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4 船旅
しおりを挟む急だったけど、前日まで働いて揉めることなく仕事を辞めることができた。
よかったらまたおいでーって言われて嬉しい。
なんだかんだと楽しくお仕事しちゃって、お仕事最終日にランチだというのにチップをたくさんもらった。
そうして出港の朝、ベルナルドさんと合流して船のチケット代をきっちり払えて一安心。
ベルナルドさんは一時的に預かりますって渋々受け取ってくれた。
本当なら私が2人分払わないといけないのに、退職金をたくさんもらったからってすまなそうに言う。
「ベルナルドさん、ごめんなさい。土地勘があれば1人で向かうんですけど」
「いや、俺が行くと決めましたし、このままではアンのことが心配で眠れません」
ベルナルドさん、優しすぎる!
勘違いしちゃうよー。
「ベルナルドさん、ありがとうございます。神殿につけば後は大丈夫と思います」
それほど大きくない船で、不安を感じつつ乗り込んだ。
案の定というか、ベルナルドさんと隣の部屋だけど、私は5日の間ほとんど横になって過ごすことになった。
途中で降り出した雨のせいで、船が揺れに揺れたから!
船酔いして気持ち悪くて、食事も初めての船旅も全然楽しめなかった!
「アン……馬車を手配するのでそれで神殿まで向かいましょう」
最初はベルナルドさんが馬に2人乗りする算段でいたけど、今の私に揺れる乗り物は無理だと思う。
本当は早く向かったほうがいいし、ベルナルドさんと密着して馬に乗れる機会なんてもうないけど……ベルナルドさんの前で吐きたくない!
「馬なら1日半というところでしょうが、馬車なら3日……いや、2日半で……アン、しばらく眠っていてください。なるべく揺れない道を選びますから」
ベルナルドさんが御者の隣に座って、馬車が走り出した。
途中で宿に泊まり、3日目の朝には神殿に着いたのだけど――。
「神官長が旅立った?」
神殿に人気がなく、いたのは神殿とは関係がなさそうな筋肉隆々の男達ばかり。
嫌な予感しかしない。
私のことをじろじろ見るから、思わずベルナルドさんの背中に隠れた。
「お嬢ちゃん、そんななよなよしたやつより俺のほうが強いぜ!」
細マッチョのベルナルドさんをなよなよと呼ぶくらいに、確かにゴリラな方達ばかりだけど!
「だれか神官は残っていませんか?」
ベルナルドさんは怯むことなく、質問する。
「あー……。えーっと、指示出してくるやつは昼くらいに顔を見せるはずだ。神殿横の建物にやってくる。いつもこんな早くに顔は出さねぇよ」
「わかりました……またあとで顔を出します。ところで神官長はどこへ?」
気になっていたよ!
生きているんだよね?
白髭を貯えていたけど、肌ツヤよくて、そこまで高齢ではなさそうだったし、最後に会った時はピンピンしていたのに……。
「あ~? あんなに派手に旅立ったのに見てないのか。ずいぶん田舎からやってきたんだなぁ。……国中の教会を査察するんだとよ。旅行だ、旅行! 聖女様のおかげで俺達が生きている間は安泰だから、ぞろぞろ神官を引き連れて、長い長い行列でさぁ。みんな白い衣装で白馬と白い馬車、そりゃあ見ものだったぜ!」
何その優雅な旅は!
神官長や神官達がいない中で私は還れるの?
