上 下
12 / 19

11 二人酒戦

しおりを挟む


 初めての行為に疲れて眠ってしまった後、夜中に目覚めたシルヴェーヌは空腹感を感じた。
 
 ベッドには一人で、部屋の端がぼんやりと明るい。
 それを寂しく感じるのは自分勝手だと思いつつ、目を凝らして見た。
 ソファで静かに本を読むセヴランの姿。
 こんな時まで何か読むなんてどれほど本が好きなんだろう。

「セヴ?」

 思ったよりかすれた小さな声で、シルヴェーヌは自分の声に驚いた。

「まぶしい? 何か飲む?」
「ワインがいい。それにお腹が空いたわ」

 身体を起こして寝衣を整え、セヴランの元へ向かう。
 だるさは残るものの、眠ったからかスッキリしている。

「何か食べた?」
「いや。シルヴェーヌが食べるなら俺も食べよう」

 ベッドではシルヴィと呼んだのに、またシルヴェーヌに戻っていて、縮まったように感じた距離がまた広がった。
 胸が痛むのは、セヴランのことを今でも好きだと自覚したからかもしれない。

「どうぞ」

 白ワインにバゲット、チーズとハムといったシンプルなものだけど、王族が食べるものだからか洗練されている。
 領地の山羊のチーズとはまったく違った。
 どちらもそれぞれ美味しいけれど、客室で食べるには癖のないまろやかな白カビのチーズのほうが匂いが気にならないのかもしれない。

「お酒、強いんだな」

 二人であっという間に一本を開けてしまったのに、お互いに顔色が変わらない。

「セヴラン殿も。最初に飲んだのがすごく気に入ったのだけど、ワインはここにあるだけ?」
「いや、棚にある……ただ飲み過ぎても、俺の治癒の力は二日酔いに効かない」
「なんとかなるわ、弱くないもの。もっと飲もう。私は今夜はもう寝れそうにないから」

 再会してから初めてセヴランが笑った。

「陛下にワイン樽を頼んでもよかったかもしれない。きっと祝いに用意してくれたはずだ」
「…………」

 思わずその笑顔に見惚れてしまった。
 セヴランは今でも優しくて、過去のことを忘れそうになる。結婚した以上、波風立たないようにしてくれているだけで、心から許してはくれないのに。

「どちらが飲めるか競おうよ、セヴラン殿」

 シルヴェーヌは新しく注がれたワインを一気にあおった。

 






 眠らないまま朝を迎え、湯浴みをして軽い朝食を食べた。用意された馬車に乗り込み、セヴランと二人で彼の義父母にあたるフォレスティエ侯爵夫妻に挨拶にうかがった後、荷物を持ってキノン侯爵家のタウンハウスへ向かう。
 セヴランは穏やかに笑っていて、彼らと良好な関係を保っていたみたい。

 たわいないおしゃべりの中で聞けたのは、数年前にフォレスティエ侯爵家の養子になって公私ともに援助してもらったことくらいで、彼が家を出てからどんなふうに過ごしてきたのか自分から訊くことはできなかった。

「お帰りなさいませ! 結婚おめでとうございます!」
「……ピエール」
 
 馬車の扉を開けたにやけた男がすぐに真顔、無言になる。
 いつもなら王都の侯爵家の使用人がかしこまって開けるのに、討伐隊のムードメーカーが驚かそうと現れたに違いない。
 馬車の中が酒臭いのとセヴランの登場に驚いたのかもしれない。
 馬車を降り、シルヴェーヌが言った。

「匂う? 飲み過ぎたのよ。彼は討伐隊の一員でピエール。こちらは私の夫、セヴラン・フォン・キノン 。あなたたちは荷物をまとめて。明日にも王都を立つわ」

「え? もう⁉︎ シル、ヴェーヌ様、かしこまりました」
「私は少し休むから、夫の部屋を用意して」
「シルヴェーヌ様の隣部屋がすでに準備できております」
「ああ、そう……」

