上 下
3 / 14

3 再会

しおりを挟む


「おおぅ! アンじゃねぇか! これからは夜も働くのか? さっそくオルホを頼む」

 この島特産のひとつ、オルホはワインを作る時に残ったぶどうの搾りかすから作るお酒で、この店のは度数が40度くらいある。
 安くて人気の飲み物で意外と飲みやすい。
 
「ありがとうございます、ミケルさん。今夜だけですよ! 特別ですから」
「おお? 特別か――なんか嬉しいな。じゃあ、つまみも見つくろってくれ」
「はーい!」

 ミケルさんは肉にかぶりつくのが好きだから、骨つき肉にしよう。それと、すぐに出せるオムレツやピンチョスかな。

 ざわざわした店内で、視界の端に男が座ったのが見えた。
 ちょうど私の担当するテーブルで、常連さんなのかも。
 メニューも見ずに私に声をかける。

「すまない、ジンを頼む。ジュニパーベリーだけで作られた島のものを」 
「はい! 島のジンですね。ちょっと待ってくださいね!」

 顔を向けて驚いた。
 シャツとパンツという軽装のベルナルドさんだったから。

「……聖女様?」

 ベルナルドさんのポカンと口を開けた顔なんて珍しくてちょっと笑いたくなる。
 今の私はただのアンで、この島には聖女だったことを知っている人はいない。
 言われたことがないし、神殿から出ることも少なかったから知られていないはず。
 それに自分から言うのも恥ずかしい。
 
「あー、えっと、アンと呼んでください! 私はアンです。ベルナルドさん、あとで話をする時間をくださいませんか?」
「…………」

 なぜか驚いたまま固まっている。

「あの、ベルナルドさん、忙しいですよね。ほんの少しの時間でいいので……私」
「わかりました、アン。……仕事が終わるまでここで飲みながら待ちます」
「……っ、ありがとう、ベルナルドさん!」

 いいタイミングで会えたかも!
 もしかして、神様っているんじゃない?
 ベルナルドさんに話を聞いてもらって、神殿へ早く行けるように協力してもらいたい。

 一緒に行ってもらえるのが一番だけど、お休みでこの島にいるのか仕事なのかわからないから。
 その夜はベルナルドさんをチラチラ見ながら仕事をこなした。








「お待たせしました……ベルナルドさん、会いたかったです」
「……っ⁉︎ そう、なのか……俺も、です」

 ベルナルドさんの顔が少し赤くて、もしかしたら結構お酒が回ったのかも。

「あの……込み入った話をしたいんですが、私はこのレストランの寮に入っているのでどこか別の場所に」
「俺の家がここから近いので行きましょう。祖父母の家で結構広いので」

 ベルナルドさんが食い気味に言った。もしかしたら結構酔っているのかな。立ち上がった時、ちょっと体が揺れたから。

 これは無事に帰れるように見守った方がいいかも。近くなら迷わず戻って来られるはずだし、この辺りは夜中まで明かりが灯っている。
 それに、地元の警備団が夜の見回りをしてくれているから女の子も安心して歩ける。

「はい、じゃあ、お邪魔します」
「聖……アンが邪魔なんてことはありませんよ」
 
 ベルナルドさんは相変わらず真面目で、謎の安心感に包まれた。
 こっちではそんな言い方しないのかな。
 おじいちゃんとおばあちゃんがいるなら何か手土産が欲しかったけど……気づくのが遅かったな。
 ベルナルドさんの隣に並んで歩きながら話す。

