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 ママと二人でずっと仲良く暮らせたらいいのに。
 ママの恋人が気持ち悪い。

 二人暮らしのアパートに、時々泊まるようになったあの人が、風呂上がりの私をじろじろ見る。
 だから私は黙々とご飯を食べて部屋にこもる。

 反抗期って言われるけど、しょうがない。
 べたべた体を触られるのはがまんできないし、高校受験も控えているからほんとは塾に通いたいけど、ママには言えないからその分勉強をする。

 早く働いて一人暮らししたい。
 ママは一人ではいられないから、三回目の結婚をするつもりでいると思う。
 ほんとに見る目がない。
 私はあの人が怖い。




 その日、部屋の内鍵が外されていた。
 反抗期の娘が何するかわからないからってあの人が言ったのが理由らしい。
 ママはいつも好きな男に逆らえない。

 今夜大好きなお酒を飲んでいる。
 きっと記憶がなくなるまで飲むと思う。
 途中で起きることもない。
 だから。
 きっと、あの人がやってくる。


 私はパジャマの上にパーカーを羽織り、スマホと膝掛けだけ持つと静かに窓を開けてコンクリートに囲われたベランダに出た。
 音を立てないように窓を閉める。
 ママはテーブルに頭をのせて寝ていた。
 あの人はお風呂だから聞こえないはず。
 
 ここは一階だし、玄関から靴も持ってきたからもしもの時は逃げられる。
 きっと外に出たと思うはず。
 あの人が諦めるまでここにいればいいだけ。

 これまでだって切り抜けてきた。
 ひんやりするベランダの隅に体育座りして膝掛けを巻きつけ、フードも被る。
 今夜は冬もまだだと言うのに珍しく冷え込んでいて、風はあたらないけどちょっと寒い。

 でももう戻らない。
 

 
 



***


 サーッと風の通り抜ける音と寒さで目覚めた。
 まわりは薄暗い。
 明け方?
 草原に一人、ベッドでもなんでもないところにぼんやり座る。

「ここ……どこかな」

 ベランダに隠れたところまで覚えている。
 あの後、逃げた?
 こんなところ見たことない。
 後ろから影がかかって振り返った。

「ひっ……」

 体長二メートル超えの黒い熊が覆いかぶさってきた。
 ひょいっと肩に担がれて、口を開けても声が出ない。

 足をバタつかせて逃げようとしたら、その熊が一鳴きして走り出した。
 二足歩行で。
 舌を噛みそうになって口を閉じた。
 






***


 暖かい建物に入ると私はそっと下された。
 逆さまだったから頭がぼんやりする。
 わけがわからない。
 熊が部屋の奥に入っていき、かわりに二人の可愛らしい女の子が近づいてきた。
 四つのくるんとした瞳がじーっとみつめてきて何か話しかけてくる。

「あの、……ここはどこですか?」

 十歳くらいの黒髪の女の子が首をかしげて部屋を出て行き、髪も目元もそっくりの父親らしい男の人を連れてきた。
 熊が入っていった部屋から。

 熊はどこへ?
 そういえば女の子たちも熊に驚かなかった。
 わからないことを聞きたいのに、話しかけられる言葉がわからない。

 もう一人の五、六歳の女の子が、伝わらなくてもどかしいのか泣き出した。
 すると頭の上にピョンと耳が生える。
 
「ん……?」

 カチューシャかな?
 でも動いてるような?
 瞬きしても耳はある。

 一冊の絵本を手にした男が、広げて見せる。
 子供向けの言葉絵本みたい。

 絵のニュアンスを読みながら指差されたことを組み立てる。

 
 父親がケビンさんでお姉ちゃんが十歳のララ、妹ちゃんが七歳のルル、母親はいないみたい。
 あなたここ住むって……なんとなく、捨てられた異国の子と思われてるのかな。
 ケビンさんを信用していいかまだわからないけど、ありがたい……と思う。


 この国の名はマール。
 地図もみたけど、やっぱりというか、日本はなかった。
 自分のパジャマをちらりと見て思う。
 これ、夢じゃないかも?
 夢なら世界観に合わせた服のはず?

 わからないけど。
 スマホも膝掛けもない。
 じゃあ、やっぱり夢かな。
 考えだすとこんがらがる。
 とりあえず今を乗り切らないと。
 言葉絵本と身振りで伝える。
 
「私、マミ。ありがとう」
 





***


 何度目が覚めてもいつもの日常に戻ることはなくて私はこの世界を受け入れた。
 スマホも膝掛けも広すぎて見つけることはできなかった。

 毎朝、ケビンさんが食事の準備をして仕事に出かける。
 これはのちに私の仕事になるのだけど。
 子供達と部屋の掃除と洗濯をしたら食事を摂る。

 その後、それぞれの勉強をしながら私に言葉を教えてくれる。
 夕方、薄暗くなるとケビンさんが帰ってきてみんなで食事を作り、順番に風呂に入って寝る。
 それの繰り返し。

 言葉絵本で物足りなくなってきた頃、もっと難しい本をもらった。
 私が来て一年が経ったから記念のプレゼントだと言う。

 私のパパは幼い頃亡くなったから、普通の父親がどういうものか知らない。
 けど、身元も言葉もわからない私を小さな子供たちと一緒においてくれたケビンさんはすごい父親だと思う。

 最初は少し疑ってごめんなさい……言えないけど。
 ママが選ぶ人とは違うってこの一年でよくわかった。

 難しい本のおかげで理解したことは、人間と獣人が共生する世界で、十八で成人になるらしい。
 それから、番がいるということ。
 ケビンさんも私がくる少し前に番の奥さんを亡くして途方にくれていたらしい。

 ケビンさんの仕事には便利な、町のはずれに立つこの家は周りから支援してもらえることもなく。
 仕事をしながら子供たちの面倒をみるから長時間家を開けられない。
 
 ちなみにケビンさん一家は普段は人型をとる熊の獣人で、猟師だという。
 熊の猟師、なんだかシュール。
 初めて出会った時は急いで帰るために熊の姿だったらしい。

 私に、子供たちと一緒にいてくれて助かった、面倒もみてくれてありがとうと言う。
 ケビンさんはほんとに、いい大人、です。

 この世界は優しい人しかいないのかな。
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