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1 聖女

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「聖女様、一年に渡るお勤め、ありがとうございました」

 神殿の祈りの場から出てきた私に、神官長が言った。

「もしかして……かえれるの?」
「はい、聖女様のおかげでとうとう我が国に、安寧がもたらされました。3日後の満月の夜にお還りいただくことができます。……もちろん、残っていただければ私どもは大変嬉しいのですが」
「還ります! 絶対に還ります!」






 ある日突然、私はこの世界にいた。
 田舎から上京して2年。大学にも一人暮らしにも慣れて、友達もできたし、彼氏もいたけど別れたし、長期休みにのんびり実家に帰った後のこと。

「どこ、ここ……?」

 1週間分の荷物が入った鞄片手に途方に暮れた。
 アパートに帰る途中で森の中に入り込むなんてありえない。
 泣きそうな私を最初に見つけてくれたのは、神殿の騎士様のベルナルド・ホセ・コーボさん。

「あなたが……聖女様ですね……? みなさん! こっちへ来てください! 聖女様をみつけました!」
「え⁉︎ 人違いです!」
「間違いありません。……お疲れでしょう」

 金髪のイケメン細マッチョのお兄さんにいきなり姫抱っこされて私は思考が停止した。
 4、5人の騎士だと言う方々が片膝をついて、うやうやしく囲む。

「聖女様、私達は貴女様をお守りする為に存在しております」

 キラキラまぶしい彼らと言葉が通じることだとか、何でこんなことになっているのか、とにかくわけのわからないまま神殿へ連れて行かれた。
 そこで白髭の神官長に国の為に召喚されたのだと教えてもらって。
 勤めが終われば元の時間の元の世界に還してくれると言う。

「歴代の聖女様の日記があるので、読んでみてはいかがでしょう。聖女様達の想いが詰まっています。……ぜひ貴女様にこの国を救っていただきたいのです」
 
 日本語で書かれた日記には――。

 祈るだけで贅沢三昧、欲しいものはなんでも手に入って、おいしいものを食べ放題!
 格好いい王子や貴族や騎士達にちやほやされてパーティー満喫している様子がただただ書かれていた――。

「…………」

 最後のほうの、ギャル文字とはまた違うクセのある丸っこい文字に思わず眉間にシワが寄る。
 お母さんの高校時代の文集がこんな感じだったな。メルヘンなイラストもついていたけど……。

「……私達には読むことができません。きっと、歴代の聖女様のご苦労や葛藤、元の世界への切望や渇望なども書かれているかと思いますが……どの方も聖女として過ごした後で還ることを選んだ方、残ることを選んだ方がいらっしゃいます。私達は聖女様をお守りしますし、少しでも快適に過ごせるように努力いたしますので! どうか、どうかここで祈りを捧げてほしいのです」

 何人かは還ったみたいだけど、幼な子を抱えた20歳のママとか、超年上の旦那さんの老後が気になる幼な妻さんとか。
 それは……還るよ。還るしかない。
 というか既婚者を聖女として連れてきちゃだめだと思うよ。人選おかしい。

 祈りを捧げるのはだいたい1年、この国が災いに覆われた時だけらしい。
 前回は21年前で、この国の公爵と結婚して今はその子供達が活躍しているんだって。

「あの……前回の聖女様と会うことはできませんか?」
「残念ながら……」

 神官長が眉を寄せる。亡くなっているとしたら余計なことを言ったかも。
 ここで過ごすと時間軸が違って短命になるとかだったら嫌だなぁ。

「あ、いえ、いいんです」
「つい最近、世界一周の船旅に出たばかりでして……しばらく連絡がつかないのです」

 前回の聖女様、今もこの世界を満喫しているんだ!
 でも私は還りたい!