「ベルナルドさん、この島の出身だったんですか?」
「いえ、幼い頃はよく遊びに来ていました」
「……今休暇ですか?」
「いや、……あ、ここです。どうぞ」

 古い家ではあるけれど、趣きがあってしっかりした造りはベルナルドさんっぽく感じる。
 電気が消えているから起こしてしまわないよう静かにしなきゃ。

「お邪魔します……ステキですね。風が通って涼しそうです」

 私は小声で話すけど、ベルナルドさんは酔っているからか声が大きい。

「あぁ、屋根が高いから窓を開けておけば熱がこもることはほとんどないですよ」

 2人が起きちゃうんじゃないかとヒヤヒヤしつつ、案内されるままソファに腰かけた。

「仕事の後で疲れたでしょう? 何か飲みませんか? 茶ならありますから」
「えっと。物音を立てたらみなさん起きません?」

 ベルナルドさんが、目をぱちくりさせた。

「みなさん? 祖父母は本土に渡りました。この家は俺が譲り受けたんです。……なので、まず、お茶を淹れますね」

 えーと、じゃあ、2人きりということ?
 ちゃんと確認しないでついていくなんて、好きな人に会えた嬉しさで頭が回ってなかったみたい。

 でもベルナルドさんは真面目だし、態度も前と変わらないし、私のことは今でも聖女扱いなのかな。
 ちょっと複雑でもある。

「お願いします」

 キッチンとリビングが一緒の造りらしく、ベルナルドさんが慣れた手つきでお湯を沸かし始めた。

「ベルナルドさんはいつこの島に来たんですか? 私、どうやら間違ってこの島に飛ばされてしまったみたいなんです」

「俺は半月前にやって来ました。……多分ですが、帰還の儀がうまくいかなかったのですね。あの夜は、月に雲がかかっていましたから……」

 え?
 月に雲がかかっていたっていう、繊細な理由で私は帰れなかったの⁉︎

「まさか、そんな……」
「あなたがここにいるということは、そういうことだと思います」

 ベルナルドさんは神妙な顔で私を見つめた。

「やはり還りたいですか?」

 ベルナルドさんが私の前にひざまずいて、手を握る。

「アンはこの2ヶ月、ひとりで頑張ってきたんですね。この先は私が護りますから、一緒に神官長に会いに行きますか……?」

 ベルナルドさんはもう、私の護衛騎士じゃないのに……。
 好きな人にそんなことを言われたら、想いが強くなってますます好きになっちゃうのに。
 久しぶりに会ったベルナルドさんは、ベルナルドさんのままで、カッコいい。

「お仕事は大丈夫ですか? 私はついてきてもらえたら心強いですけど」
「あぁ、それは心配しなくて大丈夫です。実はあなたが還るあの日、1年前から仕事を辞めることが決まっていました」

「え?」
「出奔した兄の代わりに家を継ぐことになっていたのですが……結局兄が戻って家を継ぐことになったので、俺はしばらく旅をしてから島暮らしをすることにしたんです。ですが……こんなことならもっと早く戻ればよかったです」

 ベルナルドさんがぎゅっと私の手を握った。
 落ち着いて聞いて下さい、と告げてから。

「実は、ここへ来るまでの間に神殿を新しくするという噂を聞きました。聖女様の加護で10年以上安泰だと考えられているので、新しく建て替えるらしいです。事実、木材や職人が集められているようですし……なので、急いで神殿へ向かいましょう」

 そんな話、この島には聞こえてこなかった!
 雨季だから船便も少ないし情報が遅いってのもあるだろうけど、夜はもしかしてそんな話題もあったのかな?
 のほほんと満喫してる場合じゃなかったよ!

「神殿が壊されたら、私が召喚された場所もなくなってしまうって、ことですよね?」
「そうです。本当なら今すぐ向かいたい」

 船が出港するまで、あと3日!
 どうか晴れて!
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【R18】純情聖女と護衛騎士〜聖なるおっぱいで太くて硬いものを挟むお仕事です〜

河津ミネ
恋愛
フウリ(23)は『眠り姫』と呼ばれる、もうすぐ引退の決まっている聖女だ。 身体に現れた聖紋から聖水晶に癒しの力を与え続けて13年、そろそろ聖女としての力も衰えてきたので引退後は悠々自適の生活をする予定だ。 フウリ付きの聖騎士キース(18)とはもう8年の付き合いでお別れするのが少しさみしいな……と思いつつ日課のお昼寝をしていると、なんだか胸のあたりに違和感が。 目を開けるとキースがフウリの白く豊満なおっぱいを見つめながらあやしい動きをしていて――!?

【R18】えっ、このスケスケの布が伝説の聖女のローブなんですか!?