 扉の前に立つ家令に頼み、後ろを振り返る。
 すぐ後ろを歩くセヴランに気をとられていたら、横からやってきたマルソーに両肩をつかまれた。

「シル、大丈夫か? 急なことで驚いた。……それにしても酒臭い……っと!」

 背後からお腹の前に手を回されて引き寄せられる。
 何が起こったかよくわからないうちにセヴランに後ろから抱きしめられていた。
 寝不足で反応が遅れてしまったらしい。
 二日酔いではないけど、フォレスティエ侯爵家でたっぷりお茶を飲んだから、お腹を圧迫されて内心うめいた。

「シルヴェーヌは俺の妻なので、不必要に近づくのはやめてもらいたい」

 セヴランの思いがけない言葉と態度に驚いていると、一瞬かたまったマルソーが挑発するように笑った。

「シルとはつき合いが長いので、おかしな距離じゃありません。幾つもの夜を過ごした仲ですから」

 マルソーは二人の様子から式だけ挙げて、飲み比べしただけの清い関係だと思っているのかも。
 周りがそう思ってもおかしくない状態ではある。
 でもセヴランを試すようなことはしてほしくないし、うまくやってほしい。

「マルソー黙って」
「はいはい、荷造りしてきまーす」

 ひらひらと手を振りながらマルソーが去っていく。
 黙ったままのセヴランに、屋敷の案内をしながら説明した。

「私が侯爵位を継いで何年も経つのに威厳がないのはわかってる。これでも統制はとれてるの、信じられないだろうけど」
 
「みんなシルヴェーヌを好きなんだろう」
「好きとは違うと思うけど」

 王都の使用人は別として、領地で働く人々はあの土地を好きだと思うから一緒に守ってくれているのだと思う。

「みんなシルと呼ぶのか?」

 まるで嫉妬しているみたいに聞こえる。そんなはずないのに。

「歳の近い討伐隊の何人かはそう呼ぶわ。連携を取りたい時に長い名前は呼んでいられないから」
「…………」
 
 黙ったままのセヴランを見上げた時、朝の陽射しにくらっとした。
 とっさに彼が支えてくれる。

「シルヴェーヌ、休んだほうがいい」
「セヴラン殿も」
 
 こうしていると幸せな夫婦になれるんじゃないかと錯覚してしまう。浮かれておかしなことを言ってしまいそうになった。
 
 
しおりを挟む
感想 12

あなたにおすすめの小説

【完結】あなたから、言われるくらいなら。

たまこ
恋愛
 侯爵令嬢アマンダの婚約者ジェレミーは、三か月前編入してきた平民出身のクララとばかり逢瀬を重ねている。アマンダはいつ婚約破棄を言い渡されるのか、恐々していたが、ジェレミーから言われた言葉とは……。 2023.4.25 HOTランキング36位/24hランキング30位 ありがとうございました!

愛しき夫は、男装の姫君と恋仲らしい。

星空 金平糖
恋愛
シエラは、政略結婚で夫婦となった公爵──グレイのことを深く愛していた。 グレイは優しく、とても親しみやすい人柄でその甘いルックスから、結婚してからも数多の女性達と浮名を流していた。 それでもシエラは、グレイが囁いてくれる「私が愛しているのは、あなただけだよ」その言葉を信じ、彼と夫婦であれることに幸福を感じていた。 しかし。ある日。 シエラは、グレイが美貌の少年と親密な様子で、王宮の庭を散策している場面を目撃してしまう。当初はどこかの令息に王宮案内をしているだけだと考えていたシエラだったが、実はその少年が王女─ディアナであると判明する。 聞くところによるとディアナとグレイは昔から想い会っていた。 ディアナはグレイが結婚してからも、健気に男装までしてグレイに会いに来ては逢瀬を重ねているという。 ──……私は、ただの邪魔者だったの? 衝撃を受けるシエラは「これ以上、グレイとはいられない」と絶望する……。

【完結】伯爵の愛は狂い咲く

白雨 音
恋愛
十八歳になったアリシアは、兄の友人男爵子息のエリックに告白され、婚約した。 実家の商家を手伝い、友人にも恵まれ、アリシアの人生は充実し、順風満帆だった。 だが、町のカーニバルの夜、それを脅かす出来事が起こった。 仮面の男が「見つけた、エリーズ!」と、アリシアに熱く口付けたのだ! そこから、アリシアの運命の歯車は狂い始めていく。 両親からエリックとの婚約を解消し、年の離れた伯爵に嫁ぐ様に勧められてしまう。 「結婚は愛した人とします!」と抗うアリシアだが、運命は彼女を嘲笑い、 その渦に巻き込んでいくのだった… アリシアを恋人の生まれ変わりと信じる伯爵の執愛。 異世界恋愛、短編:本編(アリシア視点)前日譚(ユーグ視点) 《完結しました》

