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11 二人酒戦
しおりを挟む初めての行為に疲れて眠ってしまった後、夜中に目覚めたシルヴェーヌは空腹感を感じた。
ベッドには一人で、部屋の端がぼんやりと明るい。
それを寂しく感じるのは自分勝手だと思いつつ、目を凝らして見た。
ソファで静かに本を読むセヴランの姿。
こんな時まで何か読むなんてどれほど本が好きなんだろう。
「セヴ?」
思ったよりかすれた小さな声で、シルヴェーヌは自分の声に驚いた。
「まぶしい? 何か飲む?」
「ワインがいい。それにお腹が空いたわ」
身体を起こして寝衣を整え、セヴランの元へ向かう。
だるさは残るものの、眠ったからかスッキリしている。
「何か食べた?」
「いや。シルヴェーヌが食べるなら俺も食べよう」
ベッドではシルヴィと呼んだのに、またシルヴェーヌに戻っていて、縮まったように感じた距離がまた広がった。
胸が痛むのは、セヴランのことを今でも好きだと自覚したからかもしれない。
「どうぞ」
白ワインにバゲット、チーズとハムといったシンプルなものだけど、王族が食べるものだからか洗練されている。
領地の山羊のチーズとはまったく違った。
どちらもそれぞれ美味しいけれど、客室で食べるには癖のないまろやかな白カビのチーズのほうが匂いが気にならないのかもしれない。
「お酒、強いんだな」
二人であっという間に一本を開けてしまったのに、お互いに顔色が変わらない。
「セヴラン殿も。最初に飲んだのがすごく気に入ったのだけど、ワインはここにあるだけ?」
「いや、棚にある……ただ飲み過ぎても、俺の治癒の力は二日酔いに効かない」
「なんとかなるわ、弱くないもの。もっと飲もう。私は今夜はもう寝れそうにないから」
再会してから初めてセヴランが笑った。
「陛下にワイン樽を頼んでもよかったかもしれない。きっと祝いに用意してくれたはずだ」
「…………」
思わずその笑顔に見惚れてしまった。
セヴランは今でも優しくて、過去のことを忘れそうになる。結婚した以上、波風立たないようにしてくれているだけで、心から許してはくれないのに。
「どちらが飲めるか競おうよ、セヴラン殿」
シルヴェーヌは新しく注がれたワインを一気にあおった。
眠らないまま朝を迎え、湯浴みをして軽い朝食を食べた。用意された馬車に乗り込み、セヴランと二人で彼の義父母にあたるフォレスティエ侯爵夫妻に挨拶にうかがった後、荷物を持ってキノン侯爵家のタウンハウスへ向かう。
セヴランは穏やかに笑っていて、彼らと良好な関係を保っていたみたい。
たわいないおしゃべりの中で聞けたのは、数年前にフォレスティエ侯爵家の養子になって公私ともに援助してもらったことくらいで、彼が家を出てからどんなふうに過ごしてきたのか自分から訊くことはできなかった。
「お帰りなさいませ! 結婚おめでとうございます!」
「……ピエール」
馬車の扉を開けたにやけた男がすぐに真顔、無言になる。
いつもなら王都の侯爵家の使用人がかしこまって開けるのに、討伐隊のムードメーカーが驚かそうと現れたに違いない。
馬車の中が酒臭いのとセヴランの登場に驚いたのかもしれない。
馬車を降り、シルヴェーヌが言った。
「匂う? 飲み過ぎたのよ。彼は討伐隊の一員でピエール。こちらは私の夫、セヴラン・フォン・キノン 。あなたたちは荷物をまとめて。明日にも王都を立つわ」
「え? もう⁉︎ シル、ヴェーヌ様、かしこまりました」
「私は少し休むから、夫の部屋を用意して」
「シルヴェーヌ様の隣部屋がすでに準備できております」
「ああ、そう……」
扉の前に立つ家令に頼み、後ろを振り返る。
すぐ後ろを歩くセヴランに気をとられていたら、横からやってきたマルソーに両肩をつかまれた。
「シル、大丈夫か? 急なことで驚いた。……それにしても酒臭い……っと!」
背後からお腹の前に手を回されて引き寄せられる。
何が起こったかよくわからないうちにセヴランに後ろから抱きしめられていた。
寝不足で反応が遅れてしまったらしい。
二日酔いではないけど、フォレスティエ侯爵家でたっぷりお茶を飲んだから、お腹を圧迫されて内心うめいた。
「シルヴェーヌは俺の妻なので、不必要に近づくのはやめてもらいたい」
セヴランの思いがけない言葉と態度に驚いていると、一瞬かたまったマルソーが挑発するように笑った。
「シルとはつき合いが長いので、おかしな距離じゃありません。幾つもの夜を過ごした仲ですから」
マルソーは二人の様子から式だけ挙げて、飲み比べしただけの清い関係だと思っているのかも。
周りがそう思ってもおかしくない状態ではある。
でもセヴランを試すようなことはしてほしくないし、うまくやってほしい。
「マルソー黙って」
「はいはい、荷造りしてきまーす」
ひらひらと手を振りながらマルソーが去っていく。
黙ったままのセヴランに、屋敷の案内をしながら説明した。
「私が侯爵位を継いで何年も経つのに威厳がないのはわかってる。これでも統制はとれてるの、信じられないだろうけど」
「みんなシルヴェーヌを好きなんだろう」
「好きとは違うと思うけど」
王都の使用人は別として、領地で働く人々はあの土地を好きだと思うから一緒に守ってくれているのだと思う。
「みんなシルと呼ぶのか?」
まるで嫉妬しているみたいに聞こえる。そんなはずないのに。
「歳の近い討伐隊の何人かはそう呼ぶわ。連携を取りたい時に長い名前は呼んでいられないから」
「…………」
黙ったままのセヴランを見上げた時、朝の陽射しにくらっとした。
とっさに彼が支えてくれる。
「シルヴェーヌ、休んだほうがいい」
「セヴラン殿も」
こうしていると幸せな夫婦になれるんじゃないかと錯覚してしまう。浮かれておかしなことを言ってしまいそうになった。
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