回帰したけど復讐するつもりはありません

能登原あめ

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「……かあさま?」

 長くて深い眠りから覚めた時、目の前に幼い顔をした息子がいた。
 大人になる前の人形のように可愛かった頃。

「……まだ夢をみているのかしら」

 勝手に口元がゆるむ。

「母様……っ! よかった……もう目がさめないかと、ぼくは……っ」

 目元を赤くして私にしがみつくロッドの髪をそっとなでる。
 そういえば昔は涙もろかったのだわ。
 でも妹が産まれてから我慢するようになって――。

「母様、もうがまんしないでいいんだ! 10年前からやり直せるから! だから」

 幼さの残る息子の顔に成長した大人の顔が重なって見えた。

「父様と別れてください。母様をだました2人――子爵夫人に復讐しよう」
「……はい?」

 一体何が起こったのか、なぜそんなことを言うのかわからなくて、とまどっているとロッドがにっこり笑って私の手をにぎる。
 これは夢。息子が離婚と復讐を勧めるなんて本当におかしな夢。
 体温を感じるなんて不思議だけど。

「よかった……ぼく、お祖父様から10歳の誕生日に小さな屋敷の権利書をもらったんだ。男の隠れ家だって。前は黙っていてごめん。でも今回は色々準備するから。母様がこの先笑顔で暮らせるように」

 頭の中にたくさんの疑問が浮かんで、何から聞いたらいいかわからない。
 ロッドは本当に嬉しそうな笑顔を浮かべている。
 するとノックの後すぐに扉が開いた。

「失礼いたします。ロッドぼっちゃま、勉強の時間ですよ。先生がいらっしゃいました」

 とうの昔に辞めたはずの侍女がロッドに小さな声で言う。

「母様、またあとでお話ししよう。今の話は秘密だよ。これは夢じゃないからね」
「……え? ええ」

「まぁ奥様、目が覚めたのですね! すぐにお医者様と、それから何か食べ物をお持ちいたします!」
 
 ロッドと侍女が部屋を出た後、ぼんやりとした頭のまま身体を起こす。
 もう熱は下がっていて、だるさは残るものの気分は悪くなかった。

 少しでも身支度を整えようとベッド横のサイドテーブルから手鏡を取り出す。
 身体を拭くものが欲しい、なんて思いながら鏡に映った自分の顔を見た私は再びベッドに横になった。

「…………」

 鏡に映ったのは今の私じゃない。
 王都に着いてすぐに流行りだと言われて黒髪をバッサリ切ったのに、鏡に映った私の髪は腰まであったのだから。
 頭に手をやり、髪に指を通す。
 夫が短い髪を見てため息をついたものだけど、長くつややかで健康的な髪が目の前に広がった。
 
 天井の模様も領地の私の部屋のもの。
 ここは王都じゃない、高熱のまま馬車で移動なんてできるはずもない。

 本当に10年前――?
 これはきっと高熱が見せている夢だ。
 どっと疲れが出て、両手で目をおおった。
 





 

「ケイトリン」

 次にまぶたを開けるとロッドの隣に同じ緑色の瞳をもつ夫が私を見下ろして立っていた。

「……アラン様、いつこちらに?」
 
 夫も若返っている。
 眉間にシワを寄せ、少し機嫌が悪そうにみえるのはいつものこと。

「昨夜だ。長期休みでしばらくこちらで過ごす。……1週間、寝込んでいるそうだな。足りないものがあれば侍女に言うように」

「はい、わかりました。あなたも帰ってきたばかりで疲れているでしょう……? おやすみになって」
「ああ、そうさせてもらう」
 
 背を向けて歩き出す父親を、ロッドがにらみつけている。
 昔は話しかけたいのにどうしたらいいかわからなくてじっと見つめていたのに……そこには好意もあったのに関係が変わっているみたい。

「ロッド、ありがとう。あなたも休むのよ、私は大丈夫だから」
「ぼくは……まだ、その……おやすみのご挨拶を……」

 夫が部屋を出るのを待ってから、ロッドが話し出した。

「もう一度言うけど、これは夢じゃない。時間が巻き戻って、天に渡ろうとしていた母様の魂に負担がかかっていたのだと思う。本当に一時は危なかったから」
「……ロッドは平気なの?」
 
「ぼくは平気。母様も健康な頃の身体なのでしっかり休めば回復するはずなんだ、目が覚めたんだから」 
「そう……。きっと明日の朝になればよくなっているわね」

 体調も、頭の中も整理できるはず。
 深く考えようとすると、もやがかかったようになるのはまだ混乱しているせいかもしれない。

「母様、ここは10年前の世界なので、好きに生きていいんだ。母様のしたいこと、考えておいて」
「好きなこと、ねぇ……ロッド、みんな記憶があるの?  ジェニファーは混乱してるんじゃない?」

 娘の顔をまだ見ていないのは、社交界にデビューして楽しくしていたのに時間がさかのぼってショックを受けているのじゃないかと思った。

「ジェニファーはケーキの食べ過ぎで具合が悪くて寝ているだけだよ。それに……記憶があるのは母様とぼくだけなんだ」

「どうして?」
「母様に生きていてほしかったから。父様は王都に愛人がいてパーティーにも一緒に参加して、まるで夫婦みたいに思われている。仕事人間だと思っていたのにあんな……」

 ロッドが握りこぶしに力を込めた後、静かに息を吐いて告げる。
 
「僕が古文書で見つけた方法で時を戻した」
「古文書?」
「そう」
 
「ロッド、代償は? 昔、そういったものには声を差し出すとか光を奪われるとか聞いたことがあるわ」

 文官のアラン様も古文書が好きでたまに話を聞かせてくれた。
 ロッドが興味をもつのもわからなくはないし、夫の書斎にその手の本があったのだろう。

「たいしたことじゃないよ……僕がこの世を去った後のことだから。そんなことより、父様は文官の給料を愛人に貢いでいる。一緒によく買い物をしていたみたいだし……母様には誕生日にカード1枚だけだなんて許せないよ。再婚するなら母様をずっと想っていたジョンおじさんがいいと思うんだ」

 
 

  
 
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