約束を守れなかった私は、初恋の人を失いました

能登原あめ

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14 魔獣討伐①

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 討伐の朝は早く、マルソーと最終確認をした。
 これまでは人家のあるところまで魔獣が入ってくる前に弓使いたちが仕留めていたけど、いつ何が起こるかわからない。
 討伐隊が領地を離れる間の警備はいつもより手薄になるから念入りに確かめた。

「そろそろシルは屋敷でのんびり待機していてもいいんだぜ」
「私の隣に誰がいると思っているの? セヴラン殿がいるから今回も思う存分闘える」
 
「シルって意外とそういうことも言えるんだな……熱い。信頼感が半端ない。へぇ?」
「恥ずかしいことを言ったつもりはないけど! 最高の治療師がいるんだから、そういう意味だから」

 マルソーがにやけた顔でセヴランを見た。

「夫婦で参加する隊員が多いから、自分の命もまわりの命も大切にできるのがうちの利点かもしれないな」

 マルソーの言葉通り、ほかの領地の討伐隊より死傷者が少ないと思う。
 無茶して武勲を立てて上を目指す者が少ないからかもしれない。

「マルソーもちゃんとニネットを、守りなさいよ」
「当たり前だろ、可愛い娘を遺していけるかよ……じゃあちょっと娘と会ってくる」

 マルソーは妻と、娘を抱き抱えているニネットの母のそばに向かった。

「ニネットも弓使いなのだけど、討伐隊に参加しているの。マルソーが尻に敷かれてるわ」
「……みんな仲がいいんだな」

 セヴランが首をかしげる。
 元婚約者と略奪女という噂を聞いているだろうから腑に落ちないのだろう。
 
「私とマルソーは偽の婚約者同士で、二人は二年前に恋に落ちたの。王都の噂はほとんどデマよ。王都に行くと討伐隊のみんなが悪ノリするんだもの」
「……お互いに知らないことばかりだな」

 セヴランの声は沈んでいて、再会した日を思い出しているのかもしれないと思った。
 ミリーがやって来た後もあの話の続きは一度もしていない。

「この討伐が終わったら、色んなことを話したいし訊きたいわ」
「俺も」

 マルソーから出発の合図が出て、二人は気を引き締めた。









 一日目、二日目はキノン侯爵家の討伐隊だけで問題なく魔獣を倒していき、三日目からは華やかな旗を持ったフォレスティエ侯爵家の討伐隊と合流して、いつもより早く奥へと進む。

「今年は少ないかもしれない」
「予定より早く終わるかもしれないな」

 フォレスティエ侯爵家の討伐隊からそんな声が聞こえる。確かにここ数年で一番少ないかもしれない。
 
 シルヴェーヌは後方にいるし、ふいに現れた魔獣を追いかけている時に木の幹にこすれて腕にすり傷ができたくらいで、セヴランに治療してもらうほどでもなかった。

 セヴランは休憩時に救護班の手伝いをしていたけど、たいていシルヴェーヌのそばにいる。
 夜も二人で同じ毛布にくるまった。
 背の高いシルヴェーヌを包み込むように抱きしめるのはセヴランだけ。
 なんでこんなに安心するんだろう。

 好きだからと言われたらそうなのだけど、今はシルヴェーヌのほうが剣の腕前は強いはずで、治療師のセヴランは護る対象なのに。
 
 ふと昔、キノン侯爵家の討伐隊に入って欲しくて勝負を挑んだのを思い出す。まさか今それが本当になるなんて不思議な気持ちになる。

「シルヴェーヌ、覚えている? 昔勝負をしたこと。願った通りになったな」
「私も今同じことを考えていた。勝負には負けたけど、強く願ったからかもしれない」

 夜の闇の中、風が森を駆け抜ける音を聴きながら目を閉じた。
 四日目の夜も無事に終わり、五日目の朝は疲れの残る身体に味気ない固形食を水で流し込む。
 みんなも早く家に帰って温かい風呂と温かい食事を恋しく思っているだろう。
 マルソーと今日の予定を確認していると、フォレスティエ侯爵家の討伐隊の一部が騒ぐ声が聞こえた。
 
「やったぞ! 倒した」
「夕食にやわらかい肉が食える!」
「幼体はあと二体だ!」

 その後で、向こうの隊長の怒鳴り声が聞こえ、すぐ周りに警告を知らせる鐘の音が大きく響いた。

「なんてことをしたんだ……全員、戦闘体制をとれ!」 

 森の奥深くに魔獣の長ともいえる最も恐れられている魔獣がいた。
 強いが繁殖力が低く、腹の中で何年も子どもを育ててから産むため、子供に対する愛着が強い。

 もし遭遇したらまず親から倒さないといけない。子どもを失った親の暴走は逃げ出したくなるほど恐ろしいと言われていた。

 頭の中でこだまする鐘の音にシルヴェーヌは胃がキリキリしてきた。
 マルソーが大声で指示を出し、一気に慌ただしくなる。

「武器をとれ! やつの吐く息に注意しろ! 凍るぞ! 狙うのは親だ! 幼体は後! 弓隊、頭を狙え!」
 
 シルヴェーヌも剣を手にとる。

「セヴラン、今日は怪我人が多くなる」
「シルヴェーヌ、下がっていて」
「そんなわけにはいかない!」

 五年前も幼体を先に殺した。
 指示したのは当時のエスム伯爵家の嫡男で、その後熱に弱いだろうと火を放ったらしい。
 あの時は自分の部屋から、森が赤くなり煙が上がるのを不安な気持ちで見続けることしかできなかった。

 暴走はしていなかったけどあの魔獣を倒した経験もあるし、今は見ているだけなんて無理だ。
 セヴランを押し退け走り出す。
 時間をかけたら怪我人が増えるだけ、一気にかたをつけないといけない、彼のためにも。

「シルヴィ! あぁ、クソッ」

 ベッド以外でその名を呼ぶことも、悪態つくこともあるんだと一瞬考えたものの、すぐに頭を切り替える。

 シルヴェーヌは魔獣に迫り剣を向けた。

 
 
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