茅野ガク
恋愛
憧れの聖騎士様と探しに行った伝説のローブがスケスケだった聖女の話 ※他サイトにも投稿しています

騎士様に甘いお仕置きをされました~聖女の姉君は媚薬の調合がお得意~

二階堂まや
恋愛
聖女エルネの姉であるイエヴァは、悩める婦人達のために媚薬の調合と受け渡しを行っていた。それは、妹に対して劣等感を抱いてきた彼女の心の支えとなっていた。 しかしある日、生真面目で仕事人間な夫のアルヴィスにそのことを知られてしまう。 離婚を覚悟したイエヴァだが、アルヴィスは媚薬を使った''仕置き''が必要だと言い出して……? +ムーンライトノベルズにも掲載しております。 +2/16小話追加しました。

【R18】聖女のお役目【完結済】

ワシ蔵
恋愛
平凡なOLの加賀美紗香は、ある日入浴中に、突然異世界へ転移してしまう。 その国には、聖女が騎士たちに祝福を与えるという伝説があった。 紗香は、その聖女として召喚されたのだと言う。 祭壇に捧げられた聖女は、今日も騎士達に祝福を与える。 ※性描写有りは★マークです。 ※肉体的に複数と触れ合うため「逆ハーレム」タグをつけていますが、精神的にはほとんど1対1です。

【R18】触手に犯された少年聖女を見て興奮した俺はヒトとして獣人として最低です

アマンダ
恋愛
獣人騎士のアルは、護衛対象である少年と共に、ダンジョンでエロモンスターに捕まってしまう。ヌルヌルの触手が与える快楽から逃れようと顔を上げると、顔を赤らめ恥じらう少年の痴態が――――。 連載中の『世界のピンチが救われるまで本能に従ってはいけません!!〜少年聖女と獣人騎士の攻防戦〜』のR18ver.となります。おなじく『男のフリした聖女は触手にアンアン喘がされ、ついでに想い人の獣人騎士も後ろでアンアンしています。』の続編・ヒーロー視点となっています。 本編は読まなくてもわかるようになってますがヒロイン視点を先に読んでから、お読みいただくのが作者のおすすめです! ヒーロー本人はBLだと思ってますが、残念、BLではありません。

異世界転移したら、推しのガチムチ騎士団長様の性癖が止まりません

冬見 六花
恋愛
旧題:ロングヘア=美人の世界にショートカットの私が転移したら推しのガチムチ騎士団長様の性癖が開花した件 異世界転移したアユミが行き着いた世界は、ロングヘアが美人とされている世界だった。 ショートカットのために醜女&珍獣扱いされたアユミを助けてくれたのはガチムチの騎士団長のウィルフレッド。 「…え、ちょっと待って。騎士団長めちゃくちゃドタイプなんですけど!」 でもこの世界ではとんでもないほどのブスの私を好きになってくれるわけない…。 それならイケメン騎士団長様の推し活に専念しますか! ―――――【筋肉フェチの推し活充女アユミ × アユミが現れて突如として自分の性癖が目覚めてしまったガチムチ騎士団長様】 そんな2人の山なし谷なしイチャイチャエッチラブコメ。 ●ムーンライトノベルズで掲載していたものをより糖度高めに改稿してます。 ●11/6本編完結しました。番外編はゆっくり投稿します。 ●11/12番外編もすべて完結しました! ●ノーチェブックス様より書籍化します!

【R18】召喚聖女はイケおじ神官上司を陥落させたい

春宮ともみ
恋愛
現代から異世界に聖女として召喚されてしまった杏は、これまで約十年間、聖女として国に仕えてきたものの、役目を終える日が近いことを知ってしまう。 「【処分】されてしまう前に、せめてエッチは経験してみたい!」 せっかくならずっと恋していた人に抱かれたいと、杏はお手製の媚薬を上司である二十歳年上の上司・クロード神官に盛った。そんな彼女の願いは、果たして――?  *** 異世界転移した元OLがイケおじ神官を淫語責めしてドン引きさせてしまう(?)、秘された月夜の濃厚ラブ  *** ムーンライトノベルズで開催された、ドゴイエちまき様&レイラ様主催【女の子だって溺愛企画】参加作品です。  *** ※作者が読みたいだけの性癖を詰め込んだ三人称一元視点習作です Illustrator:レイラ先生

【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!

楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。 (リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……) 遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──! (かわいい、好きです、愛してます) (誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?) 二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない! ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。 (まさか。もしかして、心の声が聞こえている?) リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる? 二人の恋の結末はどうなっちゃうの?! 心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。 ✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。 ✳︎小説家になろうにも投稿しています♪

処理中です...