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12 クレープ
しおりを挟むラファエル様の元から帰ると、父に書斎に呼ばれた。まず爵位を兄に譲ったこと、これからしばらく母と領地の端にある別荘へ行くことが決まったらしい。
「クリステル、勝手なことしてごめん。婚約が決まって嬉しかったんだ。末っ子だからいつまでも子どものような気がしていた……すまなかったな」
父はまったく頼りにならないし、みんなに迷惑をかけるし、少し子どもっぽい。でも……いつも明るいから、母の言う通り憎めない人なのかもしれない。
「次はないですからね」
「わかっているよ。可愛い娘と話せないのは、かなりこたえた」
そんな父に、女学院でまた働くかもしれないこと、その時には一筆書いてほしいと頼んだ。
父はほんの少し何か言いたそうだったけど、すぐに書いてくれて。正直どうなるかわからないけど、選択肢は多いほうがいい。
「これでも娘の幸せのために動いているんだよ」
「……はい。これからは祈ってくれるだけで十分ですから」
「わかった」
兄も結婚へ一歩近づいて、きっと今頃ほっとしているかもしれない。
両親が荷造りに追われ、兄も新伯爵として慌ただしくしている中、私はラファエル様の馬車に乗って彼の領地に向かった。
朝が早かったから、途中でラファエル様が用意してくれていた食事をとる。
馬車から降りてブランケットを広げ、バゲットにたくさん野菜がはさまれたものや、ソーセージが中に入ったパンや甘くないマフィンなどが用意されていて、すべて食べ切れなかったのが残念なくらい。
その後は酔わないように少しゆっくり馬車が走って昼前に領地についた。
そのまま小さい子たちの学校を見学させてもらい、学校長とも話す時間がもてた。
そのまま中程度の学校と、女学院のようなところをのぞいてから、領地の中心にある屋敷を通り過ぎて。
「今日は寄らないが、エルファレス公爵家の屋敷はそこだ」
ご両親が突然顔を出すこともあるそうで、使用人もそれなりにいるらしい。でも、落ち着かないからほとんど過ごさないとのこと。
高等教育の学校、他にも専門的な職業学校なども見学の予定にあったらしいけど、断った。
「学ぶことの方が多くて入学するところからやり直さないといけないと思います」
「もし入りたい学校があれば、やったらいい。まだ18歳なんだから」
「いえ、もう遅いと思います。今からでは……」
「そんなことはない。そんなことはないが、この世界ではそうなるのか」
「貴族の世界では特にそうだと思います」
「……そうか。気にしなくていい」
竜人族は本当に自由みたい。
当たり前と思っていたことについても、改めて考える機会が増えて、選択肢がたくさんあるのだもの。
「私、小さな子に教えたいです。一番最初の学校が受け入れてくれるなら、もっと学んでちゃんと先生になりたいです」
「いいね、応援するよ」
慣れ親しんだ女学院に未練がないわけじゃないけど、教師が足りないなら1日も早く役に立てるようになりたい。
「今日はありがとうございます」
「いや、案内しただけだ」
ラファエル様は私に色々なことを話してくれた。
王都に近いから、陛下に突然呼び出されたり、ひょっこり息抜きにやって来たりするのが嫌だとぼやく姿も、親しみを感じる。
ここにいるのは完璧で人嫌いの冷たい公爵様じゃない。
「陛下がラファエル様を信頼して、必要としているのでしょう」
「どうかな」
「そうだと思います。……ラファエル様と話していると、別の見方があって新しい世界が広がります」
ラファエル様が笑った。
まだ笑顔を数えてしまうけど、普段からこうだったらますますモテて大変だと思う。
「クリステル、そろそろおやつにしよう。ひとつ、秘密を打ち明けたい」
山奥に建てられた屋敷は、こじんまりしていて一風変わっていたけれど、温かみがあって過ごしやすい雰囲気だった。
老夫婦が管理していて、他の使用人はたまにやってくる程度だという。
「これまでクリステルが食べてきた菓子は、すべて俺が作ってきた」
信じられないでいると、小さいけれど機能的に作られた調理場に案内された。
食材を用意して、きっちり計り、手際よく混ぜていく。
料理長もすてきな手を持っているけれど、ラファエル様も流れるような動作が美しい。
「そこに座って待っていて」
隅に置かれた小さな丸椅子を指差して言った。
私は邪魔にならないよう、ラファエル様の手元が見えるところに移動して座る。
その様子を見て一瞬彼の顔が顔が緩んだ。
熱したフライパンの底をなぜか隣に置いた濡れ布巾の上に置く。
ジュッ、と音がしてワクワクしてきた。
それから生地を流して薄く伸ばして手際よく焼いていく。
何枚か焼いたところで、残りの生地を一気に流し込み、種をとったチェリーを並べてそのまま蓋をした。
「今日は2種類のおやつ。先にこっち」
クレープにバターをちぎってのせ、お砂糖をパラパラかけてくるくるまいた。
最初の一枚だけちょっと厚くて不格好で、ラファエル様も失敗することがあるんだと思うと安心する。
私の視線に気づいて答えた。
「一枚目は誰だってこうなる」
ラファエル様はフライパンのふたをとり、砂糖をふりかけてからひっくり返した。
ジュワッと音がしてしばらくすると甘く焦げた匂いが立ち込める。
串を刺して焼けているか確認した後、大皿にひっくり返した。
ラファエル様が庶民的なおやつをさっと作ってしまったのもびっくりするし、これまで菓子を作ってきたというのも嘘じゃないと思う。
「ラファエル様、すごいです」
「そんなことはないよ。……さぁ、向こうで食べようか」
きれいに巻かれたクレープを差し出された。
甘くて素朴なクレープも、チェリーの入ったクラフティは、厳密なクラフティの生地ではないと言っていたけど私にはよくわからない。
熱々のクラフティも、粗熱のとれたものも、違ったおいしさで、完全に冷えるのは待てなかった。
毎日食べても飽きない『おやつ』は心にも体にも優しいかも。
「ラファエル様の作るものはすべておいしいです。おやつ、とても気に入りました」
「クリステルのために作ったから。食べてくれる人が喜んでくれるのを想像しながら作るから、俺は3度楽しい」
「3度?」
「作っている時、クリステルが食べる様子を見る時……自分で食べる時?」
最後だけ後づけみたいで笑ってしまう。
ラファエル様も言いながら首をかしげるから。
「いや、一緒においしいって言い合える時かな」
ラファエル様のことをどんどん知るうちに、好きにならないわけがないって私は思った。
******
お読みくださりありがとうございます。
本当はクレープ生地って、しばらく寝かせてから焼きますけど目の前で作りたかったから、ということでよろしくお願いします!
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