【短編集】勘違い、しちゃ駄目ですよ

鈴宮(すずみや)
恋愛
 ざまぁ、婚約破棄、両片思いに、癖のある短編迄、アルファポリス未掲載だった短編をまとめ、公開していきます。(2024年分) 【収録作品】 1.勘違い、しちゃ駄目ですよ 2.欲にまみれた聖女様 3.あなたのおかげで今、わたしは幸せです 4.だって、あなたは聖女ではないのでしょう? 5.婚約破棄をされたので、死ぬ気で婚活してみました 【1話目あらすじ】  文官志望のラナは、侯爵令息アンベールと日々成績争いをしている。ライバル同士の二人だが、ラナは密かにアンベールのことを恋い慕っていた。  そんなある日、ラナは父親から政略結婚が決まったこと、お相手の意向により夢を諦めなければならないことを告げられてしまう。途方に暮れていた彼女に、アンベールが『恋人のふり』をすることを提案。ラナの婚約回避に向けて、二人は恋人として振る舞いはじめる。  けれど、アンベールの幼馴染であるロミーは、二人が恋人同士だという話が信じられない。ロミーに事情を打ち明けたラナは「勘違い、しちゃ駄目ですよ」と釘を差されるのだが……。

愛することをやめたら、怒る必要もなくなりました。今さら私を愛する振りなんて、していただかなくても大丈夫です。

石河 翠
恋愛
貴族令嬢でありながら、家族に虐げられて育ったアイビー。彼女は社交界でも人気者の恋多き侯爵エリックに望まれて、彼の妻となった。 ひとなみに愛される生活を夢見たものの、彼が欲していたのは、夫に従順で、家の中を取り仕切る女主人のみ。先妻の子どもと仲良くできない彼女をエリックは疎み、なじる。 それでもエリックを愛し、結婚生活にしがみついていたアイビーだが、彼の子どもに言われたたった一言で心が折れてしまう。ところが、愛することを止めてしまえばその生活は以前よりも穏やかで心地いいものになっていて……。 愛することをやめた途端に愛を囁くようになったヒーローと、その愛をやんわりと拒むヒロインのお話。 この作品は他サイトにも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID 179331)をお借りしております。

ある王国の王室の物語

朝山みどり
恋愛
平和が続くある王国の一室で婚約者破棄を宣言された少女がいた。カップを持ったまま下を向いて無言の彼女を国王夫妻、侯爵夫妻、王太子、異母妹がじっと見つめた。 顔をあげた彼女はカップを皿に置くと、レモンパイに手を伸ばすと皿に取った。 それから 「承知しました」とだけ言った。 ゆっくりレモンパイを食べるとお茶のおかわりを注ぐように侍女に合図をした。 それからバウンドケーキに手を伸ばした。 カクヨムで公開したものに手を入れたものです。

なにひとつ、まちがっていない。

いぬい たすく
恋愛
若くして王となるレジナルドは従妹でもある公爵令嬢エレノーラとの婚約を解消した。 それにかわる恋人との結婚に胸を躍らせる彼には見えなかった。 ――なにもかもを間違えた。 そう後悔する自分の将来の姿が。 Q この世界の、この国の技術レベルってどのくらい?政治体制はどんな感じなの? A 作者もそこまで考えていません。  どうぞ頭のネジを二三本緩めてからお読みください。

彼女が望むなら

mios
恋愛
公爵令嬢と王太子殿下の婚約は円満に解消された。揉めるかと思っていた男爵令嬢リリスは、拍子抜けした。男爵令嬢という身分でも、王妃になれるなんて、予定とは違うが高位貴族は皆好意的だし、王太子殿下の元婚約者も応援してくれている。 リリスは王太子妃教育を受ける為、王妃と会い、そこで常に身につけるようにと、ある首飾りを渡される。

処理中です...