なんか心配になってきた。
ベルナルドさんが私を安心させるように肩をぽんと叩く。
「今は待って、話を聞きましょう。先に朝食にしましょうか」
「はい」
ベルナルドさんに連れてこられたのは、いわゆるバル――お酒も飲めるカフェみたいな雰囲気の店で、朝から開いてて驚く。
船を降りた日は胃がぐるぐるしたけど、途中で宿に泊まって回復した後は、馬車の揺れは船と比べたら全然楽で、今はコーヒーの香りにお腹が空いてきた。
「アンは何を食べますか? チュロスとホットチョコレートもありますし、生ハムとトマトをのせたパンもありますよ」
チュロスとホットチョコレートが、私の中で日本の味噌汁くらい朝の目覚めの定番になってしまったかも。
でも、コーヒーも飲みたいし、パンもおいしそう。
「ベルナルドさんは?」
「俺は……生ハムとトマトのパンとコーヒーにします。アンが最初に食べたいものから頼んだらどうですか? 時間もありますし、追加で頼めばいいので」
そう言われて私はチュロスとホットチョコレートにした。神殿で暮らしていた時に出されたものより、どろりとしてとても甘くて濃い。
チョコレートが残ったら指ですくって舐めたいと思うくらい危険なおいしさだった。
「……ベルナルドさん、すごくおいしいです」
「よかったです。この店は人気があって護衛の奴らも気に入ってました」
そう言いながら顔くらいあるサイズのパンが、ベルナルドさんのお腹の中へ消えていく。
護衛騎士の皆さんは神官長について行ったんだろうな。
私の視線に気づいて、少し首を傾げてから彼が皿を差し出した。
「味見、してみますか?」
思わずパンとベルナルドさんを交互に見てしまう。相手が女友達だったらためらわずに一口もらうけど、ベルナルドさんだとやっぱりちょっと……ためらっちゃう。
「どうぞ」
ベルナルドさんがナプキンで手を拭いてから、一口ちぎって私の前に差し出した。
「おいしいですよ。半分のサイズで頼むこともできますから」
これは口を開けて食べるべき⁉︎
ベルナルドさん、あ~んになってることに気づいてないのかな?
じゃあ、私が変に意識しなければいいのかも。
「いただきます」
エイッと勢いをつけたら、ベルナルドさんの指ごと噛みそうになったけど……多分セーフ。
「…………おいしいです」
「ですね。……もっと、食べますか?」
ベルナルドさんがもう一口ちぎって差し出す。
えーと、えーと、恥ずかしいんだけど、ベルナルドさんは真顔だし真面目だし堅物だし!
「あ~ん」
ピシ、と音がしたみたいにベルナルドさんが固まった。口を開けて間抜けづらの私は、ゆっくりと閉じて、ベルナルドさんの手からそっと指でパンを抜きとった。
「えーと、これでもう十分です。ありがとうございます」
「……あ、あぁ。失礼した」
ベルナルドさんが動揺しているのが伝わってきて、パンを飲み込んでから立ち上がる。
「コーヒー、買ってきますね。ベルナルドさんもおかわりしますか?」
「いや、大丈夫、です。代わりに私が……」
「いえ、食べていてください。私が味見しちゃったので他にも何がいりますか?」
「味見……」
そうつぶやいて赤くなってしまったのだけど、ベルナルドさんの赤くなるポイントがよくわからない。堅物だから……? 純情すぎない……?
「いえ、その、何も……」
「じゃあ、コーヒー買ってきます」
ベルナルドさんが意識しちゃったら、私だってそのまんまじゃいられない!
少しぎくしゃくとしながらも朝食をのんびりとり、街を歩いて散策した。
還る前に最後のデートみたいと思いつつ、ベルナルドさんと並ぶ。
「神官長は北の方へ向かったよ! これから暑くなるから寒い地方を先に回るって話だった」
「そうか、どのくらい前に?」
「ちょうど1週間前だよ。街はようやくいつも通りに戻ったところだね」
ベルナルドさんが馴染みの屋台の店主と話すのを横で聞く。
私がもっと早く戻っていたら、会えたと思うと悔しい。
「それは見れなくて残念だ」
「まぁ国中を回るって言うから、そのうち目にするチャンスもあるよ。全部の教会を回って修繕するって言ってたからね」
「そんなに資金に余裕があるの?」
国中ともなると莫大なお金がかかると思うけど。
思わず私がした質問に、店主がにっこり笑った。
「そりゃあ、清廉な聖女様が一切の金品を受け取らなかったというんで、国が用意していた報奨金の一部を当てることにしたらしい」
ええ⁉︎
いいんだけどね、いいことに使ってもらえるのなら。
でもさ。
私、もらっておけば良かった!
そしたら、あの島で働く必要もなかったし、もっと早く神殿に戻れたのに‼︎
「聖女様は素晴らしい方だから」
「本当、本当! 騎士様もデートを楽しめるくらい平和な国になってよかったな」
「……はい、本当に」
子供みたいに地団駄踏みたい!
頭の中がごちゃごちゃのまま、私達は神殿へと向かった。
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