「あの……じゃあ、絶対に元の世界の元の時間に還してくださいね! 約束を守ってくれるならやってみます。……でも聖女じゃなかったらごめんなさい」

「貴女様の謙虚なところこそ、聖女様に間違いありません。そもそも、これまで間違えたことなど一度もないのですよ」
「…………もしもの時は、ごめんなさい」

 そういうわけで1年の間、聖女として神殿の中でひたすら祈った。
 おじいちゃんが毎朝唱えていたお経を上げたら、感動されたのでそれを何度も唱えて――。
 一部あやふやだったり、喉の調子が良くない日もあったりしたけど、それでも効果はあったみたい。

 魔物が眠りにつき、天候に恵まれ豊作、無事国に平和がもたらされたらしい。
 ほぼ神殿にいるから実感はわかないのだけど。

 その間私の専属の護衛騎士として、ベルナルド・ホセ・コーボさんがずっとついてくれた。
 初日は多分気分が高揚して抱き上げちゃったみたいだけど、騎士さん達の中で多分1番真面目で堅物だと思う。歳も彼らの中では1番年上の24歳。
 
 他の人達はベルナルドさんがお休みの時にやってくるけど、あがめるようにキラキラした目で見つめてくるからちょっと苦手だった。
 すぐ手にキスしようとするし、息抜きにデートしましょうとか言ってくる。
 1番若い子が18歳だったかな。

 これまでの聖女様は息抜きデートをしていたんだって。
 でもさ、田舎から出てきた普通の女子大生なのに、うっとりした顔で見つめてくるとか絶世の美女並みに褒められるとか怖い。
 騎士さん達がイケメン過ぎて現実味がなさすぎる!

 お経を上げる低い声が知的でミステリアスで癒されるって。私も意味がわからず唱えているからね。不思議、不思議。

 よくわからないけど、戻ったらおじいちゃんの仏壇にお礼を言わなきゃ。
 あと、早朝に聞こえてきたお経が怖いと思ってごめんって謝ろう。
 そういう訳で、ベルナルドさんが朝から顔を出すとほっとする。

「おはようございます」

 起き抜けにご褒美なのか、身支度を整えた後チュロスとホットチョコレートが出てくる。

 そして朝の祈りの時間の後はサンドイッチ。
 バゲットみたいなパンに必ずトマトが入っていて、その時々でチーズやレタス、豚肉、アンチョビやハムが挟んであることもあった。

 昼にはがっつりパエリアやパスタが多くて、デザート付きの魚料理や肉料理のコース。多分昼ご飯がメインなんだと思う。

 夕方にティータイム。
 チーズケーキおいしい。
 遅めの夕食はスープや卵料理が多いかな。
 ある夏の夜はガスパチョとじゃがいものオムレツだった……。

「この国の食事はおいしいですね」

 ひとりぼっちの食事は寂しいから、内緒でベルナルドさんと一緒に食事をとっている。
 本当は隣の部屋で別々に食べるように用意されるのだけど。

「俺もそう思っていますが、聖女様が気に入ってくれたならとても嬉しいです」

 日本のふっくらした白いご飯が恋しくなる時もあるけど、ここの食事はとても楽しめた。
 それにベルナルドさんと一緒だから余計にそう思う。

 向かいに座るベルナルドさんのことは、1年も一緒にいれば親近感……というより好きになってしまっている。自分でも単純だと思うけど、好きなものは好き。
 だけど、あと少ししか一緒にいられなくて、とても寂しい。

「ベルナルドさん、私、次の満月で元の世界に還ります。今までありがとうございました」
「そうですか……寂しくなりますね。元気に暮らしてください……残念ですが、任務の関係で最後の見送りはできないと思います」

 蒼色の瞳が私をじっと見つめ、手の甲にキスしてくれた。

 お別れのキス、って感じた。
 引き留めてくれたら残ったのに。
 堅物騎士のベルナルドさんにとって、私はただの聖女でしかなくて……。

 でも彼にキスされた手の甲が熱く、こっそり自分の唇にあてて胸の痛みをこらえた。
 思い切って告白することもできないまま、私はこの国を去った――。


 


 
 はずだったのに……。
 乙女ポエマーになってる場合じゃない。

 おかしい。
 ここはどこだ?
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