11 / 16
3 それが儚いものだと知ったら
1 嘘つき
しおりを挟む「体育が嫌い」
できることなら毎回休みたい。
体育祭でクラス対抗リレー。
全員参加じゃなくていい。
盛り上がるのはわかっているけど、練習も苦痛。
本番は苦行。
多分小学生の時に走り方がおかしいって笑われたのが忘れられないし、実際に遅い。
バレーボールなんて、毎回腕が内出血する。
体を痛めつけてまでやる必要があるとは思えない。
ネットの前に立った時、奇跡的に顔面で受け止めたことがあって危険なスポーツだと思う。
マラソン。
くらくらする。苦しい。意味わかんない。
体力つけるなら歩けばいいと思う。
走らなくても生きていけるはず。
創作ダンスにヒップホップ。
想像力なくてつらい。リズム感だってない。
初心者に自分達で考えろって無理。
結局誰かが探してきた動画をそっくり真似することになったけど、私はテンポが遅れた。
「岩手先生、頭が痛いので休ませてください」
私のずる休みの理由の大半が頭痛。
お腹が痛いって言うと生理なのかとかお腹下してるのかとか余計なことを想像されて困る。
頭痛だったら自己申告で済む上、変な詮索はされない気がした。
「……あぁ、今日はこれから雨が降るらしいからね。天気のせいもあるのかもね」
保健の岩手先生は口数の少ない五十代の女の人。
困ったような顔をして、熱を測るように言う。
それほどうるさくなくて好き。
「鹿児島さん、何℃だった?」
「……35.6℃です」
「相変わらず体温が低いのよね。朝ごはん食べてきた? 睡眠は?」
「今朝はミルクティーだけじゃなくてトーストとヨーグルトも食べました。それに、12時前にベッドに入りました」
横になったら5分で眠れる自信がある。
先生が紙に何かを書きつけながら小声でささやく。
「朝食もとれるようになってきたし、睡眠もとれているようね。……月経前とか?」
「そうかもしれません」
病弱設定があると休みやすい。
小さい頃から親が過保護で、無理するくらいなら休みなさいという方針だった。
本当は健康だってバレると困るから、私は今も嘘をつき通す。
我ながら真面目の皮をかぶったクズだと思う。
「じゃあ、少し横になって休んで。ちょっと出てくるわね」
「……はい」
声が弾みそうになって、控えめに答えた。
「窓側は鳥取君が寝ているから、鹿児島さんは廊下側のベッドを使って」
「ありがとうございます」
保健室の常連は私だけじゃない。
三年生の鳥取凪先輩はここで一番見かける華奢な人で、よく青白い顔をして寝ている。
校舎で見かけた彼は眼鏡をかけていて、人を寄せつけない冷たい雰囲気だった。
三年生で受験生だからかも。
だけどここにいる彼は眼鏡もかけていないし、とても穏やかで話しやすい。
岩手先生が保健室を出て行って、私がベッドの周りのカーテンを閉める音が部屋に響いた。
一度全部閉めてから五センチほどすきまを開ける。
今日の先輩のベッドのカーテンはキッチリ閉じていた。
いつも彼のほうが具合悪そうなのに、私にも優しくしてくれる。
『体調が悪い時のつらさはわかるから』
そう言われた時は、嘘をついてサボっている自分が恥ずかしくなった。
本当に頭が痛い時ももちろんあるけど、八割はそうじゃない。
『凪先輩こそ、ちゃんと休んでください』
『ん、まいちゃんもね』
先生が部屋にいなくて、二人きりの時はお互いにこっそりカーテンを開けてそんなふうにおしゃべりをする時が多い。
その時間がとても楽しかった。
先生はスリッパを引きずるように歩くから、少し遠くにいても戻ってくることに気づきやすい。
足音が聞こえたら先輩に合図してずっと眠っていたふりをした。
そんなことを考えていたら、カーテンのすきまから、先輩の顔が見えて。
「まいちゃん? 大丈夫?」
「はい。ここにくると落ち着くせいか、さっきよりズキズキしていません」
「……無理しないようにね」
「ありがとうございます」
ぽつりぽつりと、会話を重ねる。
今日は朝から教室に行っていないとか、このあと体育だから戻っても見学だから意味ないとか。
先輩の声を聞いていると胸が弾む。
私も数式が頭に入らなかったって話をして。
「少し、顔色が良くなってきたかな」
私の顔を見てそう言うから、気を引き締める。
頭痛のふりをするのを忘れてしまいそうになるくらい、先輩とのおしゃべりに夢中になってしまったらしい。
これじゃあ、すぐに保健室から追い出されてしまいそう。
「……もう少し眠ったら? あと一時間くらい先生は戻ってこないと思うよ」
「はい、そうします。凪先輩こそ、眠ったほうがいいですよ」
でもお互いにカーテンをほんの少し開けたまま。
私はできることならもっと話していたいし、先輩も同じように思ってくれたら嬉しい。
でも先輩の体調次第かも。
「……ずっと横になっているって退屈なんだ。まいちゃんは無理せず休んで」
「実は今、だいぶ楽なんです。頭痛って波があるので」
「ああ、それはあるね。俺も、そういうところある」
先輩の否定しないところが好き。
早く教室へ戻れとか言わないところも好き。
「熱とか咳は周りから見ても体調崩しているってわかりやすいけど、目に見えない痛みって本人じゃないとわからないからつらいよね。顔色が紫とか、変な汗が出るとかって相当悪くなっている時だし」
そう言って優しく笑う先輩が本当に好き。
胸がきゅんってする。
だけど、ずる休みしているから後ろめたさがある。
先輩は青白い顔をしているから。
先輩の目に映る女の子は、見た目は弱々しいかもしれない。
だけど少しも病弱じゃなくて、彼が卒業するまで私はそれを隠し通すつもり。
きっと私自身の卒業まで――。
この時間が楽しいけれど、先輩には嘘つきの自分は知られたくない。
0
お気に入りに追加
41
あなたにおすすめの小説
神絵師、青春を履修する
exa
青春
「はやく二次元に帰りたい」
そうぼやく上江史郎は、高校生でありながらイラストを描いてお金をもらっている絵師だ。二次元でそこそこの評価を得ている彼は過去のトラウマからクラスどころか学校の誰ともかかわらずに日々を過ごしていた。
そんなある日、クラスメイトのお気楽ギャル猿渡楓花が急接近し、史郎の平穏な隠れ絵師生活は一転する。
二次元に引きこもりたい高校生絵師と押しの強い女子高生の青春ラブコメディ!
