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1 二人は友
しおりを挟むキノン侯爵家の一人娘、シルヴェーヌは家庭教師の授業が終わると、カゴを持って外へと駆け出した。
「温室へ行ってくるわ!」
「お嬢様、ドレスで木登りはだめですからね」
「はーい」
今日はうるさい礼儀作法の授業じゃなかったし、歴史を教えてくれるおじいちゃん先生はシルヴェーヌのドレスなんて見ていない。
飾り気のないシンプルなドレスは動きやすくて好きだけど、お母様に見られたらため息をつかれる。
本当は毎日乗馬服で過ごしたいくらいなのに。
「それから日焼けにも気をつけてくださいよ、お嬢様!」
「わかっているわ」
帽子はみんなの前ではかぶるけど、大きいひさしは邪魔になる。
髪も日焼けしてしまったのか、家族の誰よりも明るい金髪だった。
「こんにちは、スミスソン」
温室に入り、庭師のスミスソンに挨拶してまっすぐ奥へ進み、反対側の扉から外に出た。
庭仕事に使う物置小屋があって、ほとんどの人は近寄らないし目立たない場所。
「セヴ?」
小声で声をかけると、物置の陰から三つ年上のセヴランが顔を出す。
本を読んでいたみたいで、しおり代わりに指をはさんで立ち上がった。
「シルヴィ」
「一緒にお茶にしよう。今日はパンなの。おいしいって言ったらたくさんもらっちゃった。スミスソンの分もあるのよ」
セヴランのために用意したなんて言ったら、彼は遠慮する。九歳のシルヴェーヌにもそのくらいわかったから、おやつのカゴを持っている時は、出会う使用人たちにも分けていた。
「そう、ありがとう」
初めて出会った時は彼のことを庭師の孫なのだと思った。
アッシュブロンドの髪は肩につきそうなくらい長く、顔立ちは整っているものの無表情で暗い緑がかった茶色の瞳。
十一歳だと後から聞いたけど、同じ歳に見えるくらい小柄で体もひょろっとして、手足が細く平民と変わらない飾り気のない服を着ていた。
今はたまに笑うこともあるけど、セヴランは今もあまり表情に出ないしたくさんはしゃべってくれない。
侍女たちの噂話で知ったことだけど、彼は隣の領地のエスム伯爵が夫人に似たメイドに生ませた子で、嫡男のスペアらしい。
彼は彼で、スペアなんかじゃないのに。
腹は立つけどシルヴェーヌは婿をとるように言われているから、セヴランが嫡男じゃなくてよかったと思っている。
彼と結婚したらこれからもずっと一緒にいられるから。
「今日の授業はね、国の歴史についてだった」
「何代目の王の話まで聞いた?」
「えーとね……」
セヴランはとても読書家で、本を手にしていない日はない。彼は知らないことがたくさんあるんだって言う。
エスム伯爵夫人が彼より一つ年上の嫡男と同じ授業を受けることを嫌がって、意向を汲んだ家庭教師から学習室を追い出されているらしい。
セヴランは今も平民と変わらない服を身につけている。
彼だってエスム伯爵の息子なのに、夫人の産んだ息子より顔立ちが整って遠目からでも目を引くから目障りなのかも。それにいつもにやにやしている嫡男より頭もいいし性格もいい。
母親がメイドで平民ということも気に入らないらしいけど。
セヴランが屋敷でぶらついているのをエスム伯爵に見られると、不真面目だと怒られるのだそう。それにテストだけは受けさせられるのだって。
へんなの。すごくおかしいと思う。
セヴランは嫡男と一緒に受けているはずの授業の時間は、ここ、物置の軒下で本を読んでいることが多かった。
ちょうど領地の境目で、庭師とシルヴェーヌだけしか彼の存在に気がついていないと思う。
セヴランの知識は偏っているものの、物知りでシルヴェーヌが知らないことをたくさん知っている。
「国王は四代目まで。他国の真似して暖炉税をとろうとしたって」
「何でもかんでも税金かけたら、民衆の心は離れるね」
歴史の話をした後は、礼儀作法の先生の小言がどんなに嫌か、国の法律の授業がどんなに退屈で眠たくなるか、貴族の仕組みが複雑で主要な貴族の覚えるのが大変だって話した。
食べながら、セヴランは時々相づちを打つものの黙って話を聞いてくれたから、シルヴェーヌは止まらない。
彼はとても静かな空気をまとっていて、その場にいるのにいないみたいな、でも彼の存在に気づいたら目が離せない。
お茶会で会う女の子たちや、剣術の授業で一緒に学んでいる男の子たちといるより、自分らしくいられて心地よかった。
「はい、どうぞ!」
パンにチョコレートをはさんだおやつはボリュームがある。
シルヴェーヌは一つ、セヴランは三つ。
おしゃべりしている間にお腹の中に収まった。
「……おいしいな」
朝焼いたパンは柔らかく香ばしかった。
「……うん」
今日はご飯を食べることができたのかな。
彼は同じ年頃の子より痩せている。剣術の授業に出る子たちは身体が大きいのかもしれないけど、それにしても細い。
食事は家族ととることはなくて、使用人たちが運んでくるらしい。
だけどエスム伯爵夫人からしつけと称して食事抜きにされたり、メイドや侍従からも嫌がらせを受けたりすることがあるって、キノン侯爵家の使用人たちの噂で知った。
噂をそのまま母親に伝えたら、それぞれの事情があるから、鵜呑みにしてはいけないとシルヴェーヌだけじゃなく噂をした使用人たちも叱られた。
領地は隣でも我が家は侯爵家で位が違うし、お茶会に呼ぶからって仲がいいわけではないみたい。
あれから使用人たちは噂話をシルヴェーヌの前ではしなくなったけど、盗み聞きは得意だから見つからないように気をつけている。
今のシルヴェーヌに力はなくて、ティータイムのおやつをたくさん持って来ることしかできない。
セヴランは何も悪いことしていないから助けたいのに。
「セヴ、もうひとつ食べる? それか夜食にして。このまま持ち帰ったら捨てられちゃうと思うから」
ナプキンに包んでセヴランに押しつけるように渡した。
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