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15 魔獣討伐②
しおりを挟む一斉攻撃で、親の魔獣の動きを一ヶ所に留めた。
わずらわしそうに弓矢を羽根で払うが、すぐに別の弓矢が突き刺さる。
ひらけた場所で、後ろに生きている幼体が隠れているから大きく動けないのだろう。
近くに幼体が隠れる洞窟などがなくてよかった。
「弓隊やめ! 息を吐く前に頭を上げるから、注意して切り込め!」
マルソーの合図に剣士たちとともにシルヴェーヌも剣を構える。
怪我人もいくらか出ているようだけど、キノン侯爵家の討伐隊の顔ぶれは変わらない。
「シル! なんでこんなところにいるんだ! 下がってろよ! あいつはどこだよ⁉︎」
「ここにいる」
振り返ると剣を持ったセヴランが追いかけてきたようだ。マルソーがチラッと彼の剣を見る。
「あんたはシルを連れて治療に専念してくれ!」
「そうしたいがアレを倒さないと彼女は離れないだろう。自分の能力はわきまえている、邪魔はしない」
「……チッ」
マルソーが舌打ちし、シルヴェーヌは小さく笑った。
「ありがとう」
あとは目前に迫る魔獣の息の根を止めるだけだ。
「油断するな! 集中しろ!」
キノン侯爵家の討伐隊が振るう剣が魔獣の体力を奪っていく。
シルヴェーヌの剣が頭に深く刺さり、マルソーが息の根を止める。
セヴランたちが幼体を二体を仕留めて、一旦状況を把握することになった。
「痛いわ」
今日のセヴランの治療は荒っぽい。
キノン侯爵家の討伐隊に重傷者はおらず、彼がシルヴェーヌの傷の手当てをする。
魔獣に弾かれて転んだ時にできた二の腕の傷は軽傷だと思ったのに岩で深く切ってしまっていたらしい。
集中していた時は痛くなかったのに、手当てをされている今のほうが痛い。
「砂や土はしっかり洗い流さないと」
丁寧に洗ってくれているけど、わざと痛くしてるのではないかと思ってしまう。
「……ッ」
「……あとは痛くないよ」
目の前にひざまずいて二の腕を両手で包みこむ。当てられたセヴランの手が温かく、心地いい。
「剣が苦手だなんて嘘つき。剣士に職種を替えてもやっていけるわ」
「騎士団にいたから、面白がって教えてくれたんだ。使えたほうが安全だからね」
でも、と二人同時に話し出す。
「シルヴェーヌからどうぞ」
「……私は後でいいわ」
距離が近づいたと思ったのに、またシルヴェーヌに戻っている。
言いたかったこともくだらなく感じて言葉が出ない。
「俺は剣士よりシルヴェーヌの治療師でいたい」
「……うん」
「なんて言おうとしてた?」
「同じ。治療師のほうが向いているかなって。シルヴェーヌって呼びづらくない? 昔みたいにいつでもシルヴィって呼ばれたい」
思ったより甘ったるい声になってしまって、顔が熱くなりうつむいた。
そうなってしまったのもセヴランの声も触れる指も優しかったせい。
「どうして呼ばないかって……シルヴィと呼ぶ人が増えたら嫌だから。そう呼ぶのは二人きりの時にしたい」
「今だって二人なのに」
天幕の中はみんなが気を遣ったのか誰もいない。
小さく漏らした言葉にセヴランが喉の奥で笑う。
彼は二の腕に口づけして、シルヴェーヌの顔を横からのぞきこんだ。
「聞いてくれる? 俺が愛したのは昔も今もシルヴィだけだ。昔のままでは隣に並ぶこともできないから、治療師として、できれば王宮治療師として身を立てようと思った。シルヴィに求婚するのに必要だと思ったから」
綺麗になった二の腕から、ひじ、指先へとセヴランの指が移動する。
それからシルヴェーヌの手のひらにキスを落とした。
「陛下に何が欲しいか尋ねられた時、シルヴィと結婚したいと言ったんだ。そうしたら領地は隣だし爵位もあったほうがいいだろうと、領地の管理を押しつけられた。あの土地は頭を悩ませていたらしい。今はフォレスティエ侯爵家を頼っているが」
セヴランの言葉がまっすぐ伝わってきた。
「だからこの結婚は俺が望んだもので、シルヴィの過去にどんな男がいても振り向いて欲しいと思った」
「誰もいないって知ってるくせに」
「……大人になったシルヴィはきれいでまぶしくて、あれだけ男たちがいたら心から惹かれる恋人ができてもおかしくない」
セヴランの柔らかな唇が再び手のひらに押し当てられた。吐息の熱さが伝わってシルヴェーヌの心までじわじわと熱が広がる。
つられて鼓動が速まった。
「……ずっとセヴだけが好きだった」
喉が乾いてささやくような小さな声だったけど、セヴランには届く。
「今は……好きじゃなくなった?」
「そんなわけない。セヴ……」
シルヴェーヌはセヴランに抱きついて言った。
「大好き、今もセヴが大好き」
少女だった昔の想いもあふれてくる。
一瞬息の止まったセヴランが両腕でしっかり抱きしめた。
「シルヴィ、愛しているよ。戻ったら一からやり直したい」
深く息を吐いて、セヴランが首筋に唇を寄せる。
「私もそうしたい」
顔を上げてセヴランの顔を見つめるけれど、胸がいっぱいで言葉が出てこない。すると彼が唇にキスをする。
キスもそれ以上も何度もしたけど、一番幸せを感じたキスは初めてだった。
「この後もがんばれるように。無理せず命を大事にしてくれるなら、俺がすべて治すし援護するから」
「ありがとう、セヴ」
セヴランの存在がものすごく頼もしい。
シルヴェーヌはうなずいて、残りの討伐に励んだ。
七日目の討伐を終え、ほっとした気持ちで夜を迎える。
明日は領地へ戻る。
フォレスティエ侯爵家以外の討伐隊とも情報を交換した上で、まっすぐ領地に向かって問題ないと判断した。
身体は疲れていたけど、討伐隊の全員が浮かれている。
高台に拠点を置き、焚き火を囲み、笑い声をあげる隊員たち。
今回は全員で帰れることも嬉しい。
そして隣にはセヴランがいる。
目の前に座るマルソーも、隣にいる妻のニネットに気を配っているようだった。
そのニネットが首をかしげる。
「……ねぇ、おかしくない? あんなところで煙が上がっている」
弓使いのニネットは、遠くまでよく見える。暗闇の中で遠くまで見通す能力はこの中で一番かもしれない。
セヴランとシルヴェーヌは振り返って煙の上がる場所を見た。
「森の中じゃない。ひらけているわ。あの方向はキノン侯爵家の領地より西、だと思う」
立ち上がったニネットが目を凝らして言う。
キノン侯爵家の見張り台が遠くにぼんやり見えるのだと。
シルヴェーヌには暗闇の中で一部がぼんやりと赤く色づいているのがわかるだけ。
あれはセヴランが手に入れるはずの場所――?
隣で彼がつぶやいた。
「屋敷が燃えている」
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