど、夫は納得してくれたらしい。
ロッドは私とアラン様を交互に見てから口を開く。
「完全に理解したわけじゃないけど……母様が幸せで、長生きしてくれたら、ぼくはいいんだ」
「そうか。これからは誤解されないように気をつけよう。子どもたちに示しがつかないからね」
アラン様が真面目に答えたけれど、私は首を横に振った。
「今まで通りでかまいませんわ。ナタリーと一緒ならほかの女性が寄ってこないでしょう? 彼女ほど豪気な方はいませんもの」
その辺の男性より強くて勇ましくて商売根性がある。彼女が男性だったら心を奪われていたかもしれないと思うほどに。
「いや、子どもの耳に入るほど噂が広がるなんて不本意だから、これまでのやり方は見直すつもりだ。それにケイトリン、1週間も寝込むなんて、初めてだろう? しっかり医者に診てもらった方がいい。領地の仕事が忙しかったか? 今後はもう少し頻繁に帰ってこようと思う」
「領地のことはもともと書類の整理くらいしかないじゃないですか。今まで通りで大丈夫ですわ」
「いや、私が嫌なんだ。月に1度は帰る」
「いえ」
そんなやりとりをしていると、息子がポツリともらした。
「思ったより、仲がいいんだ」
アラン様の眉間に深くシワが寄る。
子どもの前では何事にも動じない貴族夫婦の見本となるような男でいたいらしいけど、ロッドの存在を忘れるくらい感情的になっていたみたい。
いかめしい顔のまま夫が息子に声をかける。
「ロッド、そろそろベッドへ行きなさい」
「はい……おやすみなさい、母様。父様」
立ち去ろうとするロッドの手を軽く引いて、私は耳元でささやいた。
「復讐は必要ないわよね? これからもあなたたちの成長を見守ることができて嬉しいわ。ありがとう、ロッド。おやすみなさい」
ほっとしたような、気の抜けたような複雑な顔をしたロッドが出て行った後、アラン様が私の手をとって口づけした。
「息子は私のいない間にすっかり妻のナイトになっていたんだな。ゆずるわけにはいかないのだが」
「アラン様ったら……」
「さて、私にしてほしいことはあるか?」
生真面目で堅物と思われている夫は、2人きりになるととても優しくて献身的。
言葉が足りないことも気にならないくらいに。
でもこのことは誰にも教えなくていいと思っている。
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