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しおりを挟む「ヴァニラ、クリーム、シュー」
ヴァニラが私。
クリームが好きです。
シューはあなた。
私はあなたが好きという意味。
英文法に似ている、この世界の言葉は甘い。
「ベリー、チョコ、ジェリー」
ベリーは彼。
チョコは欲しいです。
ジェリーは彼女。
彼は彼女が欲しい。
全てが全てこんな感じではないけれど、私にとって覚えやすい。
私がこれまで読んだ異世界ものの小説の主人公は、初めから特別な立場だった。
なんでもない私は何でもない普通の能力しかないけど、今が本当に居心地がいい。
この世界は……日本にいるより安心する。
あんなに勉強したのに、ほとんど活かせてないな。
きっと私は日本で凍死か何かで死んでいて、ママは恋人に慰められて私のことは忘れているだろう。
もしかしたらもともと存在していないかも。
寂しい気持ちも少し、だけど……。
きっと、これで……いいのだと思う。
ちなみにスイーツの類いはなんていうかと言うと。
『イモノニッコロガシ』
わたしはこれがこの街の代表的おやつと思ってる。
屋台のおやつは大学芋みたい。
バリエーション豊富で、今の流行はスイートポテトにパリパリの飴がコーティングされている。
他にもチーズやナッツが混ぜて丸めてあったり、砕いたクッキーを底にしてタルトのようなものもあってどれもおいしい。
『タイタン』
炊いたん?
果物を煮たもので、種類はたくさんある。
『タマゴヤキ』
卵を使った粉菓子の総称。パンケーキ、クッキーにスコーン……っぽいもの。ややこしい時があるけど、サクサクのタマゴヤキと言えばクッキーが出てくる、多分。
他にもたくさんあると思う。
この世界には甘くて美味しい食べ物がある。
***
ある寒い日、ケビンさんが大きな箱と図解つきの本を出してきて使っていいと言ってくれた。
ララとルルの亡くなったママは刺繍や洋裁が趣味で材料がたくさん残してあった。
寒くて夜の長い季節に、少しずつ色々なものを作るうちに腕も上がり、私は刺繍が得意になって、ララは普段着のワンピースを作るのが上手で、ルルは配色のセンスがいいから小物のワンポイントの刺繍が可愛くできる。
みんなで作ったおそろいの刺繍入りワンピースで出かけたのをきっかけに雑貨屋さんに作ったものを卸すようになって少しずつお金がもらえるようになった。
ララは大きくなったら、仕立て屋の弟子になると言ってる。
家庭科の授業がようやく役に立った、と思う。
***
二十歳になった私は今日もちくちくと布に刺繍をする。
独り立ちしようとしたこともあったけれど、ケビンさんたちは私を家族と思ってくれて、私もそうだと思うようになって、心地よい環境に甘えている。
刺繍で稼いだお金を渡しているけど、ある時三人分の結婚資金を貯めているのをみてしまった。
私は一番最後になると思うけど。
「マミー、見て。これまでで一番上手にできた」
ルルが得意げに見せてくれたのは花と草が絡み合ったデザインを胸当てと裾に施したエプロンだ。
「すっごい、上手! かわいいっ。色合わせも上品だし、高く売れるね」
えへへって照れたように笑う。
ルルは私をもう一人のお母さんみたいに思っているみたい。
だからたくさん褒める。
私も褒められて育った。
男の趣味以外はいいママだった、ほんとに。
ララがちょっとやりすぎじゃないって顔をしているけど。
今日の作業を先に終えて片づけると二人に声をかけた。
「明るいうちに今夜食べる野菜を取ってくるね」
***
家の横の小さな畑に向かう。
大きく育ったきゅうりやトマトに似た野菜をいくつかもいでカゴに入れた。
これはスープになる予定。
あたりを見回して、香草を一枝折る。
「甘い……」
甘くておいしそうな匂いがした。
三十メートルほど先にベリーに似た果物が自生してるのを思い出す。
黄色い実だから近づかないとよく見えないけど、ここまで匂うのだから食べ頃のはず。
今日のデザートに食べたい。
近づいてみれば思ったほど実がなっていなかったけど、一人当たり五粒くらいなら食べれそう。
数えながらカゴに入れる。
ふいに、これまでより強く甘い香りが漂って、私は顔を上げた。
少し離れたところに、私より少し年下の線の細い男の子が立っている。
夕焼けみたいに綺麗な朱色の髪を持つ彼から目が離せない。
「あなたは……」
男の子はそう言った後、赤くなって大きな黒目でじっと見つめてきた。
愛おしそうに私を見るから、かぁっと体温が上がって、甘い空気に飲み込まれる。
初めて会ったのにそうでないというか、もっと……?
この世界に私たちしかいないみたいな、不思議な感じ。
もっと近づいて知りたい。
触れてみたい。
わたしが手を伸ばすと彼がその手をそっと握る。
それが当たり前のことみたいに。
吸い寄せられるように私たちは距離を詰めた。
「やっと……会えた」
お互いの吐息がかかるくらい近づいて、私の頬に手を伸ばす。
どうしてこれまで離れていたんだろう?
そんなふうに思って、私はその手に頬を寄せる。
彼の目をのぞき込むと反対の頬に優しく唇が触れた。
時間が止まったみたいに感じて、私はほっと息を漏らす。
「マミー、パパが帰ってきたよー! どこにいるのー?」
ルルの声に私は振り向いて、そのまま手を引き抜いた。
魔法が解けたようなせつない気持ちになって、ちらりと彼の顔を盗み見ると、ルルのほうを見て驚いている。
ルルのそばにはケビンさんが立っていた。
小柄なルルはケビンさんの背の半分程度で、年齢より幼く見える。
そんなことを考えていたら、彼は私とケビンさんとルルを順番に見てなぜか青ざめた。
「結婚、してるんですか……。僕、遅かったんですね……」
そう小さくつぶやくと背を向けて走り出した。
「……え? あの⁉︎」
私の声に振り向くことはなく、彼の姿はあっという間にみえなくなった。
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