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2 日曜の駆ける約束
3 日曜の約束
しおりを挟む「今もサッカーは好きですよ。だけど俺は黙々とやれる今のほうが合っていると思っています」
告白されるのかと思って身構えた自分が恥ずかしい。
「ふーん。よかったね」
「宮崎先輩に誘われてよかったです」
そっけなく答えた私を見つめてくるから、気まずくなってペットボトルに手を伸ばす。
キャップをひねるとプシュッと音がしてマスカットの香りがした。
今日のフレーバーは飲みやすい。
これは当たり。
「先輩、そっちも食べちゃってくださいよ」
「……なんで?」
「カロリー高そうだからです」
「意味わかんない」
山口君が首をかしげる。
「太ったら俺と一緒に走る気になるかと思って」
「山口君、最低。そういうこと言うんだ」
本気でショックを受けた顔をするから、私は笑って菓子のパッケージを開けた。
「はい、半分食べたら今の言葉なかったことにしてあげる」
「はい! ありがとうございます!」
パッと顔を明るくするからやっぱり犬っぽい。
懐かれているなぁとは感じるし、それが嫌じゃないと思っている。
「たまになら走ってもいいけど私は長距離は無理だし、お互いペース違うし意味ないんじゃない?」
「存在してるってことに意味あります! 俺のやる気がでます!」
「そう、なんだ……」
そうして練習のない日曜の朝に私達は川沿いを走ることになった。
怠惰に過ごしてきた体に早起きはしんどい。
どうして二人で会うことになったんだっけ、と約束したことを後悔した。
「おはよう」
「おはようございます。眠そうですね」
「うん、まだ眠い」
すでに自宅から走ってきたという山口君と違い、とぼとぼ歩いてきた私はその場でウォーミングアップを行う。
なんとなく見られているのは感じていたけど、頭の回らない今は突っ込むこともできず。
そうこうしているうちに目覚めてきて、にこにこしている山口君と世間話をできるくらいの余裕がでてきた。
「今日みたいに天気が良くて、ひんやりした朝って走りやすいね。冬の手前って感じがする」
「本当ですね」
お互いに自分のペースで川沿いの鋪道を走り、橋を渡って反対側の鋪道を回って小さな橋を渡って戻った。
体感から、3000超えている。
鈍った体にはこれ以上無理。
だけど久しぶりに走ってみたら心地よい疲労感と高揚した気分。
先に待っていた山口君はけろりとしていた。
「もう一周してきたら?」
「宮崎先輩、その間に帰らないですか?」
「もうしばらくここにいてもいいけど」
この後特に予定もないし、まっすぐ家に帰るのもつまらない。
川原に座り込む私を彼がのぞき込んだ。
「……今日はやめておきます」
「なんでよ。遠慮しないで走ってきたら」
「このままここで体幹鍛えます」
私のすぐ近くでV字バランスなんてするから、思わず吹き出した。
「ちょ、山口君っ……本当にへん……っ」
「え……? 笑うほど、ですか……?」
困惑する表情にますます笑いが止まらない。
そうか、結局私は和気あいあいと部活を楽しみたかったのか。
黙々と自分のタイムと向き合う、くそ真面目なあの環境が馴染めなかった。
気がついてしまえばどうということもない。
今さら陸上部にも他の部活にも入るつもりはないけれど、こうして息抜きに誰かと運動するのは悪くないと思った。
「山口君、誘ってくれてありがとう」
もっと速く走らなきゃとかキツい練習に耐えなきゃとか、自分を追い込まなくていいってこんなに気が楽だったのかと思う。
思ったよりずいぶん小さなことにこだわっていたらしい。
「じゃあ、次の日曜も」
「部活あるよね」
「……部活の前にお願いします!」
「じゃあ、六時半?」
私は六時に起きればいいし、山口君も部活の前に朝食を取ったり、身支度を整えたりする時間もあるはず。
学校で練習の場合に限るけど。
「はい、よろしくお願いします!」
満面に笑顔を浮かべるから、驚きつつも嬉しいと感じていて。
ヘンな子だけど、居心地の良さに逆らえなかった私はなぜかそれからも走るのはやめなかった。
「奈津先輩」
「……なんで名前?」
「呼びたいからです。俺も蓮と呼んでください」
「……いきなり距離感近い」
何度か一緒に走った後で彼が言った。
「距離縮めたいですから」
「……自己ベストはどんどん更新していかないとね」
「いやそうじゃないですけど。まぁ、いいか……」
「一度戻らないと集合時間に間に合わないんじゃないの?」
「このまま行きます。名前呼んでもらえるまで動きませんけど」
山口君が面倒くさいことを言い出した。
それに、今か今かと散歩を待つワンコみたいにキラキラした目で見つめてくる。
それは絶対呼ばれると思っている顔で。
「…………このまま呼ばなかったら遅刻するよね」
「奈津先輩はそんな無責任な人じゃないってわかってます!」
うーん、どうしようかな。
意地悪したくもなるけれど――。
「練習がんばってね、蓮君?」
え。目の前でぴょこんと跳ねた。
蓮と呼んだほうがよかったのか、蓮さんとか蓮たんとか。
一瞬そんなことを考えたけどどうでも良くなった。
「蓮君、そろそろ帰ったら?」
「……もう少し一緒にいたかったのに、早く行けってことですか?」
一つ年下なだけなのにどうしてだろう。
めっちゃ可愛い。
可愛いと思うなんておかしいんだけど。
「早く行きなよ! バイバイ、蓮君」
「…………わかりました。次からも名前で呼んで下さいね!」
少し近づいた、ってつぶやきが聞こえてまんまと乗せられたのは私のほうだって思った。
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