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8 王命結婚

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「シルヴェーヌ・フォン・キノン女侯爵とセヴラン・デ・フォレスティエとの結婚を命じる」

 二人を引き合わせた陛下は鷹揚に笑った。
 数年前に代がわりして、今年三十歳になった若い国王。
 
「……中々良い考えだと思わないか? 腕の立つ女公爵と騎士団で一番の治療師。魔獣討伐には怪我がつきものだろう。どんな時も夫がすぐに助けられる。いい関係ではないか? 大神官も呼んであるから、今すぐ式を挙げよ」

 シルヴェーヌは目の前の男を前に何度も瞬きをした。
 
 セヴラン・デ・フォレスティエ?

 シルヴェーヌの知る彼はエスム伯爵家のセヴラン。
 あのまま成長したら今の姿だとは思う。
 約束を破ってしまってから、十年以上会うことができなかった初恋の相手。

 他人の空似だと思いたい。
 でも治癒の力があるというのもセヴランと同じだし、アッシュブロンドの髪も緑がかった茶色の瞳も昔のままだから、本人以外ありえない。
 
 無表情で何を考えているかわからないし、彼も渋々この結婚に応じたのだと思う。
 秘密を破って、家を追い出されるきっかけを作った女なんて一生許せないだろう。
 申し訳ない気持ちと、あの頃を思い出してみぞおちの辺りがずっしり重くなった。

 こんなことならジャゾンにもう一度契約結婚を申し込めばよかった。一生独身でいるといっていた彼となら、子どもは養子で女侯爵の夫としての仕事は一切しなくていい、今まで通りの生活だと押し切ったら頷いてくれたかもしれない。

「はい、誓います」
 
 昔より深くて低くて心地のいい声が響いてハッとした。すぐにシルヴェーヌの番だ。
 大神官の言う通りに神聖な誓いの言葉をくり返し、シルヴェーヌは混乱したままセヴランと夫婦となった。

「結婚おめでとう。あぁ、ようやく我もほっとした。……キノン女侯爵? セヴランはなかなかの美丈夫だろう? 治癒の力が使えるから公私ともにいいパートナーとなるだろう。永遠に回復させそうだ」

 何がおかしいのか、そう言って陛下が笑った。シルヴェーヌが知らないだけで王都で流行っている詩の一部かもしれない。
 セヴランは少し不機嫌な空気をかもし出しているし、シルヴェーヌを探るように見ていて居心地が悪い。
 
 セヴランにとって望まぬ結婚。
 シルヴェーヌは昔より背も伸びたし鍛えているから王都にいる令嬢たちより筋肉質で女らしさに欠けている自覚はある。
 明るかった金髪も父親に似たようで、年々髪色が暗くなって今では金髪と焦げ茶色のまだらな髪になってしまった。
 
 軽い癖があるため華やかなくしで一つにまとめると、それなりの見た目になると思っているけど、毎日手入れして、上手に髪を結う侍女のいる令嬢たちのようにはならない。
 もう少しきれいな整えたらここまで居心地悪くなかったかも……そう思ったけれど自信のないそぶりなど周りに見せたくなかった。
 
 シルヴェーヌと結婚しての利点は彼にとってあるように思えない。
 フォレスティエ侯爵家の養子になっているのなら、庶子だということは些細なことで、キノン侯爵家と同格になる。他にも良い縁談があってもおかしくないのに。

 憎まれているかもしれない。
 
 そう考えてシルヴェーヌは自分の身体が冷たくなっていくのを感じた。
 約束を破らなければ、こんなことにはないっていなかったはず。
 でも過去には戻れない。

「これからよろしくお願いします。シルヴェーヌと呼んでも?」
「はい。セヴラン殿、こちらこそよろしくお願いします」

 彼がシルヴェーヌと呼ぶことで距離を置きたいのならこちらも同じようにするしかない。
 
「ずいぶんと堅いな。まぁ、最初はそんなものか」

 陛下が二人を見比べてのんびり言う。

「次の魔獣討伐に間に合ったな。あれらの繁殖期より早く、新しい侯爵の誕生を待っているぞ。いや、めでたい。今夜は我が二人のために用意した部屋で休んでから帰るといい」








 王都にキノン侯爵家の屋敷もあるのに、夫婦として過ごすよう、王宮の客室に案内された。
 白い結婚は認めないということなのだろうか。
 その場で結婚式を挙げる予想はあったけど、初夜の営みがあったかどうかまで部屋を片づける侍女によって知られてしまうのは嫌な気分になる。

 セヴランとはまだ何も話していない。
 大人になったのに気持ちは十二歳のあの当時に戻ってしまったみたいに感じる。
 シルヴェーヌはどうしたらいいかわからなくて、話しかけることもできなかった。
 魔獣を相手にする方が、まだ気楽だなんて。
 まず謝らなければ話にならないと思い出す。

「セヴラン殿、簡単に許せることではないのはわかってるけど、言わせてほしい。約束を破って本当にごめんなさい。後悔しているの。あれから」

 どうしていたのか。
 聞きたかったけれど、セヴランにさえぎられた。
 
「昔のことだから気にしていない。結果的にあの家と縁が切れて今がある。それ以上聞きたくないし、この話はもうしたくないんだ……先に湯浴みをしてきたら?」

 柔らかい声音だけど、許すつもりもないし、これ以上踏み込むなと拒絶されたみたい。

「……では先に」

 シルヴェーヌの気持ちは沈んでいるのに、どこもかしこもすべてが祝福ムードでつらい。
 ゆったりした大きな浴槽には贅沢に花びらがばらまかれ、花の甘い香りが立ち昇る。
 これから初夜を迎えると思うとさらに緊張して、少しもゆったりできない。

 まだ陽も落ちていないから先に食事をとるだろうし、その時に今後のお互いについて話し合う時間もあるはず。
 シルヴェーヌは用意されていた寝衣を手に途方に暮れた――もう寝衣を着る必要が?
 
 
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