約束を守れなかった私は、初恋の人を失いました

能登原あめ

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3 怪我と薬

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「シルヴィ、スミスソンさんの薬はすごいな。ほら、もうよくなってきた」

 さっきは嫌がったのに少しだけ服のすそをめくって見せてくれた。
 赤みがひいていて、アザもほんの少し薄くなっている気がする。

「お医者様の薬よりすごいわ」
「……そうだね、俺もそう思う。それに、薬ももらった」
「スミスソンにずっといてほしいわ。あと数年で引退だっていうけど……ねぇ、セヴ、怪我に気をつけてね。胸がぎゅって苦しくなった」
「……うん、ごめん。気をつける」

 セヴランが傷つくのは見たくない。
 早く剣術を身につけて大人になってセヴランを守りたい。女侯爵になったら、エスム伯爵家から連れ出すのに。

 こちらから求婚してもいいのでしょう?
 いつか本当の家族になれたらいいのに。
 不満は残るけど、彼が望まないことはしたくない。

「シルヴィも。唇を噛む癖。赤くなってる」
「うん、気をつける」

 セヴランの指先がシルヴェーヌの唇に触れる前にピタッと止まって、そのまま下された。
 その仕草にドキっとする。
 お互いに見つめあって困惑した。
 いつもとは違う空気が流れて、シルヴェーヌは無意識にかき消すように話し出す。

「これからもセヴに剣の相手を頼むと思うけど、三回に一回は断っていいから」
「それだと今と変わらない気がするけど」
「今は五回のうち二回断られているよ。日記につけてるから!」
「あれ……? 逆に断れなくなっているんじゃないか」

 そうつぶやいたセヴランだったけど、柔らかい笑みを浮かべた。
 滅多に見られないから貴重な笑顔。
 彼が笑うとシルヴェーヌの世界はすべてがひっくりかえる。
 セヴランの瞳に緑が多くなるのかきらめいてみえて、さっきとは違う胸の苦しさを覚えた。
 



 



 今日のセブランはどこか痛めている様子もなく、いつもと同じように物置小屋に寄りかかって本を読んでいた。最近は魔法や魔術について書かれた本が多い気がする。
 嫡男が小さな炎を出せるようになったそうで、授業内容が変わってきたみたい。


「セヴ、それおもしろい?」
「あぁ。ちょうどキリのいいところまで読めた」
「そうなの? よかった……剣術は一通り覚えたわ。だから、セヴ、今日はもう少し広いところで私と戦って」

 シルヴェーヌが十二歳に、セヴランは十五歳になった。
 物置小屋にこっそり木剣を二本置いていて、時々剣を合わせる。とはいえ物置の裏のせまい草むらでは木も多く大した練習にならない。
 
 セヴランが次の魔獣討伐隊に参加すると知って、シルヴェーヌは焦っていた。
 まだ彼は成人していないのに。
 
 この辺り一帯の領主たちが年に二回、魔獣が増えないように協力して一斉に魔獣を狩る。もちろんキノン侯爵家も参加していた。
 計画的なものだし、念入りに装備なども準備するから死亡者は少ないものの、無事帰れるとも限らない。
 
 シルヴェーヌはセヴランがエスム伯爵家の最前線の部隊から出発するのではなくて、装備もしっかりしたキノン侯爵家の護られた部隊に入って欲しかった。
 嫡男の婚約が決まった今、セブランの存在は邪魔らしく、噂も不穏なものばかり聞こえてくる。

「私が勝ったらひとつお願いを聞いてほしいの」
 
 ほんの少しセヴランの目元が緩む。
 
「俺にできること? 逆に俺が勝ったらお願いを聞いてもらえる?」
「うん、もちろん。私、後継ぎだから強くならないといけないの」

 シルヴェーヌが幼い頃から剣術を学んでいるのも、お父様に屋敷を護れるように剣を握ったほうがいいと決められたから。
 魔獣討伐に参加するようにとは言われていないけど、成人したら出るつもりでいる。

 それがキノン侯爵位を引き継ぐ者の役目だから。
 お母様は強い剣士を夫にすればいいと今でも眉をひそめるから口に出したことはないけど。
 
「ここがいいかな」

 背の高い木が泉の前の広場を囲むようにひらけた場所で、人目につきづらい。ここもキノン侯爵家の領地だと少し前に知った。

「いい場所だね。ルールはシルヴィの剣が俺の身体に当たったらシルヴィの勝ちってことでいい?」

 いつもは五回勝負で一回でも身体に当たったら勝ちだというのに、今回は無制限みたい。もしかしたら、シルヴェーヌの真剣な様子から何か感じているのかもしれないけど、気づかないふりをした。とにかく勝ちたい。
 
 頷いて木剣をかまえてセヴランと向き合う。
 いつでもかかってきていい、と言われて勢いをつけて思いきり打ち込んでみたものの、軽くいなされた。
 同じ年頃の相手より力があるからか、セヴラン相手だとじーんと手がしびれる。
 父にも剣の師匠にも褒められることが増えてきたのに!

「もう一回!」
 
 木剣と木剣がぶつかる音が響くけど、泉の小さな滝がその音を小さくさせている。
 これなら誰にも気づかれない。
 リズミカルに打ち合うのも普段なら楽しい、けど。

「シルヴィ、何を考えてる?」
 
 セヴランにはまだ余裕がある。
 剣術は得意じゃないというけれど、何度打ち合っても軽くかわされてしまう。
 ぎゅっと剣を握り直して言った。

「セヴに勝つこと!」
 
 腕が痛くなってきたけど、諦めるわけにはいかなくて再び挑んだ。
 シルヴェーヌがよく相手を組まされるマルソーよりセヴランのほうが細身なのに、経験と体力の差がすごくあるみたい。
 
 剣術の授業ではセヴランより大きい子にも勝てることが増えてきたのに。
 シルヴェーヌが大きく肩で息をする。

「シルヴィ、あと一回にしよう」
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