小説家になろうにも投稿しています。
水曜日は図書室で
白妙スイ@書籍&電子書籍発刊!
青春
綾織 美久(あやおり みく)、高校二年生。
見た目も地味で引っ込み思案な性格の美久は目立つことが苦手でクラスでも静かに過ごしていた。好きなのは図書室で本を見たり読んだりすること、それともうひとつ。
あるとき美久は図書室で一人の男子・久保田 快(くぼた かい)に出会う。彼はカッコよかったがどこか不思議を秘めていた。偶然から美久は彼と仲良くなっていき『水曜日は図書室で会おう』と約束をすることに……。
第12回ドリーム小説大賞にて奨励賞をいただきました!
本当にありがとうございます!
深海の星空
柴野日向
青春
「あなたが、少しでも笑っていてくれるなら、ぼくはもう、何もいらないんです」
ひねくれた孤高の少女と、真面目すぎる新聞配達の少年は、深い海の底で出会った。誰にも言えない秘密を抱え、塞がらない傷を見せ合い、ただ求めるのは、歩む深海に差し込む光。
少しずつ縮まる距離の中、明らかになるのは、少女の最も嫌う人間と、望まれなかった少年との残酷な繋がり。
やがて立ち塞がる絶望に、一縷の希望を見出す二人は、再び手を繋ぐことができるのか。
世界の片隅で、小さな幸福へと手を伸ばす、少年少女の物語。
青春ヒロイズム
月ヶ瀬 杏
青春
私立進学校から地元の近くの高校に2年生の新学期から編入してきた友は、小学校の同級生で初恋相手の星野くんと再会する。 ワケありで編入してきた友は、新しい学校やクラスメートに馴染むつもりはなかったけれど、星野くんだけには特別な気持ちを持っていた。 だけど星野くんは友のことを「覚えていない」うえに、態度も冷たい。星野くんへの気持ちは消してしまおうと思う友だったけれど。
恋とは落ちるもの。
藍沢咲良
青春
恋なんて、他人事だった。
毎日平和に過ごして、部活に打ち込められればそれで良かった。
なのに。
恋なんて、どうしたらいいのかわからない。
⭐︎素敵な表紙をポリン先生が描いてくださいました。ポリン先生の作品はこちら↓
https://manga.line.me/indies/product/detail?id=8911
https://www.comico.jp/challenge/comic/33031
この作品は小説家になろう、エブリスタでも連載しています。
※エブリスタにてスター特典で優輝side「電車の君」、春樹side「春樹も恋に落ちる」を公開しております。
リバーフレンド
幸花
青春
戸塚優月は繰り返し思い出す。ーー小学校の夏休みのあの日を。友達の手を離さないと約束していたのに、遊びに夢中なって、離してしまっていた。そのせいで、溺れた友達を、光輝を助けることができなかった。過去の後悔に苦しみ、友達の関係をつくらないようにして生きていた優月だったが。
君だけのアオイロ
月ヶ瀬 杏
青春
時瀬蒼生は、少し派手な見た目のせいで子どもの頃からずっと悪目立ちしてきた。
テストでカンニングを疑われて担任の美術教師に呼び出された蒼生は、反省文を書く代わりにクラスメートの榊柚乃の人物画のモデルをさせられる。
とっつきにくい柚乃のことを敬遠していた蒼生だが、実際に話してみると彼女は思ったより友好的で。だけど、少し不思議なところがあった。
私の隣は、心が見えない男の子
舟渡あさひ
青春
人の心を五感で感じ取れる少女、人見一透。
隣の席の男子は九十九くん。一透は彼の心が上手く読み取れない。
二人はこの春から、同じクラスの高校生。
一透は九十九くんの心の様子が気になって、彼の観察を始めることにしました。
きっと彼が、私の求める答えを持っている。そう信じて。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる